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メディチ家のヴィラと庭園  Ville e Giardini Medicei
15 Febbraio 2014

第3回 ペトライア荘 
La Villa Medicea La Petraia
  

文・写真/菅澤彰子 
メディチ家の別荘と庭園、今回はペトライア荘を訪れよう。前回の連載記事で紹介したカステッロ荘と同じ、フィレンツェ市街を見渡す、小高い丘の上にある。カステッロ荘とペトライア荘の間は、徒歩で10分ほどなので、一度の機会に、ぜひふたつとも見学したい。メディチの別荘をどこか訪れたいと迷っているのなら、歴史的価値・美しさ・興味深さ・アクセス等、あらゆる条件において、このペアは最強の組み合わせとなろう。

トップ写真: @ヴィラの高さから庭園を見下ろす   
写真下左:Aペトライア荘へのアプローチの小道  写真下右:B幾何学式庭園、中心の噴水へと導かれる

●狭い小道からアプローチ
前回のカステッロ荘と比べると、まず、庭園に入る雰囲気がまったく異なっている。カステッロ荘では、大きな建物が堂々と構えていて、庭園を覆い隠している一方、ペトライア荘では、高い生け垣で覆われた狭い小道から、アプローチすることになる(写真A)。奥に噴水が見えているが、しばらく進んでいくと、視界が開け、幾何学式庭園に出る(写真B)。左手の山側にはヴィラ(写真C)が、右手にはフィレンツェ市街へと続く谷を見渡すというロケーションだ。

 写真下:Cペトライア荘を庭園の低い側から望む   

●メディチ家庭園では珍しい秋の紅葉も
谷側の庭園の縁は、落葉の高木が直線上に植えられている(写真D)。ここには、ベンチも置かれ、周辺のオリーブ畑やフィレンツェの街の風景を眺めながら、安らぐことができる。連載初回で紹介したボーボリ庭園でも、落葉の高木が周縁部に植えられていたことを思い出す。もしかしたら、これはオリジナルの植栽ではないのかもしれない。というのは、この時代の庭園の特徴は、常緑樹を用いたからだ。

写真下左:D庭園のミドには落葉の高木が直線に並ぶ    写真下右:Eメディチの庭園では珍しい秋の紅葉

私が訪れた季節は秋であったが、一面に緑の庭園で、真っ赤に色づいた葉を落とし始めている柿の木のたたずまいが、よく印象に残った(写真E)。秋の紅葉を愛でる日本式の庭園ならば、赤や黄色に色づき、やがて葉が落ちることを計算に入れた造園計画が行われるところだろうが、メディチの庭園ではこうした紅葉や落葉は珍しい。

●興味深いヴィラの歴史
このヴィラの歴史をひも解いてみると、複数のフィレンツェ貴族の手を渡ってきたことがわかってくる。中世初期に起源をもつ小さな要塞は、1364年からブルネッレスキ家の所有であった (ちなみに、フィレンツェ大聖堂のクーポラの設計で有名な建築家フィリッポ・ブルネッレスキは、この家系の出身ではない)。1422年からはストロッツィ家が所有。その後、一世紀以上を経て、最初にメディチ家所有の記録が見つかるのが、1544年の10月のことである。

1568年には、コジモ一世Cosimo I が、息子のフェルナンドFerdinando I に与え、建物を拡張してヴィラを整えた。このときに、塔が高く持ち上げられ、回廊の巡る中庭がつくられた。フェルナンドという人は、聖職の高い位である枢機卿 Cardinaleになったため、「カルディナ―レ」という称号で知られる。後にトスカーナ君主になったというから、聖職者から為政者へという、すごいキャリアである。メセナ(芸術保護活動)にもかなり積極的で、ボォンタレンティ Bernardo Buontalentiにボーボリ庭園の「べルヴェデーレ要塞 Forte di Belvedere」をつくらせたのもこの人である。

●メディチ家と仏ロレーナ家の絆を示す紋章
血筋を見ていくのも面白い。近くのカステッロ荘に住んだメディチ家傍系の「イル・ポポラーノ Il Popolano」と呼ばれたジョバンニは、幼いころから人文思想に触れていた。この人は、コジモ一世の父方の祖父であるから、フェルディナンドにとっては曾祖父ということになる。メディチは後に直系が途絶えたため、傍系であったはずの子孫が、やがてメディチ家を継承し、トスカーナ君主となっていった。そういうことも、庭園をいくつか訪れるうちに見えてくる。

写真下左:F入り口に紋章を掲げたヴィラ正面  写真下右:G水辺にバラの花を多様に用いている

さて、このフェルディナンドは、クリスティーナ・ディ・ロレーナ Cristina di Lorenaという女性を妻とする。つまり、フランスのロレーヌ君主である、ロレーナ家と結ばれるのだ。実はこのクリスティーナは、メディチ家からフランス王家に嫁いだ、かの有名なカトリーヌ・ド・メディシス(フランス語名。イタリア語ではカテリーナ・デ・メディチ Caterina de' Medici)の孫娘にあたり、この婚姻によってメディチ家とフランスの結びつきがより高まる。ヴィラの中庭に、非常に象徴的なメディチ家とロレーナ家を合わせた紋章が掲げてあるので、よく見て欲しい。左半分が球体の付いたメディチの紋章で、右半分がロレーナの百合の花の紋章だ。同じ紋章がヴィラの正面入り口にもある(写真F)が、こちらは修復の手が加えてあるのが明らかなので、ぜひ内部のものを間近で見ていただきたい。

