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イタリア・トラム探索の旅
15 November 2018

Italia, Viaggio in tram

第4回 
イタリアで最長路線、
ミラノのトラム  前編  



市川嘉一


●ミラノの移動手段として是非トラムを
ミラノは言わずと知れたイタリアを代表する大都市。観光にショッピング、オペラ鑑賞、食事などと世界中から人々が集まり、一年中賑わいを見せるが、移動手段としてぜひお薦めしたいのがトラムの利用だ。初めてミラノを訪れる個人旅行客でも街めぐりに地下鉄を利用する人は少なくないが、トラムに乗る人はあまり見かけない。

確かに、ミラノは東京と同じように地下鉄(イタリア語でmetropolitana, metro)のネットワークは発達しており、便利だ。2013年に東西を結ぶ新たな路線(M5)が開通し、現在では計4路線が市内南北を巡らしている。ミラノの玄関口であるミラノ中央駅からミラノ最大の観光拠点であるドゥオーモに行こうとする時、M3と表示された黄色のデザインの地下鉄車両に乗れば、4つ目の駅がドゥオーモの最寄り駅だ。地上に上がれば、目の前にドゥオーモの威容が目に飛び込む。頻繁に運行しており、所要時間は10分足らずと近い。 

トップの写真:@イタリア・オペラの殿堂であるスカラ座の前を走る1系統=2016年9月3日撮影
写真下左:Aミラノ市民らの大切な足になっているトラム=2016年9月3日撮影  写真下右:Bミラノの街中を縦横に走るトラム=2018年4月29日撮影            

ただ、残念ながらミラノの地下鉄も基本的に街の地下を走るため、ミラノの街並みや通りを人々が歩く姿はあまり見られない。あくまでも、目的地に到達するまでの移動手段に過ぎない。これに対し、トラムは路上を走るため、移動中でもミラノの街の様子がよく分かる。これは別にミラノに限ったことではないが、ミラノの街なかでの移動、とりわけ観光目的での移動では断然、トラムがいい。

●郊外路線含め計18系統、路線距離は180キロ
ミラノのトラムの路線距離はイタリア国内(ミラノを含む計13都市でトラムが運行)で最長、ヨーロッパでも指折りの路線網を誇る。路線(正確には営業系統)の数は郊外を走る1路線(リンビアーテ線、11.5キロ。次回に紹介)を含め計18路線、全長距離は郊外路線を除く市内路線だけで116.5キロに及ぶ(重複するルートを足した総距離数は約180キロ)。近年、ネットワークの拡大が進む同じミラノの地下鉄の路線距離は約100キロだが、それよりも長い。地下鉄やバスも統括するミラノ市出資の運行会社ATM(Azienda Trasporti Milanesi)は今でもトラムをミラノの基幹交通として重視している。(末尾添付『ミラノのトラム全路線図(著者作成)参照』

写真下左:Cミラノ中央駅前にもあるトラムの電停=2017年4月29日撮影   写真下右:Dスフォルツァ城近くにある電停=2014年11月1日撮影                   

トラムは乗る前はどのように切符を買ったらよいのか、あるいはどこに電停があるのか、など初めてそのまちを訪れる人には地下鉄を含む鉄道と比べ、分かりにくいかもしれない。ただ、一度、乗り方を覚えてしまったら、「病みつき」になるはずだ。路上から簡単に乗り降りできたり、街なかの様子を間近に眺めることができたりと、乗ること自体が楽しくなるだろう。

●チケット色々、乗りつぶすなら1日券・2日券がお得 
ミラノの場合、トラムの切符は地下鉄やバスと同じもの。「T」と表示された看板のタバッキ(タバコ屋)のほか、中央駅など地下鉄各駅の自動販売機でも購入できる。90分以内なら乗り降り自由な切符が1.5ユーロと割安だが、1日に何度も乗りたいなら、4.5ユーロの1日券(24時間券、Abbonamento Giornaliero)の購入をお薦めする。最初の乗車時に車内の刻印機に切符をガチャンと差し込めば、後は乗車の度に刻印する必要はない。まして、切符をその都度買う手間もない。地下鉄やバスを含めミラノの公共交通を1日に3、4回以上利用するなら、まずは1日券がお得だ。

