正直なところ、ヴォルテッラへの旅は、上級者向きかもしれない。それは、地理的な問題による。単に、行きづらい。しかし、トスカーナの小都市を紹介するこの連載の前半で、あえて取り上げようと思う。現在の旅行産業というのは、「どこへ行きやすいか」ということが基準で出来上がっているような気がしてならない。「素晴らしい」「興味深い」「美しい」ということは、そもそも二の次である。多くの忙しい旅行者たちがこだわるのは、限られた時間の中でより効率的に旅することだが、こういう選択肢は得をするようでいて、かえって大いなる感動を逃すことにもなろう。
トップ写真:@古代エトルリア期から使われてきた、南の谷へ下る市門 アッラルコ門 写真下:A 田園の中に置かれたオブジェが風景に詩性を生みだす
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●なかなか巡り着けない丘の上の町
ヴォルテッラへ公共の交通機関を使って行こうとするなら、よほどの強い意志が必要だ。いくつも方法はあるのだが、とにかく、なかなか辿り着けない。古代からつながりを持ってきたとされる、海岸側からアプローチしてみよう。ピサ方面からティレニア海に沿って南下、あるいはローマからなら北上して、チェーチナで列車を降りる。今度は、たった一両の車両しかない列車に乗って、内陸へ30分ほど走る。それでも、まだ、着かない。ヴォルテッラ行きの切符を買ってイタリア鉄道に乗ったはいいが、最寄りの鉄道駅「サリーナ・ディ・ヴォルテッラ」までしか行けない。今度はバスに乗り換え、さらに10km先の町を目指す。乗り継ぎ時間はごく少ないので、冷や冷やする。だが何しろ本数が少ないものだから、接続のバスの運転手たちは、列車の乗客たちをのんびりと待っていてくれる。
「サリーナ」という地名からおのずと、ここでは岩塩が取れたのだな、と想像がつく。バスに乗って走り出すと、まもなく一面の風景が変わる。ごつごつとした地盤が隆起して、波状に連なる壮大な眺めが広がってくる。見たことの無い風景だ。突如、その独特の風景の中に、詩性を漂わせるオブジェが視界に飛び込んでくる(写真A)。「あれは何だろう」と、車窓の流れる風景の中で釘付けにされながら、あっという間に視野から消えていく。やがて、丘の上の町、ヴォルテッラがいよいよ姿を現す。
写真左:B華やかな雰囲気のある旧市街の通りには車が入らない 右:C求心性の強い町の中心、プリオーリ広場
●威厳ある広場のプリオーリ館と大聖堂
日本人的な感覚だと、相当寂れた「田舎町」に行くような感じがするかもしれない。ところが着いてみれば、ヴォルテッラは意外に華やかな街並みだ(写真B)。さすがに、キケロ、ボッカッチョ、スタンダールなど、各時代の多くの著名人たちが書き残しただけのことはある。中世の香りのただよう旧市街に身を任せて、ただ旅情に浸れば、必ずや威厳ある広場に行きつくことになる。
写真左:D中心広場には行政の拠点、プリオーリ館が聳える 右:E中心広場の裏手には、大聖堂をはじめ宗教施設が集中している
このプリオーリ広場Piazza dei Prioriは、ものすごく求心性が強い(写真C)。世俗権力に満ち溢れた建物で取り囲まれ、その最たる象徴的なものが、13世紀初に建てられたプリオーリ館Palazzo dei Prioriである(写真D)。この広場が常に政治の中心として機能してきたことが分かる。逆に、彼らの精神的スポットである大聖堂はどこかといえば、何とその裏手にある。荘厳なる大聖堂が、行政の拠点であるプリオーリ館とぴったり背合わせに立っているのだ(写真E)。ちょっとこういう例は、珍しい。
●古代エトルリアと古代ローマの遺跡
ヴォルテッラと聞いて、イタリア人が連想するものは2つある。まず、古代エトルリア(連載第1回の記事参照)であろう。ヴォルテッラは、エトルリアの地で、12の重要な都市のひとつに数え上げられていた。実際、現在の町には、このエトルリア期と中世期の2つの市壁が共存している。2つの市壁の輪郭がかなりずれているから、それぞれ異なるロジックによってつくられていたのだろう。2つの時期は異なる都市思想を持っていたという点で、非常に興味深い。2つの壁の輪郭が一致し、そして町の南側の玄関としてエトルリア期からずっと使われて続けてきたのが、アッラルコ門Porta all'Arcoである(写真@)。現存する門のつくりは、いくつかの時代が重なっているのだけれども、そもそも紀元前5世紀の壁に取り込まれたというのだから、気が遠くなるような話だ。
この門から伸びる通りには、「アラバストロ」(雪花石膏、アラバスター)という、彫刻材料に使う鉱物を扱う工房や店が多い。すでにエトルリア人たちも、この地元で取れる材料を使っており、古代工芸品はエトルリア博物館で見学することができる。同時に、エコ博物館が存在しているというのも、興味深い。ヴォルテッラのアラバストロは、単なる観光客向けに終わることなく、その現代的意味がしっかりと認識されているということだ。ヴォルテッラから想起される2つめの連想が、このアラバストロなのである。
写真下:F地形を利用して築かれた古代ローマの劇場とそれに付属する浴場跡
古代ローマ人たちは、やはりここにもやってきた。谷底へ向かう地形を利用して劇場Teatro Romanoや浴場をつくり、モニュメンタルな遺跡を今に残している(写真F)。そしてまた中世トスカーナの勝利者であるフィレンツェ人たちは、その支配の象徴として頑強な要塞 Fortezzaを築いていった。高みから見下ろす要塞は、ルネサンス的な見かけの優美さとは裏腹に、牢獄として使われてきたのだった。
●詩情あふれるオブジェ「記憶の場所」
