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トスカーナの小都市を旅する
15 aprile 2010

第6回 ピティリヤーノ 断崖絶壁の上に築かれた幻想的な町
  

文・写真/菅澤彰子 
春を待ち望む気持ちというのは、四季のある国に住む人々にとって共通の心理かもしれない。農業を基盤とする社会であれば、よりいっそうその思いが強かろう。今回は、毎年春に独特な祭りが行われる、ピティリヤーノという内陸の小さな町を紹介したい。

前回のマッサ・マリッティマ同様、今回もティレニア海岸のマレンマ地方にある。マレンマというのは、トスカーナの中でも知られざる土地で、ようやくその良さが見出されつつあるところだ。海と大地の自然美が謳われる傾向にあるが、マレンマには興味深い小都市も点在している。今回訪れるピティリヤーノは、その中でも神秘を極めるようなところだ。

トップ写真:@谷からそそり立つ断崖の町ピティリヤーノ
写真左:Aメディチ家の水道橋(手前)とオルシーニ家の複合建築群(奥)、右:B路地に見られる外階段

●衝撃的な街の全貌
町の全貌を最初に目にしたときの印象は、衝撃である。エトルリア期のネクロポリス(墓地)を含む謎に満ちた道を張り巡らされた谷から、切り立つような凝灰岩がそそり立ち、その上に町がある (写真@)。こういった断崖絶壁の上の町というのは、中部イタリアにもいくつかあるが、私の経験からすれば、ユネスコの世界遺産にもなっている南イタリアのマテーラを想起させるような空間的ダイナミズムを持っている。実際この町をよく観察してみれば、マテーラと同様、「グロッタ(岩穴)」が人々に空間利用されてきたことが分かる。

町へアプローチするとまず、威厳に満ちたモニュメンタルな空間に出会う。この地を長く支配した貴族、オルシーニ家の複合建築群と巨大な広場だ。いかめしい雰囲気の建物は、要塞も兼ねていて、町の最も弱い部分を強化するためにつくられたという。一方、その脇で軽快なリズムを生んでいるのは、16世紀メディチ家時代の支配下で築かれた水道橋である(写真A)。崖の下には大きな洗濯場も併設されており、この時期には水の公共整備に力が注がれたようだ。

●狭い路地と「フォンターナ」(水場)
さて、そうした町の玄関とはまったく対照な町並みが、その先に広がっている。ヒューマンスケールの居住空間だ。通りを意味する「ヴィア」よりも「ヴィーコロ」と呼ばれる狭い路地が大変多く見られる。「ヴィア」はたいてい尾根伝いを走り、「ヴィーコロ」は谷へと下っている。外階段が多く、絵画的な空間を生み出している(写真B)。こうした町並みは、私が大学院時代に研究対象とした南イタリアの小さな町々にもよく似ており、この路地では濃密な人間模様が繰り広げられてきただろうと想像がつく。中部イタリアでも、いわゆる寒村らしきところではこうした佇まいを今も見ることができる。「フォンターナ」と呼ばれる水場がいたるところに残っているのもまた大変興味深い。

写真左:Cゲットーに残る古いフラントイオ(オリーブの搾油場)、右:D聖マリア(聖ロッコ)教会前の辻で遊ぶ子供たち

●生活の中で行き続けた聖なる空間
ピティリヤーノは、歴史上、ユダヤ人が多く住んできた町として知られている。中世初期からユダヤ人の受け入れが始まり、町の形成はユダヤのコミュニティとともにあった。ユダヤ教徒の寺院であるシナゴーグが16世紀に建立され、現在は博物館として一般見学が可能である。ユダヤ人居住区「ゲットー」には、古いパン焼き場「フォルノ」やオリーブ搾油場「フラントイオ」 (写真C)なども残される。エスニック・マイノリティであったはずのユダヤのコミュニティの大きな存在は、この町において一目瞭然である。旧市街の外には、キリスト教徒とは別にユダヤ教徒のための広い墓地が備えられている。

それでも、この町はずっとキリスト教のカトリック教徒がマジョリティであり続けてきたわけだから、町の心の中心は壮大で威厳に満ちたドゥオモ(大聖堂)である。そして、もうひとつ、見逃してはならない教会がある。ドゥオモの先へもうしばらく歩いてみると、子供たちがサッカーをして遊んでいるのが見えてきた。三つ辻の少し広がったところで、男の子たちが夢中になってボールを追いかけているのだ。振り返ってみると、そこは小さな教会で、後期ルネサンス様式の控えめなファサードが町の中に溶け込んでいる(写真D)。庶民的な町角らしくまず水場があり、その両脇の小階段からアプローチする。優美なアーチが奥へと伸びる内部は、スケール感といい、明るさといい、手入れの行き届いた様といい、聖なる空間がひとつのハーモニーを奏でているのが印象的だ。実際、ここが12世紀に起源を遡るピティリヤーノで最も古い教会で、「サンタ・マリア」もしくは「サン・ロッコ」と呼ばれている。常に人々の生活の中で生き続けた聖なる空間であることは明らかだ。場の神聖さは、キリスト教以前のエトルリア期から継承しているともいわれる。
写真:E聖ジュセッペの火祭りTorciata (Comune di Pitigliano提供)

