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メディチ家のヴィラと庭園  Ville e Giardini Medicei
15 Novembre 2014

第5回 プラトリーノ庭園
Giardino di Pratolino
  

文・写真/菅澤彰子 
今回は、フィレンツェの北へ約15kmにある、プラトリーノ庭園を訪れよう。市内中心部から、車では30分、路線バスでは40-50分かかる。 「プラトリーノ」というのは地名で、現在の行政的には、フィレンツェ市に隣接するヴァーリア Vaglia という小さな町に属している。サンタ・マリア・ノヴェッラ鉄道駅近くから市外バスが出ているほか、サン・マルコ広場からは、市内バスでも直通でアクセスすることができる。

トップ写真: @プラトリーノ庭園(デミドフ荘)、草原でサッカーを楽しむ親子 

●メディチの庭園には珍しい「イギリス式」庭園
庭園の敷地は、トスカーナ内でも指折りの非常に広大なものだ。メイン・エントランスは車の通りの多い道に面しており、駐車場も完備しているから、車で訪れる人が圧倒的に多いのだろう。入場してすぐに、これまで見てきたメディチの庭園とはまったく様相が異なるものであることがわかる。ゲートをくぐっていくと、マロニエと思われる高い落葉広葉樹が立ち並ぶ一本道が続いている(写真A)。メディチの庭園らしからぬ、しかもイタリア式庭園でもない、「イギリス式」といわれる庭園だ。

写真下左:A庭園へのメイン・エントランス    写真下右:B風景の中のインスタレーション(太陽光発電システム)

進んで行くとまもなく、広い草原の中に異質な球体のオブジェが見えてきて、そのそばで、風の吹く土曜の昼に、凧揚げをしている父と娘がいた(写真B)。このオブジェは、「ディアマンテ(ダイアモンド)」という名のついた太陽光発電システムで、ピサ大学が2007年に開発したものらしい。用と美を兼ね備えた創作であるが、このオブジェは庭園内のいろいろな角度から見え隠れする。ランドスケープ・インスタレーションといってもいいだろう。庭園内には、他にもいくつか現代芸術家の作品がちりばめられている。

●庭園の「顔」は巨大なアッペンニーノ像
しかし、この庭園の「顔」といえば、なんといってもジャンボローニャGiambolognaの巨大なアッペンニーノ像Gigante dell'Appennino(1579-1580年作)だ。この庭園内における、メディチ時代の数少ないオリジナル作品である。プラトリーノといえば、まずこのイメージが最初にくる。しかしあいにく、この像は、長いこと修復の手にかけられており、私が訪れた時にも、全面が足場で覆われており、いい写真が撮れなかった。幸い、この記事を書いている間に、良い知らせが飛び込んできた。フィレンツェ県の公式サイトによれば、今年2014年10月19日に、費用315,000ユーロ、3年間にも及ぶ大修復工事が完了し、ようやく16世紀の大彫刻の見学が可能になったということだ(写真C)。最初に触れた通り、プラトリーノという土地は、フィレンツェの北に位置し、アペニン山脈の麓(ふもと)にある。連載第2回で紹介したカステッロ荘でもこの山脈を擬人化したアッペンニーノ像があったが、こちらはスケールがまるで違う。まさに岩の塊という感じである。

写真下左:C巨大なアペンニーノ像(ジャンボローニャ作)の修復完了のニュース (フィレンツェ県公式サイトより)   
写真下右:D庭園内に残る、多くのグロッタのひとつ 

●メイン・ヴィラは1822年に取り壊し
ここは、これまで見てきたメディチ家のヴィラと決定的に異なる点がある。それは、残念ながら、メディチ家のメイン・ヴィラが現存していないことである。オリジナルのヴィラと庭園は、1568年にフランチェスコ1世Francesco Iがこの土地を購入し、メディチ家お抱えの建築家ブォンタレンティBernardo Buontalentiに計画を任せたものである。ブォンタレンティは、建築の枠を超えた才能を見せたルネサンス人で、ボーボリ庭園のグロッタ(洞窟)の作者としても知られており(連載第1回参照)、プラトリーノの庭園にもさまざまなグロッタの形跡が見て取れる(写真D)。その他、アンマナーティBartolomeo Ammannatiなど数人の芸術家がオリジナルのヴィラと庭園の制作にかかわった。

18世紀の版画をみると、プラトリーノの見事なヴィラが描かれているが、ロレーナ家(連載第3回ペトライア荘を参照)の手に渡ってから、荒廃を経て、1822年に取り壊された。ヴィラとともにオリジナルの庭園もまた、その時代にいわゆる「イギリス式」のものに作り変えられ、敷地面積も増大された。多くのオリジナルの彫刻が、ボーボリ庭園に移されたという。プラトリーノにも、他のヴィラで見てきたような幾何学式庭園もわずかにあるのだが、手入れが行き届いているとは言い難い。

●別名は「デミドフ荘」
ここは、別名、デミドフ荘Villa Demidoffといわれる(写真@)。デミドフはロシアの家系で、メディチ時代のヴィラと庭園の価値を再発見したのが、このデミドフ家といえよう。デミドフ一族がヴィラに転換した建物は、もともとメディチ時代には使用人の建物であった。18世紀に数回の修復を経て、1872年にデミドフ家によって、ヴィラに転用された。建物のスケールとアンバランスなほど大きなメディチ家の紋章が目立っている(写真E)。その程近くに、長い階段を上がって上る6角形の小さな礼拝堂があり、これはメディチ時代の唯一、オリジナルの姿をほぼ完全に残すブォンタレンティの作品とされる(写真F)。その裏にはロシア十月革命で夫を亡くし、人生の多くをこのプラトリーノで暮らしたマリア・デミドフの墓がひっそりとたたずんでいるのが印象的であった。