写真下:EATMの1日券=2018年5月19日撮影 

この1日券は24時間券と呼ばれるだけあって、利用できる時間は刻印した乗車開始時間からちょうど24時間後までだ。私はミラノに数日間、連続で滞在する場合、48時間券(Abbonamento Bigiornaliero)をよく買う。料金は8.25ユーロと24時間券を2回購入するよりも割安だ。この種の切符はタバッキで取り扱っていないことが多く、地下鉄駅の自動販売機や、中央駅やドゥオーモ広場の地下階にあるATMの窓口(ATM Point)で求めた方がいい。

ATMの窓口には尋ねれば、ミラノ中心部を走るトラムの主な路線を載せた地図(裏面は地下鉄の路線図になっている)も無料でもらえる。トラムの路線は市販の旅行ガイドなどにはほとんど載っていないため、トラムを使ったミラノの街中探索にはこの地図は大変重宝する。

さて、ミラノのトラムと一口に言っても、その路線網は巨大だ。系統数は先ほど紹介したように市内を走るトラムだけで17系統もある。私は初めてミラノの地を踏んだ2007年以降、ほほ毎年、ミラノを訪れ、その度に多少意識して乗りつぶしてきたが、それでも現在ある計17系統のうち、一部区間だけ乗車したものを含めても8割程度だ。まだ、「全線踏破」に遠い。それだけにミラノのトラムは大海原のような存在で、乗り甲斐があるというものだ。どの系統の沿線風景もそれぞれ魅力的だが、今回から次回にかけて観光スポットを絡めてお薦めしたい系統をいくつか紹介したい。

●90年前製造のクラシック車両が走る「1系統」
まずは。1系統。この系統は市北東部のグレコ・ロヴェレート(Greco Rovereto)と、北西部のロゼリオ(Roserio)を弓なりの形で結ぶ長大路線で、クラシックな1両編成のトラム車両が石畳みなどの道をゴトゴトと音を立てながら走る。電停の数は計47カ所、全路線を乗りつくした場合の所要時間は1時間をゆっくり超す。このクラシックな車両(class 1500)、1928年から1932年にかけて製造されたことから、関係者の間では「Ventotto 」(イタリア語で数字の「28」を表す)の愛称で呼ばれる。502両がつくられ、現在でもこのうち3割強の163両が営業車両として使われているという。

写真下:F1系統の北側の起終点グレコ・ロヴェレート=2014年11月2日撮影

●スカラ座、凱旋門など沿線風景が見もの
この系統の乗車を薦めたいのは、ミラノが世界に誇るオペラの殿堂、スカラ座の建物の前を走り抜けるなど、ミラノの街中の素晴らしい沿線風景が見られるからだ。

そのためには、まずミラノ中央駅から東側に徒歩で数分のところにある電停、「9月通り」と訳せるセッテンブリニ通り(Via Settembrini)から乗車するのが便利だ。

写真下:Gミラノ中央駅の近くにある1系統の電停セッテンブリニ=2018年4月29日撮影 

この電停のあるルイージ・セッテンブリニ通りを南側にしばらく進むと、奥にプッブリチ公園(Giardini Pubblici)が広がる突き当りの道に出る。そこを右に曲がると芝生軌道になり、その後、地下鉄M3のレプブリカ(Repubblica)駅の地上口を越えたところで左折。そのまま、ほぼまっすぐな道を南下すると、イタリア統一の立役者の一人である初代宰相カブールの銅像があるカブール広場に出る。そこの電停で降りると、左側に広大なプッブリチ公園が見える。緑と池に囲まれ、市民らが思い思いの姿でくつろいでいる。

写真下左:H1928年製であることを示す車内にあるプレート=2018年4月29日撮影
写真下右:Iミラノの品のある夫人らもよく乗車する=2017年4月28日撮影

カブール広場を過ぎるとすぐに、トラムは「ポルタ・ヌォーヴァ」(Porta Nuova)と呼ぶ味わい深い瀟洒な門をくぐる。この門をくぐるトラムの姿は一服の絵になる。ポルタ・ヌォーヴァを潜り抜けると、そこはマンゾーニ通り(Via Alessandro Manzoni)。イタリアを代表する文豪、マンゾーニが晩年住んでいた家(現在は入場料無料の博物館)が近くにあるなど風格ある貴族の館が軒を並べる。イタリアを代表する大作曲家ヴェルディが最後に暮らし息を引き取ったグランドホテルもこの通り沿いにある。

