〜 創設と歴史 〜
フィオレンティーナは1926年8月26日に、リベルタス(Libertas)とクラブ・スポルティーヴォ・フィレンツェ(Club
Sportivo Firenze)が融合して誕生。初代のユニフォームは、2チームのチームカラーであった白と赤のストライプ。
1931年9月20日にセリエAデビュー。1937/38年シーズンにセリエBに降格するも、翌シーズンにはセリエAに復帰し、1939/40年のシーズンには初のタイトルであるイタリア杯優勝を手にする。
50年代の初めにイタリアサッカーを代表するチームに戻ったフィオレンティーナは、1956年5月6日に初めてリーグ優勝(スクデット)を果たす。1960年から1970年までの10年間は、2回目のスクデット(68/69年)と、イタリア杯優勝2回(60/61年、65/66年)、ヨーロッパカップ戦優勝2回(60/61年カップ・ウィナーズ・カップ、65/66年ミトローパ・カップ)という輝かしい成績を残す黄金時代を迎える。
しかし、その後に続く70年代はフィオレンティーナの影の時代。80年代は、ポンテッロ家が10年間オーナーを務め、3度目のスクデットも狙える勢いであるように思えたが、チームの経済状態は悪化。それによりバッジョ、パッサレッラ、マッサーロ、ガッリなどの優秀な選手を放出しなければならなくなる。1990年ワールドカップ、イタリア大会前に、ロベルト・バッジョをユベントス(UEFAカップ決勝戦で対戦し、フィオレンティーナは敗れたばかり)に譲渡したことで、ポンテッロ家に対するサポーターの怒りは爆発。そして1ヵ月後にマリオ・チェッキ・ゴーリ氏が新会長に就任。
チェッキ・ゴーリ会長時代、フィオレンティーナはガブリエル・バティストゥータを獲得、人々の熱気も戻る。93/94年のセリエBの後、ラニエリ監督によってすぐにセリエA復帰を果たすも、昇格の喜びは、会長マリオ・チェッキ・ゴーリ氏の死によってかき消される。彼の葬式はサンタ・クローチェ教会で行われ、町中が喪に服した。
その後、息子のヴィットリオ氏が後を継ぎ、1996年5月18日には21年ぶりのタイトルであるイタリア杯優勝、それに継ぐスーパーカップ・イタリアも、ミランを倒し制覇。
1997年にラニエリ監督が去った後、マレサーニ監督を経て、1998年夏にトラパットーニ監督就任。シーズン3位で終わり、フィオレンティーナは30年ぶりにチャンピオンズ・リーグに参加。
2000年5月に、トラパットーニ氏と、フィオレンティーナ史上一のストライカー、バティストゥータ(152ゴール)が去る。その後、トルコ人のテリム監督を経て、マンチーニ監督とともに2001年6月13日には再びイタリア杯優勝を手に。
ところが、その同じ日に、ヴィットリオ・チェッキ・ゴーリ氏破産。トルド、ルイ・コスタを手放し、彼らなしで戦った2001/02年は、裁判や経済収支の話題ばかりが中心に。リーグ戦の結果もセリエB落ち。
2002年7月にフィオレンティーナ倒産。約1ヵ月後、セリエBの登録に間に合わなかったA.C.フィオレンティーナ1926は、フロレンティア・ヴィオラと名前を変えてセリエC−2からやり直し。しかし、そのチームを買い取ったディエゴ・デッラ・ヴァッレ会長が、愛着ある「フィオレンティーナ」の名前を買い戻し、A.C.F.フィオレンティーナとして再生したチームは、セリエA早期復帰を目指すべくばく進。すぐにセリエC−1昇格。
2003年8月20日、運命はフィオレンティーナを味方する。先シーズン揉めに揉めたセリエBが、20チームから24チームに増加。セリエCに降格したカターニャやジェノバ、サレルニターナが再びセリエBに戻り、登録の間に合わなかったコセンツァの代わりに、24番目のチームとしてフィオレンティーナが、セリエC−1をスキップしてセリエBに入ることになった。
セリエCのチーム作りしかしていなかったフィオレンティーナにとっては難しい前半戦となったため、1月の移籍市場でチームを補強。監督もカヴァシン氏からモンドニコ監督に代わり、6位で終えたリーグ戦の結果、セリエA15位のペルージャとプレイオフ。アウェーでペルージャを負かし、ホームで最終分に引き分け、セリエA復帰を果たす。
セリエA:1931/32−1937/38
1939/40−1942/43
1946/47−1992/93
1994/95−2001/02
2004/05− |
セリエB:1929/30−1930/31
1938/39
1993/94
2003/04
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スクデット:2回(1955/56、1968/69)
イタリア杯優勝:6回(39/40、60/61、65/66、74/75、95/96、2000/01)
スーパーカップ・イタリア:1996年
カップ・ウイナーズ・カップ:1960/61
ACF Fiorentina S.p.A.
住所:Viale Manfredo Fanti, 4 (Firenze)
tel:055-50.30.190
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写真提供:ACFフィオレンティーナ
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オフィシャルサイト:www.acffiorentina.it
名誉会長:ディエゴ・デッラ・ヴァッレ(Diego Della Valle)
監督:エミリアーノ・モンドニコ(Emiliano Mondonico)
チームカラー/マークの由来
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| チームカラーは、ヴィオラ(Viola)と呼ばれる紫色。マークは、ジーリョ・ロッソ(赤いゆり)と呼ばれるフィレンツェの町のシンボル。フィレンツェはゆりの町と呼ばれ、その町を象徴するフィオレンティーナは、その伝統の色とシンボルをマークとしています。 |