あの名高い受胎告知は階段を昇りきった所に突然大画面で現れる。左の窓から光を浴び天使の翼がまるで宝石をちりばめた様にキラキラ輝く。これはやはり文句なく素晴らしい。その廊下を過ぎて31の各僧房を見るわけだが、その3番目に先ほどの受胎告知とはまるでちがう受胎告知がある。素人目だが色は殆ど2,3色のみ。淡いクリームとオレンジが印象に残る。マリア様のキリリとした顔が美しい。余分なものが無い。マリア様の象徴である百合の花さえない。ただ天使のお告げを受け止めている。それはまるでマリア様の心から疑いも恐れも取り払われたかのようにシンプルだ。いろんな画家のいろんな受胎告知をみるが、与えられるものを信じて受止める、それが一番あらわれていると思う。
全ての部屋をゆっくりみて 最後にもう一度この部屋をのぞいて祈って帰る。フィレンツェで一番訪れたいところだ。
シニョーリア 広場シトシト 雨の中 サボナローラの 火刑の場も濡れ
ダビデ像 レプリカなれど 視線浴び シンボルとして 広場見守り
700年 ヴェッキオ橋は ゆるぎなし かつては肉屋の 通りと思えず
黄色など 思いもよらぬ 橋の色 ルネッサンスの 美意識の故?
夕日浴び 輝くクーポラ バラ色に ホテルの屋上 手が届きそう!
夕ご飯 ライトアップの クーポラと 鐘楼見ながら 何よりご馳走
●フィレンツェ ホテル・ブルネレスキ Hotel Brunelleschi
この旅の計画中に、「屋上からドゥオーモが手に取るように見える」 というコメントをみつけた。よくよく調べてみると建物は12世紀のものが残っている。 しかも もと女囚人の牢だっとか・・・そういえばダヴィンチコードの最後にでてきたような・・
3人なのでツインとシングルの2部屋を取る。最初の晩シングルに泊った友人が真夜中12時すぎ電話をかけてきた。「何回も電話がかかってくるの それに電気も消えたの!」 と怖がって・・こちらの部屋に来てもらって様子を聞くと、電話が鳴ったので出たのだが言葉がわからなかったので切ったところまたかかってきたと・・・ おまけにその後 電気が消えてしまった。 と言うのだ。
フロントに電話して外部からの電話を遮断できないか聞くと、出来ないという。電気は・・・明日ね・・という回答。しかたなくツインに3人で休んだ。彼女にとってはまずい旅になったなあ と思いつつ。
翌朝一番にフロントで昨夜のことを話すと「あらそう」という感じで「部屋を変えたいか?」という。 「もちろん!!」 結局近くの部屋に代えてくれて解決?
その晩は私がそのシングルを使ったが、何事もなく朝・・いったいあれはなんだったのか? 電話はともかくとして電気が消えたのは?・・・ 今もってわからない。 囚人の霊が・・ なんて・・・ともかく不思議なできごとだった。
4泊したこのホテルで こんなことがあったことを払拭してくれたのが屋上からの眺めだった。 昼の雨が夕方あがり、夕食を買いこんで ホテルのbarでコーヒーをポットに入れて貰い屋上へ。ガラス張りのサンルームとベランダにテーブルがちゃんとそなえてある もちろんベランダに! 3人だけだった。
夕日を浴びたドゥオーモと鐘楼!!! ここの夕日はバラ色なのだ。 圧巻だった。 フィレンツェの赤い屋根群も楽しめ 怖い思いをした友人も 大感動で言葉がない。
やはりこのホテルを選んだのは 間違いではなかったのだ と思っている。
写真上左:フィレンツェ名物ビステッカ 写真上右:フィレンツェのアルノ川にかかるヴェッキオ橋
<10月23日 フィレンツェ市内>
晴れあがり ドーモ・鐘楼 大理石 緑ひときわ 彫刻くっきり
バロックの 彫刻ぐるり 今教会 オルサンミケーレ 元小麦市場
黄の映える ヴェッキオ橋を 眺めつつ ポルチーニパスタ チーズニョッキを
去年より 少しはましな イタリア語 レストランでは 安心材料
Firenzeの 全景パノラマ ボーボリーから 色づき始めた 木々の向こうに
油絵を 筆を使わず ヘラで描く Vitaliano氏の 一幅求め
思い切って 一人一皿 ビステッカ ポルチーニ供に 最後の晩餐
隣席の 夫婦が覗く ビステッカ ゆっくり楽しみ なんとか完食!
<10月24日・25日 フィレンツェ→ミラノ→成田
帰国便 疲れか安堵か 眠りこけ 気付いてみれば あと2時間
一様に 楽しかったと 言い合いて それぞれの想い 土産の一つに