写真下:J カブール広場近くの門「ポルタ・ヌォーヴォ」を潜り抜ける=2017年4月29日撮影

また、この通りを走る1系統には、高級ブランドショップの店が並ぶモンテ・ナポレオーネ通りに近い電停もある。この電停の次が「テアトロ・アラ・スカラ」(Teatro Alla Scala)、いわゆるスカラ座前である。古色蒼然としたこのトラム車両が、ネオクラシック様式の瀟洒な建物の前を誇らしげに走る姿もミラノならではの光景だろう。

写真下左:Kイタリア・オペラの殿堂であるスカラ座の前を走る1系統=2016年9月2日撮影  
写真下右:Lスカラ座の建物内=2018年5月18日撮影 

スカラ座を後にした1系統はこの後、地下鉄M1の駅もある交通の十字路コルドゥジオ(Cordusio)や、クザニ通り(Via Cusani)、さらにはスフォルツァ城(Castello Sforzesco)を眺めながら、同じくいずれもM1の駅があるカイロリ(Cairoli)・カドルナ(Cadorna)を通り、センピオーネ公園(Parco Sempione)の中を突き抜けるように走る。

その後、センピオーネ公園内の芝生軌道を北西方向にカーブすると、ミラノの凱旋門と呼ばれる「平和の門」(Arco della Pace)の威容が進行方向右側に現れる。この凱旋門から真っすぐにフィレンツェ広場(Piazza Firenze)まで延びる幅広の道路が、左右を街路樹に囲まれたセンピオーネ通り(Corso Sempione)。凱旋門を背景にセンピオーネ通りを駆け抜けるトラムの姿も格好の撮影スポットかもしれない。

写真下左:M凱旋門も1系統の車内から近くに見える=2014年11月2日撮影

フィレンツェ広場からしばらくは市民墓地広場(Piazzale Cimitero Maggiore)行きの14系統のトラムと同じ軌道を走るが、アクールジオ広場(Piazzale Accursio)を境に今度は12系統のトラムと軌道を共有し、ともに終点のロゼリオ(Roserio)を目指す。ちなみに、数年前まで1系統の西側起終点は現在、12系統の起終点であるカステッリ広場(Piazza Castelli)だった。系統の路線見直しは割合あり、数年前に発行した詳細な路線地図を持って乗ると、行き先を誤ることもあるので要注意だ。

●ローマ時代の列柱が目を見張る「3系統」
1系統とともにお薦めしたいのが、ローマ時代の列柱が間近に見られる3系統だ。使われる車両はこれまで「ジャンボトラム」(Jumbotram、class 4800,4900)と呼ぶ連接車両が多かったが、近年では「シリオ」(Sirio、class 7100,7500,7600)と呼ばれる超低床車両が走ることが多くなっている。 3系統はミラノのシンボルであるドゥオーモ(大聖堂)前が北側の起終点。ここから乗車して繁華街のトリノ通り(Via Torino)を抜けると、「Largo Carrobbio」という名前の四つ辻に出る。ここで3系統とそれまでトリノ通りの同じ軌道を走っていた2系統・14系統のトラムは右側のコレンティ通り(Via Cesare Correnti)に進み、3系統は左側のポルタ・ティチネーゼ通り(Corso di Porta Ticinese)に針路をとる。

写真下:Nドゥオーモ前から出発する3系統=20188年4月29日撮影 

このポルタ・ティチネー通りをしばらく進むと左側に見えてくるのが、サン・ロレンツォ・マッジョーレ教会だ。初期キリスト教時代、4〜5世紀建造の荘厳な建物だが、目を見張るのは、聖堂などを取り囲むようにトラムが走る道路沿いに古代ローマ時代のコリント式の16本の列柱が並び立っていることだ。トラムがこの長く続く列柱の脇をかすめるように走り、間もなく現れる古ティチネーゼ門(Antica Porta Ticinese)のアーチを潜り抜ける様子も見ものだ。近くにはトラムの電停(Colonne di San Lorenzo、訳せば「サン・ロレンツォの列柱」)がある。

写真下左:Oサン・ロレンツォ・マッジョーレ教会の古代ローマ時代の16本の列柱を潜り抜ける=2016年9月3日撮影 
写真下右:P床屋の主人と孫(右側)=2016年9月3日撮影)  