●毎年3月の「聖ジュゼッペの火祭り
ピティリヤーノの精神性という面で、最も興味深いのは、冒頭に触れた春祭りである。「聖ジュゼッペの火祭りTorciata di S.Giuseppe」は、毎年3月19日の夜に行われ、大きなたいまつを肩に担いだ宗教行列とともに、大々的に火が焚かれる(写真E)。新しい年を迎え、来る年の占いを象徴するものだという。ちょうど春分のころ、日が伸びはじめる時期にあたっているのが示唆的だ。祭りの起源は中世に遡り、多くの学者たちはエトルリア期からのものであると結論付ける。実際、祭りのルートは凝灰岩をくりぬいた謎の道(Le Via Cave)までを含んだものだ。トスカーナあるいはイタリアにおける、このような農耕民族的な土着の祭りの発見は、ひとつの驚きといってよかろう。イタリアの基層というのは、決して一色ではないことがわかってくる。 幻想的なピティリヤーノの夜は、現代の喧騒をいっとき忘れさせるような力さえを持っている (写真F)。

写真:F幻想に満ちたピティリヤーノの夜景(Comune di Pitigliano提供)


"Viaggiare nei centri minori della Toscana " No.6 Pitigliano - Arch. Akiko Sugesawa

トスカーナの小都市を旅する  著者プロフィール
菅澤 彰子(すげさわ・あきこ) 

1999年よりトスカーナの丘にたたずむ小さな中世の町に暮らす。イタリア政府給費生としてプーリア地方バーリ大学建築学部へ研究目的で留学(1996-97)。これまでの論考には『南イタリア都市の居住空間』(中央公論美術出版 2005)など、プーリア、シチリア、サルデーニャ関連のものがある。翻訳にパルマ大学A.マンブリアーニ教授「イタリアにおける建築設計と研究の方法上の変遷」他。
2007年より日本の旅行会社と提携し、イタリア各地に住んで旅した経験とパーソナリティを生かして、独自のスタイルで旅企画&現地コーディネートに取り組む。トスカーナを拠点にメッセージ性の高いブログ記事を発信し続け、異色の存在として注目度が高い。
* * * 旅行分野における主な活動 * * *
プロフィールURL http://www.webtravel.jp/cgi-bin/consultant.cgi?PID=932
ブログURL http://blog.webtravel.jp/partner52/
E-mailアドレスはこちらから

ピティリヤーノ Pitigliano 関連データ
Dati
■標高313m/ピティリヤーノ市(グロッセート県)人口4,096人 (2007年現在)

■現地交通機関によるアクセス
ピサもしくはローマから列車にて約1時間半のグロッセートGrosseto駅よりバスで約2時間。バスは本数が少なく、途中乗り換えが必要な場合もある。

■観光情報局 Ufficio Informazioni
Tel. 0564.617111
http://www.comune.pitigliano.gr.it/

■エトルリア文化考古学博物館
Museo Civico Archeologico della Civiltà Etrusca
Piazza Fortezza Orsini, 59/c
見学時間は時期により異なる
夏季: 10:00-13:00 16:00-19:00  冬季: 10:00-13:00 15:00-18:00
休館日 月曜
Tel: 0564.614067

■ユダヤ博物館Museo ebraico, Sinagoga e ghetto
見学時間は時期により異なる
3月15日〜10月3日: 10:00-12:30 16:00-19:00
10月4日〜3月14日: 10:00-12:30 15:00-17:30
休館日 土曜
Tel. 328.907173

■屋外考古学博物館「生者の都市、死者の都市」
Museo Archeologico all'aperto "La città dei vivi, la città dei morti"
Via Cava del Gradone, S.S. 74 Maremmana Ovest
Tel. 0564 614067 - 0564 614074
Aperto dal 1 aprile al 2 novembre e dal 26 dicembre al 6 gennaio
開館時期: 4月1日〜11月2日、12月26日〜1月6日のみ
開館時間: 11:00 - 19:00
休館日 土曜

「トスカーナの小都市を旅する」連載に寄せて
著者からのメッセージ


トスカーナといえば、州都のフィレンツェのみを駆け足で訪れる人が今もまだ少なくありません。フィレンツェの所有する歴史文化遺産は素晴らしく、いくら見ても見切れないもの。でも、その一方で、都会的な騒々しさや溢れかえる観光客に圧倒されてしまうこともあるでしょう。そういったときには、気晴らしに小さな町を訪れてみてはいかがでしょうか。トスカーナには、魅力ある小さな町がたくさんあります。意外なことかもしれませんが、多くのイタリア旅行者たちが、そういった町での散策が、旅の一番の記憶として印象に残っていると口をそろえて言うのです。この連載では、ゆったりと静かに味わうことのできる、"トスカーナらしさ"を存分に残している中小規模の町をいくつか紹介していこうと思います。私の専門である建築・都市の視点を取り入れ、旅人たちをトスカーナにいざないます。そしてなお、"ここに住む者ならでは"のテイストを感じ取っていただければ、幸いです。

今後、記事掲載を予定している都市一覧(順不同)
○ ピサ  ○ ルッカ   ○ アレッツォ   ○ シエナ  ○ サン・ジミニャーノ
○ モンテ・プルチャーノ&ピエンツァ  ○ ヴォルテッラ  ○ マッサ・マリッティマ
○ ピティリアーノ 
2009年4月
菅澤彰子





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