駅から旧市街まで10分ほど行くと、ドーラ川にかかる橋からはアルプスを遠方に見渡すことができます。そこから旧市街地のスタートです。旧市街地は時計台が目印の市役所前広場を挟んで、東西に石畳に覆われたメインストリートのパレストロ通りとアルドゥイーノ通りが延び、そこには地元の人で賑わう商店やカフェが並んでいます。
写真下左:Cイヴレア市内のパレストロ通り 写真下右:Dイヴレア市内のアルドゥイーノ通
この市役所前広場を含め、通り沿いに点在する広場こそが、カーニバルの時期にはオレンジ合戦の舞台として激しいオレンジの投げ合いが繰り広げられるのです。メインストリートから細い坂を登ると大聖堂とイヴレア城のある小高い丘に出て、そこからは赤い瓦屋根が連なる街を見渡す事が出来ます。
●丘の上の街のシンボル、イヴレア城
別名「赤い塔の城」と呼ばれ、4本の円柱塔に囲まれています。1358年にこの地方を治めていたサヴォイア王家のアメデオ6世によって、防衛のために街を見下ろせる小高い丘の上に建設され、当時は政治と宗教の中心の場として使われました。
写真下:Eイヴレア城
塔のうちの1本は1676年の落雷によって火薬が引火する事故で破壊され、その後再建される事はありませんでした。城はその後、1750年から1970年までの間、牢獄として使用されました。今は、イベントや展覧会の会場として使われています。
●イヴレアのドゥオーモ、聖マリア大聖堂
城塞のある広場に隣接し、ロマネスク様式の教会で、紀元前1世紀には既にローマ人が教会を建設した跡が見られます。1516年には正面にポルティコがつけ加えられ、1854年には建築家ベルトロッティによって、現在の新古典主義様式のファサードへと改築されました。
写真下左:F市役所前広場 写真下右:Gドゥオーモ
●世界に知られるオレンジ合戦
毎年2月のカーニバルの行事の一環として行われるオレンジ合戦は、世界的に知られています。
その起源は古く中世に遡ります。 暴君が貧困にあえぐ民衆に食料を分け与えたところ、それを受け取った民衆の1人が反抗の意を示すため食料を投げ返したというのが起源のようです。その後徐々に、カーニバルで街を練り歩くパレードと台車に向かって、ベランダから住民達が豆を投げつけると言う形が定着しました。それがオレンジになったのは、ベランダの女性達がパレードの男性達めがけて目立つものを投げ、自分たちの存在に気づかせるためと言い伝えられています。1808年より、ほぼ現在の形式になりました。
写真下:HIオレンジ合戦のシーン
オレンジ合戦の日、 市街地に向かう人達は皆、 赤い帽子、マフラー、コートなど、 何かしら赤いものを身につけています。それは見物人である目印で、攻撃の対象にはならないことになっています。お薦めは、細長い袋状の形をしたフリジア帽(berretto frigio)と呼ばれる、伝統的な帽子です。見物人はオレンジ合戦が始まると安全な網の後ろに避難しますが、それでも頭上を飛んでくるオレンジを避けきれないこともあります。
写真下:JKオレンジ合戦のシーン
オレンジ合戦は、 馬に引かれた山車に乗った貴族チームと、徒歩の民衆チームに分かれて街の各広場で繰り広げられます。毎年3千トン以上のオレンジが使われ、投げ手の数は約3500名におよび、30台もの山車がでます。参加者はイヴレア市民だけでなく世界中から集まりますが、正式に参戦するにはアランチェーリAranceri(オレンジ戦士)としてチームに属し、ユニホームを身に着ける必要があります。そして合戦の後、街中の広場は潰れたオレンジで覆われ、長靴がないと歩けないほどになります。
●オリヴェッティ社による近代化
ところで近代のイヴレアの発展を支えたのは、 エットーレ・ソットサスがデザインしたタイプライターなどで知られるオリヴェッティ社でした。1950年代より同社は、旧市街地から少し離れた郊外に街の近代化を進めるため、 多くの建築家達に斬新で前衛的な都市計画を依頼しました。 また社員のための住宅や幼稚園なども建てられ、その恵まれた福利厚生制度で当時の労働者にとっては憧れの就職先でした。実現こそしませんでしたが、依頼を受けた建築家の中にはル・コルビュジェ、ルイス・カーンなど近代建築の巨匠たちも名を連ねています。
写真下:Lイヴレア近代建築オープンミュージアム(M.A.A.M)
今でもその近代建築の遺産は、 イヴレア近代建築オープンミュージアム(M.A.A.M)の創設により活性化され 見学する事が出来ます。