16本の列柱が脇に並ぶ軌道区間は単線である。かつては他の区間と同じく複線だったが、トラム車両が上下線で頻繁に通過(日曜・祝日以外は日中6、7分間隔で運行)することにより、列柱にヒビが入るなど損傷を与えないようにするため、片側の線路を取り外したという。トラムがこの単線区間に入る前には反対方向から車両が来ないか、運転手は目視で確認するという。

余談だが、列柱が並び立つ区間には床屋(Barberia)とバッグ製造・販売店が軒を並べている。かつてと言っても5、6年ほど前だが、NHKがミラノの街歩きを特集した衛星放送の番組で、サン・ロレンツォ・マッジョーレ教会の列柱とともに床屋を紹介した。この床屋、その名も「列柱の床屋」(Barberia delle Colonne)。80歳くらいの老主人とその孫らが店内で客の散髪をしているところをカメラに収めるとともに、老主人に単線の理由を語らせていた。

写真下:Q静寂な空間で味わい深いサンテウストルジョ教会=2018年4月29日撮影 

ポルタ・ティチネーゼ通りにはサン・ロレンツォ・マッジョーレ教会とともに見逃せない教会がある。サンテウストオルジョ教会(Sant’Eustorgio)だ。トラムの電停(Piazza Sant’Eustorgiop)も近くにある。観光ガイドによると、4世紀に建てられた教会の跡に7〜15世紀にかけて再建され続けたという。教会内に足を踏み入れたが、何とも言えぬ静寂の空間に心が洗われるような思いがした。

写真下:Rティチネーゼ門から南下(写真では手前)する3系統=2018年4月29日撮影  

●ナヴィリオ運河へのアクセスに
話を元に戻そう。3系統はこの後、ティチネーゼ門(Arco di Porta Piazza )を潜り抜けると5月24日広場(Piazza Ventiquattro Maggio)に出る。広場の手前に同名の電停があり、今やミラノの人気スポットとして定着したナヴィリオ運河(Alzaia Naviglio Grande)に行くはここで降りると便利だ。ナヴィリオ運河は降車するとすぐ右側に見える。歩くこと1、2分といったところだろうか。

ナヴィリオ運河はティチネーゼ門近くから西側に流れる運河。運河沿いにはリストランテやトラットリア、バールといった飲食店などが建ち並び、平日でも数多くの人たちで賑わっている。ミラノも昔は周囲に運河が張り巡らされていたが、現在は蓋がされて、当時の面影はこの辺りしか偲べないという。ちなみに、ナヴィリオ運河沿近くを走るのは3系統のほか、2系統、14系統、9系統、10系統がある。

写真下左:S運河沿いなどミラノの街並みとトラムが描かれた作品が多い。右が主人=2016年9月3日撮影 
写真下右:(21)毎月最終日曜日のナヴィリオ運河の両岸で開かれる骨董市=2018年4月29日撮影    

ナヴィリオ運河には今でも貴重な洗濯場跡や、古そうな石造りの橋が残っている。運河沿いにはちょっとした画廊もいくつかある。私はそのうちの一つ、老画家のアトリエ兼画廊を訪れたことがある。若い頃に南イタリアのカラブリアからミラノに移り住んだというこの老画家は長年、好きなトラムが走るミラノの街並みを描き続けてきたという。ここで、かつて運河沿いの道を走っていたトラムが描かれた油絵を数枚買い、今は自宅のリビングに大切に飾っている。

写真下左:(22)トリノから来ている古書店主=2018年4月29日撮影  
写真下右:(23)運河沿いにあるトラムの廃線跡=2018年4月29日撮影

ナヴィリオ運河は毎月の最終日曜日には骨董市が運河沿いに開かれる。左右両側の運河沿いの道に500m以上にわたって骨董市に出品する業者のパラソルが続くのは壮観だ。古そうな各種調度品や古本など様々な骨董品が各店先に並べられる。私はトリノから毎回来ているという書店主から、初めて挿絵が入ったカルロ・コッローディのピノッキオの稀覯本を買い求めることができた。骨董市は見て回るだけで楽しくなるが、なかなか日本ではお目にかかれないようなイタリアならではの掘り出し物もあるので、月末の日曜日にミラノに滞在される方は足を運ばれるといいだろう。