さて、最後に謎解きをしよう。来る途中で見た、風景の中のオブジェとはいったい何だったのか。それは、ヴォルテッラ出身の彫刻家スタッチョーリ氏M. Staccioliによるランドスケープ・アートだったのだ。展示タイトルは「記憶の場所」Volterra- Luoghi d'Esperienza 2009。市街地ではプリオーリ広場のみ、ただひとつで、ヴォルテッラのテリトーリオ(領土内)である田園地帯に、他15のインスタレーションが散りばめられた。大地と空と、オブジェが響きあう。ひとりの芸術家による、場所性の読み取り、そして大胆な創作である。率直でシンプルな表現だけに、ストレートに心へ語りかけてくる。オブジェの現代的な洗練さに対比されて、逆に、悠久の年月を経た土地の存在価値に気づかされることになる。ヴォルテッラの行政主導の、斬新であまりにも美しきプロジェクトである。
"Viaggiare nei centri minori della Toscana " No.4 Volterra - Arch. Akiko Sugesawa
トスカーナの小都市を旅する 著者プロフィール
菅澤 彰子(すげさわ・あきこ)
1999年よりトスカーナの丘にたたずむ小さな中世の町に暮らす。イタリア政府給費生としてプーリア地方バーリ大学建築学部へ研究目的で留学(1996-97)。これまでの論考には『南イタリア都市の居住空間』(中央公論美術出版 2005)など、プーリア、シチリア、サルデーニャ関連のものがある。翻訳にパルマ大学A.マンブリアーニ教授「イタリアにおける建築設計と研究の方法上の変遷」他。
2007年より日本の旅行会社と提携し、イタリア各地に住んで旅した経験とパーソナリティを生かして、独自のスタイルで旅企画&現地コーディネートに取り組む。トスカーナを拠点にメッセージ性の高いブログ記事を発信し続け、異色の存在として注目度が高い。
* * * 旅行分野における主な活動 * * *
プロフィールURL http://www.webtravel.jp/cgi-bin/consultant.cgi?PID=932
ブログURL http://blog.webtravel.jp/partner52/
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ヴォルテッラ Volterra 関連データ
Dati
■標高 531m/ヴォルテッラ市(ピサ県)人口 11,384人 (2007年現在)
■現地交通機関によるアクセス
本文参照。他に、ポンテデーラPontedera、コッレ・ヴァル・デルサColle Val D'Elsaなどからもバスがある。いずれも本数は少ない。
■ヴォルテッラ市観光情報局 Ufficio Turistico Comunale
Piazza dei Priori 20, Volterra
Tel. Fax 0588.87257
■エトルリア博物館 Museo Etrusco Guarnacci
Palazzo Desideri Tangassi
Via Don Minzoni 15
Tel. 0588.86347
見学時間は時期により異なる
3月16日〜11月1日/ 9.00-19.00
11月2日〜3月15日/ 9.00 - 13.30(クリスマスと元旦は閉館)
入場料 8.00ユーロ
■絵画市民美術館 Pinacoteca e museo civico
Palazzo Minucci Solaini
Via dei Sarti 1
Tel. 0588 87580
見学時間は時期により異なる
3月16日〜11月1日/ 9.00-19.00
11月2日〜3月15日/ 9.00 - 13.30(クリスマスと元旦は閉館)
入場料 8.00ユーロ
■アラバストロのエコ博物館 Ecomuseo dell'alabastro
Palazzo Minucci Solaini(絵画市民美術館と同じ建物内)
見学時間は時期により異なる
3月16日〜11月1日/ 11.00-17.00
11月2日〜3月15日/ 9.00 - 13.30(土日のみ開館、クリスマスと元旦は閉館)
入場料 3.00ユーロ
■考古学地区 Aree Archeologiche
3.00ユーロの共通券にて、エトルリアの聖域Acropoli Etruscaおよび、ローマ劇場Teatro Ronanoのエリアに入って見学することができる。
「トスカーナの小都市を旅する」連載に寄せて 著者からのメッセージ
トスカーナといえば、州都のフィレンツェのみを駆け足で訪れる人が今もまだ少なくありません。フィレンツェの所有する歴史文化遺産は素晴らしく、いくら見ても見切れないもの。でも、その一方で、都会的な騒々しさや溢れかえる観光客に圧倒されてしまうこともあるでしょう。そういったときには、気晴らしに小さな町を訪れてみてはいかがでしょうか。トスカーナには、魅力ある小さな町がたくさんあります。意外なことかもしれませんが、多くのイタリア旅行者たちが、そういった町での散策が、旅の一番の記憶として印象に残っていると口をそろえて言うのです。この連載では、ゆったりと静かに味わうことのできる、"トスカーナらしさ"を存分に残している中小規模の町をいくつか紹介していこうと思います。私の専門である建築・都市の視点を取り入れ、旅人たちをトスカーナにいざないます。そしてなお、"ここに住む者ならでは"のテイストを感じ取っていただければ、幸いです。
今後、記事掲載を予定している都市一覧(順不同)
○ ピサ ○ ルッカ ○ アレッツォ ○ シエナ ○ サン・ジミニャーノ
○ モンテ・プルチャーノ&ピエンツァ ○ ヴォルテッラ ○ マッサ・マリッティマ
○ ピティリアーノ
2009年4月 菅澤彰子
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