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プーリア あの町この村めぐり   
15 Maggio 2017

第5回  
丘の上のバロック建築の町
マルティーナフランカ



 
文・写真/矢崎裕子 



マルティーナフランカは、ターラントから、約30キロ北にある中都市です。とんがり屋根のトゥルッリと呼ばれる建物が点在するイトリアの谷を見下ろす、標高431メートルの丘の上にあります。

●マルティーナフランカの歴史
13世紀には、すでに、丘の西側にある現在のVico Montedoro モンテドーロ路地のあたりに、小さな城のある集落がありました。 丘のその反対側に、14世紀の初めに新しい村ができました。1310年8月12日に、ターラント君主、アンジョー家のフィリッポ1世が、税金免除の特権を与え、村を作ったのです。町の名前である「フランカ」は免税の意味があります。免税により、人口が増え、1388年には、城が建てられ、町は4つの門と24の塔のある城壁で囲まれました。しかし、まもなく、王の直轄領ではなくなり、封建領主に支配されるようになりました。1507年には、カラッチョロ家がマルティーナ公となり、1806年、封建制度が終わるまで続きました。

トップ写真:@マルティーナフランカのサン・マルティーノ大聖堂    写真下:ABマルティーナフランカの旧市街

17世紀18世紀に、町は繁栄し、バロックとロココ様式の建築が顕著になっていきました。 1743年にプーリアで起きた地震の影響で、同地でも建て直す必要のある建築物があり、町の守護聖人「聖マルティーノ」を祭り中世に建てられたロマネスク様式の教会も壊され、そこに、1747年から1763年にかけて、バロック様式のサン・マルティーノ大聖堂Basilica di San Martinoが建てられました。 カラッチョロ公の宮殿「ドゥカーレ宮殿Palazzo Ducale」は、14世紀の城のあった場所に1668年から18世紀にかけて、建てられました。

●散策は「サントステファノ門」から
旧市街の東側に、聖マルティーノの騎馬像が上にある「サントステファノ門Porta Santo Stefano」があります。その門を入る手前、右側に、インフォーメーションオフィスがあります。

写真下:C「サントステファノ門」 

同門をくぐり、右手にある大きな建物がドゥカーレ宮殿で、現在は市役所として使われています。中に入り、右側の階段を一番上まで上がり、突き当りを右側に行くと、フレスコ画の間があり、公開されています。18世紀の画家ドメニコ・カレッラが1776年に描いた、アルカディア(桃源郷)の間、神話の間、聖書の間があります。

写真下左:Dドゥカーレ宮殿   写真下右:Eドゥカーレ宮殿内部

●バロック建築のサン・マルティーノ大聖堂
ドゥカーレ宮殿を後にして、左前方の道、ヴィットリオ・エマヌエレ通りは商店街で、その細い道を抜けるとプレビシート広場に出ます。そこにあるひときわ大きな教会がバロック建築のサン・マルティーノ大聖堂(写真トップ)です。ファサードには、貧しい人とマントを分け合う、聖マルティーノの騎馬像のレリーフがあります。

写真下左:Fサン・マルティーノ大聖堂内部     写真下右:Gモンテ・プルガトリオ教会

サン・マルティーノ大聖堂の向かいにある小さな、モンテ・プルガトリオ教会も、開いていることが多く、内部がとてもかわいいです。
プレピシート広場と、その先のアーケードのあるインマコラータ広場は、旧市街の真ん中にあり、政治や商業の中心だった場所で、時計台のある昔の役場だった建物や、レストランやカフェ、休日でも開いているお店もあり、現在は観光の中心です。

●何十ものバロック・ロココ様式の建物
旧市街には、ほかに、ファサードの素晴らしいサンドメニコ教会はもとより、何十ものバロック・ロココ様式の建物があり、扉の回りの装飾、鉄製のうねりのあるバルコニーや、バルコニーの下の装飾などに、注目して歩くと楽しいです。特に、Via Mazziniマッツィーニ通りや、Via Cavourカヴール通りが、お勧めです。比較的大きな旧市街ですが、道は細く曲がりくねり、行き止まりがあり、旧市街から出られる道が限られていて、まるで迷路のようです。

写真下:HIJKマルティーナフランカの旧市街

旧市街の外、北西側に、バロック建築のカルミネ教会があり、その手前に市民公園があります。そこから、イトリアの谷の向こう側に、遠く、隣町、ロコロトンドのかわいい姿が、見えます。

●名物「カポコッロ・ディ・マルティーナフランカ」
マルティーナフランカと言えば、「カポコッロcapocollo 」というハムが有名です。特に、マルティーナフランカの生産のものとして、「カポコッロ・ディ・マルティーナフランカcapocollo di Martina Franca」と呼ばれています。

写真下:L名物のハム「カポコッロ・ディ・マルティーナフランカ」   

豚の、頭と脊椎の間の筋肉を、円筒形に切って、ハーブと塩で味付けし、ヴィンコット(ブドウのシロップのようなもの)につけた後、腸の袋に詰め、2週間、風通しの良いところで乾燥させた後、燻製にし、さらに、3,4か月乾燥させてできたものです。

写真下:Mルティーナフランカの旧市街



著者プロフィール
矢崎裕子  Yasaki Yuko
プーリア州出身の夫と結婚後、トスカーナ州で5年、ミラノで10年、輸出入関係のOLをした後、夫が希望した転勤により、現在住むプーリア州のカステッラネータに転居。バーリ大学ターラント分校の文化財学科を卒業後、2010年に、自宅でベッドアンドブレックファーストをオープン。プーリア州の魅力を伝えていければと思っています。
B&B レオの家のホームページ:http://casadileocastellan.wixsite.com/casadileo
観光情報のブログ http://ameblo.jp/casadileo/
暮らしのブログ http://blogs.yahoo.co.jp/minamiitaliakara  


プーリア あの町この村めぐり データ  
 

■マルティーナフランカ  
(ターラント県 Comune di Martina Franca)

交通アクセス
<列車> Ferrovie del Sud Estスドエスト鉄道 で、バーリから約2時間、ターラントから1時間5分、レッチェから2時間45分。


プーリア あの町この村めぐり
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