●3系統と南側で交わる15系統で久々の延伸
最後に、3系統と関連した新たな動きについて紹介したい。
3系統と同じくミラノの南部地域や隣接のロッツァーノ市(Rozzano)に向かい、ミラノ市南部のアビアーテグラッソ広場(Piazza Abbiategrasso、地下鉄M2駅の終点駅でもある)で3系統と同じ軌道を走る系統として、ドゥオーモ近くのフォンターナ広場を北側の起終点とする15系統がある。15系統はハイスピードと安全走行を目指し一部専用走行路を持った「メトロトランヴィア」と呼ばれる4路線の1つ。ボンバルディア社製の超低床車両「ユーロトラム」(Eurotrams、class 7000、全長34メートル、車両幅2.47メートル)が唯一使われている系統でもある(ちなみに、ミラノにはこのほかに先述の「シリオ」と呼ぶ全長35メートル・25メートル、車両幅2.4メートルの超低床車両が3系統を含め数多くの系統で走っている)。

この15系統が今年(2018年)9月8日にロッツァーノ市中心部まで1.7キロ延伸したのだ。これまでの起終点だったローマ通り(Via Le Romagna)から南側に新たに5つの電停が設置され、グイド・ロッサ通り(Via Guido Rossa)が新たな起終点になった。事業費は1500万ユーロ(日本円にすれば20億円程度)、10年来の懸案事業だったという。18系統、100キロを超す路線距離を持つミラノのトラムにとっては久々の延伸である。

ミラノでも第2次世界後の1953年には将来の地下鉄導入(1964年にM1が開通)をにらみ、中心部を走るトラムの全廃がいったん市の交通基本計画で決定された。その後、いくつかの路線は廃止されたが、ロッツァーノ北部のグラトゾーリオ(Gratosoglio)を起終点とする3系統や、ミラノの東側地域を通る27系統といった郊外路線を新たに設け、今日に至っている(27系統は1964年、3系統は1969年開業)。
近年の地下鉄のネットワーク拡大を考えると、ミラノのトラムの行く末はどうなるのかと少し心配にもなる。ただ、今回の15系統の延伸の知らせを聞くと、わずか2キロ足らずとはいえ、ミラノのトラムはまだまだ大丈夫じゃないかとうれしくなる。         

 (つづく)



いったんは全廃の危機があった苦難の歴史

ミラノで最初にトラムの先駆け的な姿である馬車トラムが開業したのが、博覧会が開催された1881年。ドゥオーモ広場を発着とするいくつかの路線が設けられた。その後、1895年から1901年の間に民営会社のエジソン会社によりすべての路線が電化され、1910年に路線の系統番号が導入された。1917年に運営主体は公営に移り、1931年に現在のATMが設立された。
1933年にいくつかの系統がトロリーバスに置き換えられ、第二次世界大戦後の1953年には市内を走るトラムの全廃が市により計画されたが、危機を乗り越え、現在に至っている。 ミラノ市の人口は現在、約135万人、周辺市を含めたミラノ都市圏では最大400万人といわれる。その中でミラノ市の公共交通会社ATMが運営を手がけるトラム、バス、地下鉄の沿線人口は250万人に上り、1日当たりの利用客数は200万人といわれる。トラムの系統番号は1から33まで。バスの番号は34から始まり、トロリーバスの系統番号は90から93まで。トラムは平日午前5時から翌日の午前1時まで、5〜10分間隔という高頻度で運行している。  



著者プロフィール
市川 嘉一 Kaichi ICHIKAWA

1960年生まれ。都市・地域問題、とりわけ都市・地域交通を専門にするジャーナリスト。国内外の数多くの都市の現場を取材してきた。長年、記者として勤めてきた日本経済新聞社を2018年6月に退社。現在はまちづくり系の研究所に勤務。オペラ鑑賞が好きなこともあり、イタリアにはほぼ毎年訪問。18年3月から3カ月間、ボローニャを中心にイタリアに滞在した。近年、復活・再生の動きが目立つイタリアのトラムに関心を持ち、本連載でイタリアのまちの風景と絡めて全運行都市を紹介するのが当面の目標。博士(学術)。『交通まちづくりの時代―魅力的な公共交通創造と都市再生戦略』(単著)など著書・論文多数。 


イタリア・トラム探索の旅 データ  
 

●ミラノのトラム全路線図 (著者作成)




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