写真下左:Eデミドフ荘 Villa Demidoff、大きなメディチ家の紋章が目立つ  写真下右:F小さな礼拝堂への長い階段のアプローチ

メディチ家のメイン・ヴィラがあったところには、在りし日の姿が描かれた看板と、ニコライ・デミドフの家族の像(フィレンツェ市内中心部デミドフ広場にある像のレプリカ)があり、彼らが住まった館、デミドフ荘の方角を向いている(写真G)。少し離れたところに、平面図の立て看板があるのだが、いかにこのヴィラが立派なものであったのか、図面を見ただけでも想像がつく。

写真下:Gメディチ家のメイン・ヴィラ址、デミドフ家の像

標高の低いほうに行くにしたがって、オリジナルの庭園が地形を巧みに利用されてつくられたものであることがわかってくる。グロッタの痕跡も多く残っており、水が多く使われていたこともわかり、オリジナルの庭園の軸線も見えてくる。興味のある人はぜひ、16世紀にウテンスによって描かれた絵画と比べながら歩いてみて欲しい。オリジナルのこの庭園は本当に素晴らしいものであったらしい。オリジナルが比較的良く残っているカステッロ荘などを訪れたあとに、この庭園へ行ってみると、その姿がイメージしやすいと思う。

●広々とした空間を楽しむ憩いの場
しかし、現代の人々にとっては、芸術的価値を見よりも、ここはあきらかに憩いの場である。公園としてのイメージが強い。入口近くで出会った凧揚げの父と娘は例外でなく、広々とした草原でサッカーやフリスビーを楽しむ親子が何組もいる(写真@)。子供用の遊具のある一角や、屋外にテーブルや椅子が設置されているところもある。草原に直接座って、ピクニックしている人々もいる。多くの親子連れや老夫婦に出会い、自分もいつのまにか和んでいるのだった。この庭園には、頻繁に通う人たちもいるそうで、とりわけ春に陽光を求めて、多くの人々が訪れるそうだ。強い陽射しの日にも、高く生い茂った木々が心地よい影を落としてくれる(写真H)。

写真下左:H庭園内は高木が多い、右端の建物にバール&レストランがある  写真下右:I庭園内にある、古い建物を利用したレストラン

●庭園内には洗練されたレストランも
最後に、この庭園のもう一つの魅力は、優雅に食事が楽しめるレストランがあることだ(写真I)。正直、メディチのヴィラと庭園巡りでは、食事に困ったことが何度かあるのだが、その点ここは嬉しかった。建物は庭園内の最も古いものひとつが利用されており、前面部分はブォンタレンティのオリジナルとされる。もともと馬車の置き場や、旅人を止める宿として使われていたそうだ。広大な庭園に歩き疲れたら、緑に囲まれて癒されながら、トスカーナのワインと料理に舌鼓を打てばいい。若い好青年たちが共同経営していて、驚くほど洗練された気持ちのいいサービスを受け、ゆったりとランチを楽しむことができた。フィレンツェの都市的喧騒から少し離れて、広々とした風景の中で、いつもとは少し違うリラックスした1日を過ごしたいとき、プラトリーノは格好の場所だろうと思う。

メディチ家のヴィラと庭園  著者プロフィール
菅澤 彰子(すげさわ・あきこ) 

トスカーナの丘陵地にたたずむ小さな中世の町、マッサ・マリッティマに在住。 工学修士、専門は建築・都市史。学芸員の資格を持つ。日本の大学院在学中、イタリア政府給費生として、バーリ大学建築学部へ研究目的で留学(1996-97年)。
これまでの論考には『南イタリア都市の居住空間』(中央公論美術出版 2005年)など、プーリア、シチリア、サルデーニャ関連のものがある。トスカーナに関しては、『日伊文化研究』(日伊協会 2010年)、『イタリア文化事典』(丸善出版 2011年)へ執筆。
一方で、2007年より旅のコーディネートを行う。日本からの旅人たちと触れ合いながら、深みのある本物のイタリアを伝えることを信念としている。
URL http://www.sugesawa.com/

プラトリーノ庭園 Giardino di Pratolino 関連データ
Dati
■場所
Localita' Pratolino, Via Fiorentina 276, Vaglia(FI)

■入場料
無料

■入場時間
4月-10月に訪問可能 ※冬季は閉まっているので注意が必要。
金 10:00 - 17:00
土日祝 10:00 -20:00 (4月、5月、10月は19:00まで)

■問い合わせ先 庭園事務局(月-金)
Tel: +39 055 4080752 +39055 4080721
メール: parcomediceodipratolino@provincia.fi.it


「メディチ家のヴィラと庭園」連載に寄せて
著者からのメッセージ


フィレンツェ貴族のメディチ家は、郊外に邸宅を構え、併せて庭園を造るという新しいライフスタイルを導入しました。前回のトスカーナ小都市の連載で取り扱ったものは、主に中世の様相でしたが、今回はそのあとの時代、ルネサンス以降に移ります。

私は学生のときに縁があって、メディチ家の庭園をいくつか訪問したことがあります。その時は正直まだ、建築の学生でしたから、庭園というものへの興味が薄かったように思います。ですが、「なぜ郊外にいくつもヴィラや庭園があるのだろう」と、ずっと気になっている存在でした。

今年、ユネスコの世界遺産登録されたことを受けて、この機会にこのテーマを掘り下げたいと思い、並行してこの連載を始めることにいたしました。
イタリアの庭園を訪れる日本人は、欧米人に比べて圧倒的に少ないと感じています。
この機会に、イタリアの庭園に興味を持つきっかけとしていただければ幸いです。     

2013年10月
菅澤彰子
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