●名物お菓子、トルタ・ノヴェチェント
ドーラ川沿いに立つ老舗製菓店のバッラBallaが発明したトルタ・ノヴェチェントは、1900年ケーキと言う意味で、1800年代の終わり頃に菓子職人、ベルティノッティによって新世紀の幕開けを祝うために作られました。そのレシピはバッラが1972年に特許を申請した事により、世界でもここでしか味わう事の出来ないケーキとなっています。それは、2枚のチョコレートスポンジケーキにチョコレートクリームが挟まって表面に粉砂糖が振りかけられたもので、非常に繊細な味でなかなか真似する事は難しいケーキなのです。
写真下:M名物お菓子、トルタ・ノヴェチェント
イヴレアの街そのものはこじんまりとしていて、半日あれば十分に回れる規模です。街を回った後に製菓店バッラのカフェで一息ついて、まだまだ観光地化されていないイヴレアの地元の人々と、ひと時の交流をはかるのも良いかもしれません。
ピエモンテ小都市紀行 著者プロフィール
西村清佳(にしむら さやか
横浜出身、トリノ在住。東京芸術大学大学院修了。在学中、イタリア政府給費留学生としてジェノヴァ大学建築学部に渡伊。その研究結果の一部を 『イタリア文化事典』(丸善出版 2011年)へ執筆。現在はコーディネーターとして日本のメディアを通してイタリアの魅力を伝える一方、イタリアでは日本をテーマとするイベント企画にも携わっている。 |
|
イヴレア IVREA 関連データ
Dati
■標高 253m 面積 30km2 人口 24,196人(2010年末)
■アクセス情報
トリノから直行電車、あるいはキヴァッソChivasso乗り換えで1時間
■イヴレア観光局
Via Piave, 10 - 10015 Ivrea (TO)
Tel: (+39)0125 4101
Fax: (+39)0125 410330
Email: turismo@comune.ivrea.to.it
9:00-12:30 (火、水、金)14:00-16:30 (月)14:00-17:30 (木)
■イヴレア城 Castello di Ivrea
Piazza del Duomo -10015 Ivrea Italia
http://digilander.libero.it/MutenDb/castello/index.html
■聖マリア大聖堂 Duomo di Santa Maria
Piazza del Duomo -10015 Ivrea Italiaa
■近代建築オープンミュージアム Museo all’Aperto di Architettura Moderna
*見学日時 要予約
Via Jervis 13 -10015 Ivrea Italia?
Tel: (+39)347 750 4918
Email: conteverde@libro.it
http://www.maam.ivrea.it
■オレンジ合戦
*2013年度は2月10日-2月13日
http://www.storicocarnevaleivrea.it
■製菓店 バッラ Balla
Corso Re Umberto I n. 16 -10015 Ivrea
Tel: (+39)0125 641327
http://www.torta900.com/balla-pasticceria.php
写真クレジット:EGはイヴレア市役所提供
本連載によせて著者からのメッセージ
北イタリアの山裾に位置するピエモンテ州は、いわゆるイタリア観光の王道路線とも言えるミラノ、ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアの主要幹線からは外れた場所に位置しています。しかし州都トリノではサヴォイア王家の王宮群が世界遺産に指定され、2006年に冬期オリンピックが開催された後は世界中から多くの観光客が集まるようになり、もはや知る人ぞ知る街ではなくなりつつあります。そのトリノ周辺には珠玉の小都市が数多く点在し、そこには重厚な歴史のある大都市とはひと味違う、素朴な魅力があります。この企画では、まだまだ知られざるピエモンテの小都市の魅力をお伝えしていきたいと思います。
今後、掲載予定の都市一覧(順不同)
◎オルタ・サン・ジュリオ ◎ リモーネ・ピエモンテ ◎クーネオ ◎カザーレ・モンフェッラート ◎モンドヴィ ◎サルッツォ ◎サウゼ・ドゥルシオ
2013年2月
西村清佳