翌日から2日にわたって検査が行われたが,午前に1回,午後に1回といった具合であとはベッドで待つだけ。2日目の昼食が異常に早く12時ちょっと過ぎに来て(普通は1時すぎ)食べかけたところ突然看護士が来て、午前の検査がまだあるのに食事に手をつけたから今日は不可能。今できないとすると土日は休みだから月曜にすることになる、という。それならとりあえず帰って,月曜にまた検査に来ます。と云うとその間に何か起れば病院の責任になるのでそれは出来ないとのこと。懇願してなんとか午後に行ってもらった。結果は問題なくようやく3日目に退院できた。
翌週からアートのプロモーションの件でウイーンに行くことになっていたので、ハラハラであった。
●病院事情
病棟は新館ですべて2人部屋、トイレシャワー付きで、シンプルながらちょっとしたホテル並みである。窓辺に2人で食事をするテーブルまである。
この病院では、夜10時過ぎに希望者に睡眠薬などを配るワゴンが来る。錠剤それとも液状がいい?などと聞きにくるのが不思議。消灯時間などもなく、11時近くまで人声が聞こえていることもあった。
食事はおいしいとは思えなかったが,プリモはパスタやスープ、米料理など7種類、セコンドは肉、魚、チーズなど7種類から選べるようになっていて、私の場合は1日1800キロカロリー。10時と4時には煮リンゴ、ヨーグルトなどのおやつも選べた。でも日替わりではないので、毎日同じメニューから。
写真下:アレーナ(円形劇場)での今年の野外オペラ「アイーダ」
●イタリア滞在
来たばかりのころは、ペルージャの外国人大学(といっても外人のための国立のイタリア語学校であるが)には多くの日本人学生が居て、そのころは5段階のレベルがあって、最終コースまで残って卒業免状をもらって帰っていく人もたくさん居た。他の私立の語学学校でもしかりであった。あの通り過ぎていった人たちは今どうしているだろうと気になる。会社を辞めて来た人や、お金を貯めて来た人など、人生の休止符や夢さがしなどといっていたが、再就職できたのだろうか。イタリア語を仕事に生かすのは難しい。なぜなら外国向けの仕事はほとんど英語で行われているから。イタリア滞在が人生のプラスになったことを祈っている。
いまは数も減ったし、目的がはっきりしている人が多いので、少々安心している。
●第二の人生
私にとっては、日本を出ることで今までの仕事や人生を一変させることが出来て,何か二度生きているような気がすることがある。何の備えもせずに来ていまだ滞在できているし、ライフワークも見つかって、イタリアさまさまである。
これからの問題はいつイタリア生活の幕を引くかということで、これが住み慣れてしまいなかなか難しい。イタリアにも強い思いができ心が引き裂かれそうになるが、いつかは決断しなくてはならない。と思いながら、作品があふれて家が狭くなりアトリエスペースも狭いので、アパートを探し始めていたりして、矛盾だらけなのだが。
●アートと私
建築の設計をしていたときはクライアントの好みがあり、法的規制や予算、技術的な可能性などにしばられるので、こんな制約さえなければどんなにかいいものが出来るのにと思っていた。
しかしアートは自由だが、より自身を試されている。
以前建築を教えていたとき学生に、いい作品を作るにはどうすればと尋ねられたときに、とにかくまずはいろんなジャンルの優れたものを見ること、と当たり前のことを答えていたが、何事にも近道はないと痛感する。
アートへの思いが強すぎて、他のことに時間を取られていると気が焦る。せっかくヨーロッパに住んでいて,ちょっと足を伸ばせばあちこちに行けるのに、この束縛感は少々恨めしい。
来年3月にはヴェローナで大規模な布をテーマにした展覧会が開かれ、日本からもキルトやタペストリー関係のすばらしい作家3人が招待される。紙と布の融合というテーマで私も招かれている。
先日所用でカリフォルニアに行ったときに、サンフランシスコの美術館に展示できそうな話もあって、実現にこぎつけるまでまたさぞハラハラすることだろう。
あまりうれしくはないが、このハラハラ感が私のエネルギー源かもしれない。
用事が終わってからひとりで赤いスポーツカーを駆って(レンタカー屋にそれしか残っていなかったため)気分まかせで予約なしの旅をして、達成感はあったがほんとに疲れた。次はもっと大人の旅をと思うが、またへとへとになりながら何かを追っているのだろうか。
それでは皆様、いつかどこかでまたお目にかかるのを楽しみに。
近況はwww.yokookuyama.com でどうぞ!
|
著書プロフィール
奥山陽子 (Okuyama Yoko) 
東京に生まれ、北海道大学工学部建築工学科卒、丹下健三のもとで東京カテドラルのコンペ、広島平和公園聖火台、聖心女子大学などのプロジェクトに参加。その後、創成社建築設計事務所を開設し住まいと住環境をテーマに住宅や集合住宅の設計、住宅地域計画などを行う。1990年代には日本建築家協会理事もつとめた。
それまでに培ったアートへの素地と憧憬は、独自の手法によるアート作品制作へと向い批評家や愛好家の支持を得て、イタリア国内および国外での個展などへの参加となった。その作品はイタリア以外にも、アメリカ、フランス、イギリスなどで収集されている。1999年よりイタリア在住。
「奥山陽子のアート」サイト http://www.yokookuyama.com 「旅のサイト」 http://www.northitaly.net/
(写真右上:筆者、ニューヨークでの展覧会会場で)
|