古代ギリシャ植民都市時代の遺跡が残るアグリジェント。シチリア最後のギリシャ植民都市のひとつで、紀元前580年ごろにロードス島とジェーラ植民都市出身のギリシャ人たちが建設した。当時はギリシア語で「アクラガス」と呼ばれていた。
アクラガスの経済、文化が絶頂に達するのは紀元前480年頃。有名な哲学者エンペドクレスがこの地に暮らして著作を残し、詩人ピンダロスはこの町を「人間の都市のうちで一番美しい」とまで賞賛した。
当時の遺跡は神殿の谷Valle dei Templiと呼ばれる一帯に今でも残り、見事な景観を作り出している。1997年、このアグリジェントの遺跡地域は世界遺産に登録された。
古代ギリシャ植民都市時代を過ぎ、町は幾多の変遷を経る。紀元前210年にローマ人が町を平定。帝政時代に入りシチリアが交易の主流から外れると、アグリゲントゥム(当時の呼名)は徐々に衰退する。828年にはイスラム教徒が侵入。今度はジルジェンティと呼ばれるようになり、再び人口を増やした。今でもここには、路地や庭園などにイスラム趣味の模様や装飾が見られる。
ノルマン人による征服、次いでホーエンシュタウフェン家の支配を経て、ジェルジェンティはシチリアにおけるイスラム教徒の中心地になり、北アフリカとの通商が行われ、繁栄。しかし、その後交易は振るわなくなり、町は数百年の間停滞する。
18世紀に経済が復興すると、町の中心はドゥオーモ地区からアテネア通りに移る。更に19世紀には現在の「ヴィットリア通り散歩道」が開通し、ローマ広場(現在のアルド・モーロ広場)が建設され、町は南東に広がった。1927年、かつてのラテン語名をイタリア語風にしたアグリジェントに町の名が変更された。
写真トップ:ヘラクレス神殿
下左:神殿の谷をのぞむ、右:アグリジェントの風景
●古代ギリシア神殿の数々
私がこの町を訪れたのは、2002年のアーモンドの花祭りのあった2月初旬のこと。神殿の谷には白いアーモンドの花が咲き乱れていた。私達は、コンコルディア神殿の見えるホテルヴィラ・アテネに宿泊した。夜になると神殿がライトアップされ、それは素晴らしい景色だった。
アグリジェントに着いた日、「夜、アーモンドの花祭りがある」というので、私達はコンコルディア神殿の前に行った。丘の上から見ていると、ローソクに灯をともした人たちの集団がオレンジの帯の様に続いてこちらに向かってきた。
やがてすべての人たちが到着すると、そこで沢山の美しい色彩の民族衣装を着た子供達がローソクを手に持ち歌を歌い、イタリアの三色旗をたすきがけにした市長が世界平和を訴える挨拶をした。
コンコルディア神殿の前には大きな火がたかれ、人々は歌を合唱し、その熱気は暗い神殿の谷にこだましていった。
翌日は地図を見ながら主要な古代遺跡を撮影した。最初に行ったのがユーノー・ラチニア神殿 Tempio di Giunone Lacinia。ゲーテはこの神殿の事を、「こうして町の端に達したが、そこにあるユーノーの神殿の廃墟は、そのもろい石が風雨のために腐食するので、年毎に朽ちて行くのである。」と述べている。紀元前5世紀半頃に建設されたこの神殿の手前には、生贄用の祭壇がある。
写真左:ユーノー・ラチ二ア神殿、右:コンコルディア神殿
コンコルディア神殿Tempio della Concordiaは、屋根は落ちているものの、ドーリア様式の神殿の中では最も保存状態がよい。紀元前5世紀半ばに建設され、ディオスクロイ神に奉納された。
私が訪れた時、神殿の前には白いアーモンドの花が満開に咲き、風に吹かれて花びらが散って行く様が限りなく美しかった。
次に立ち寄ったのはユピテル神殿Tempio di Giove。この神殿はアグリジェントの中で一番大きい。紀元前480年、テーロンがカルタゴを征服後、戦勝記念として建立されたが、完成には至らなかったといわれている。
神殿の谷の入り口に位置するヘラクレス神殿Tempio Ercoleは、紀元前6世紀末に建設されたアグリジェント最古の神殿といわれる。沢山の柱が立ち並び、横に長く高さはあまりないアルカイック建築の特徴を有している。私が見た時、神殿は黄金色の夕日を浴び、格別に美しかった。
エスクラピオ神殿Tempio di Esculapioは紀元前5世紀ごろに建設された神殿で、旧市街の壁の外に位置している。
また、神殿の谷の裏にあるテーロンの墓Tomba di Teroneは、ネクロポリ・ジャンベルトー二Necropoli Giambertoniと呼ばれ、紀元前1世紀頃のローマ時代の墳墓で、昔の城壁の外側の斜面に広がる広大な墓所の一部をなしている。
●アーモンドの花祭り
さて、私がアーモンドの花祭りで一番見たかったのは、祭りの最後の日曜日に開催される、シチリアの極彩色に飾られた荷馬車の行進だった。その年は2月10日だった。私達がアグリジェントに着いたのは2月2日。そこで予定を変更し、アグリジェントからマルサラ、トラパニ、エリチェ、セジェスタなどを観光し、2月9日土曜日に再びアグリジェントに戻って来た。
翌日は素晴らしい青空が広がった。旧市街の視界の広いピランデッロ広場で私は、フォークロアと舞踏のコンクールの行進が来るのを待った。
最初、世界中からやって来た人々が民族衣装を着て行進。ブルガリア、スペイン、ロシア、ユーゴスラヴィアなどの団体が色彩豊かな衣装をまとい、踊り歌いながら行進した。地元アグリジェントの行進は、男性が黒、白の衣装に赤の蝶ネクタイ、ギターを持って音楽を奏で、女性はカラフルな衣装でタンバリンを持って踊っていた。
最後に、美しく装飾された荷馬車が隊列を組み行進。馬の付けている鞍までが装飾され、馬が前足を高く上げるパフォーマンスなどもあり、それはシチリアらしい賑やかで美しい祭りだった。
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