●バラの花のテラコッタの鉢植え
ヴィラへは、バラの花のテラコッタの鉢植えが並ぶ水辺を越えて(写真G)、シンメトリックに両側に据えられた、ダイナミックな階段を上がっていくことになる。私が訪れた秋には、あいにく時期が過ぎていたが、満開の時期には、バラの花の美しさといい香りが漂うことであろう。階段でかなり上がっていくから、ヴィラのある高さというのは、まさに展望のパノラマテラスである。フィレンツェ市内を遠景に臨み、庭園を一望することができる(写真@)。 

●「ヴィーナス」と「ヘラクレス」の二つの胸像の大傑作
ヴィラの横には、18世紀にカステッロ荘から移されたヴィーナスの噴水が据えられている(写真H)。頂点にあるブロンズの彫像はレプリカで、本物はヴィラの内部に保存・展示されている。フランドル出身の彫刻家ジャンボローニャ Giambolognaによる「ヴィーナスVenere-Fiorenza」は、16世紀彫刻の傑作のひとつに数えられる。カステッロ荘に現在もある噴水「ヘラクレスとアンタイオス Ercole e Anteo」のオリジナルの彫像もここにあり、女性的で柔和なヴィーナスと男性的でダイナミックなヘラクレスの対照的なふたつの彫像の大傑作を、間近で見ることができる。

写真下:Hカステッロ荘から移されたヴィーナスの噴水

●イタリア国家統一後は初代イタリア国王の住まいに
ヴィラの内部は、管理人同伴のもと、一時間ごとに入場が許可され、見学することができる。いっさいの撮影が禁止されているので、ぜひともマナーを心得ておきたい。中庭は、1870年代に鉄とガラスで屋根がかけられ、室内化されており、一面に描かれた、色鮮やかなフレスコの壁画がたいへんよく保存されている。メディチ家の人物が寓意的に盛り込まれた17世紀のものだ。

中庭が室内化し、きらびやかなシャンデリアや調度品の据えられたダンスホールに転用されたのは、フィレンツェがイタリアの首都であった時期のことである。1861年のイタリア国家統一後、初代イタリア国王、サヴォイア家のヴィットリオ・エマヌエーレ二世 Vittorio Emanuele II の住まいとなった。内部を訪れると、礼拝堂や彫刻などにメディチの芸術的功績を鑑賞するとともに、イタリア国王とその妻の19世紀の暮らしぶりを、垣間見ることができる。

メディチ家のヴィラと庭園  著者プロフィール
菅澤 彰子(すげさわ・あきこ) 

トスカーナの丘陵地にたたずむ小さな中世の町、マッサ・マリッティマに在住。 工学修士、専門は建築・都市史。学芸員の資格を持つ。日本の大学院在学中、イタリア政府給費生として、バーリ大学建築学部へ研究目的で留学(1996-97年)。
これまでの論考には『南イタリア都市の居住空間』(中央公論美術出版 2005年)など、プーリア、シチリア、サルデーニャ関連のものがある。トスカーナに関しては、『日伊文化研究』(日伊協会 2010年)、『イタリア文化事典』(丸善出版 2011年)へ執筆。
一方で、2007年より旅のコーディネートを行う。日本からの旅人たちと触れ合いながら、深みのある本物のイタリアを伝えることを信念としている。
URL http://www.sugesawa.com/

ペトライア荘 La Villa Medicea La Petraia 関連データ
Dati
■場所 フィレンツェ   住所 Via della Petraia 40, Castello,  Firenze

■入場料
無料
■入場時間
8:15 - 16:30  1月、2月、11月、12月
8:15 - 17:30  3月 (夏時間適用の場合は18:30まで)
8:15 - 18:30  4月、5月、9月 
8:15 - 19:30  6月、7月、8月 
8:15 - 18:30  10月 (冬時間適用の場合には 17:30まで)

入場は閉館の一時間前まで。
ヴィラ内部は8:30以降、1時間ごとに管理人同伴で入場が可能。
休日: 毎月第二・第三月曜、元旦、5月1日、12月25日


「メディチ家のヴィラと庭園」連載に寄せて
著者からのメッセージ


フィレンツェ貴族のメディチ家は、郊外に邸宅を構え、併せて庭園を造るという新しいライフスタイルを導入しました。前回のトスカーナ小都市の連載で取り扱ったものは、主に中世の様相でしたが、今回はそのあとの時代、ルネサンス以降に移ります。

私は学生のときに縁があって、メディチ家の庭園をいくつか訪問したことがあります。その時は正直まだ、建築の学生でしたから、庭園というものへの興味が薄かったように思います。ですが、「なぜ郊外にいくつもヴィラや庭園があるのだろう」と、ずっと気になっている存在でした。

今年、ユネスコの世界遺産登録されたことを受けて、この機会にこのテーマを掘り下げたいと思い、並行してこの連載を始めることにいたしました。
イタリアの庭園を訪れる日本人は、欧米人に比べて圧倒的に少ないと感じています。
この機会に、イタリアの庭園に興味を持つきっかけとしていただければ幸いです。     

2013年10月
菅澤彰子




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