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15 Novembre 2020
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![]() この連載は、毎回、異なる登場人物がリグーリアを旅する・散策する「ストーリー(物語)」です。今回の主人公は、ピエモンテ州のレストランで料理修行中の山之内広希(ひろき)・20代半ばの男性です。
トップ写真:@サボーナの老舗トラットリア『ヴィーノ・エ・ファリナータ』の2種類のファリナータ
●イタリアでの料理修行の道へ ようやく厨房業務に就けるようになると、若いとはいえ体力的には消耗した。でも、シェフや先輩たちの動きを目の当たりにすることもでき、毎日が学びの日々だった。休みの日は、行ってみたい店の食べ歩きを。ひとりで回ることもあれば、専門学校時代の友人や、同日に休みになった同僚や先輩、もしくは、姉が一緒ということもあった。人と一緒に回ると、色々な種類のものを食べられるだけではなく、感想を言い合ったり、将来の方向性などをお互いに話したりできて、それが僕にはとても刺激になった。 就業していた店のオーナーシェフは、イタリアでの料理修行の経験者だ。そのこともあり、店のスタッフが探求のために国外に出ようとすることには理解があった。また、なるべく上下関係を感じさせないように振る舞う軽やかさを持ち合わせている人だ。イタリアンカルチャーの良いところを吸収したような人なのだ。そういう人の下で働いていると、短期間の旅行ではなくて、実際に自分も同様の経験をしてみたいという気持ちが湧いてくるもの。店で特に気が合っていた先輩が渡伊したことをきっかけに、僕も具体的にそのことを考えるようになった。
●ピエモンテのレストランでの出会い 仲間内ではとても気さくなのだが、一旦、接客に入ると、フレンドリーでありながらも、客に対してはとても丁寧で、またよく要望に気が付くところがあるのが見えた。若いけれど、そういうプロフェッショナルな態度に敬意を感じ、ますます僕は彼が気に入った。店の定休日にも会ったり、周囲の美味しい店などに付き合ってくれることもあった。 だから、不慣れな外国の土地でせっかく親しくなれたニコロが店を辞めて、地元のリグーリアに帰ると聞いた時は、やはり少し……いや、かなりショックを受けたのは否めない。そんな僕に「そりゃあ今みたいに実際に毎日顔を合わせることはできないけれど、隣りの州なんだし、遊びに来なよ!それに、オンラインでビデオ通話だってできるんだからさ!」と言って、明るく励ましてくれた。店の他の仲間たちとも関係がうまく行っていないわけではないけれど、少し込み入ったことがあると、僕は今もニコロを頼っているところがある。
●サヴォーナ駅での再会
写真下:Aサヴォーナの中心部
サヴォーナは、リグーリア州の州都ジェノヴァから西に50キロ強の距離にある市で、リグーリア州内4県のうちの1県の県庁所在地だそうだ。ジェノヴァには、まだ料理学校に通っていた頃にクラスメイトたちと足を運んだことがある。ニコロがいるからサヴォーナに行ってみようかと思っていると、店の仲間たちに言ったら、ぜひヒヨコマメの定番ファリナータとサヴォーナ特有の小麦粉のファリナータの食べ比べをすることを勧められた。だから、今回の訪問は、ニコロと会うことの他には、それが主なミッションとなる。ニコロにそのことを前もって伝えたら、「OK!任せといて!」といつもながら頼もしい返答をもらった。 ほぼ中心地に位置するB&Bにチェックイン。荷物を置き、貴重品とカメラを持ってすぐに部屋を出る。ニコロが「まずは、港の方に行ってみようか」と促す。普段、山間の町にいるので、「リグーリアに来たら、やっぱり海を見なくちゃね!」と、その提案に乗る僕。
●サヴォーナ市内を一回り
写真下左:B停泊中のクルーズ船 写真下右:Cサヴォーナのダルセナ
「へぇ!サヴォーナからもクルーズ船が出るんだ!」「そう、ジェノヴァだけじゃないんだぜ。従兄が前にこの会社のクルーズ船で働いていたんだ。それで、同僚だったペルー人女性と結婚したんだよ。オレもクルーズ船で働くことを考えたこともあったんだけどね……」
写真下:Dダルセナ
クルーズ船からやや離れた港には、小さな漁船やセールボートなどもたくさん停泊している。その先に、巨大で古そうな石造りの建造物が目に入った。 「あれは何?お城っぽいねぇ!」
写真下:EFプリアマールの要塞
「あれは、プリアマールの要塞(Fortezza del Priamar)。16世紀半ばぐらいのものかな。今は中に考古学博物館が入っているよ。学校の社会科見学で行ったなぁ。夏には、オープンエアのイベント会場になったりしてるんだ」「なんだかカッコイイなぁ!映画なんかが撮れそうじゃない?」城好きの僕は、日本国内の旅行でも城があると訪れるスポットとしてマークするのだけれど、ほぼ知識がない場所で思いがけずそういう建造物を見られて、ワクワクしている。 港の周辺には飲食店が集まっていたり、ホテルがあったりと、賑わっている様子だ。ジェノヴァもそう言えばツーリストハーバーがあったなぁ、と思い出した。「以前、まだ整備されていなかった頃は、危険だと言われていたらしいけれど、今は週末の夜なんかにみんなが集まるスポットになっていたりするんだ」「うん、そんな感じがするよね」「そうだ!面白いものを見せてやるよ」
そう言われて歩いて行くと、地面に石で作られたモザイクで亀が描かれていて、その甲羅部分に漢字が書かれていた。「おお、どうしてこんなところに漢字が!?」「やっぱりヒロは読めるんだ!なんて書いてある?」「あれは“海”UMIでマーレ(mare)、これは“学”MANABUでインパラーレ(imparare)」「あとで、紙に書いてよ。友だちや家族に自慢する!」「ははは、いいよ」
写真下:Gモザイクで描かれた亀
いつも自分がニコロから教えてもらってばかりなので、こんな風に僕の方の文化を教えてあげられる機会があると、なんだか嬉しい。ニコロはホテルスクールで、英語以外にもスペイン語やフランス語、ドイツ語なども勉強したとのことで、僕がイタリア語の説明で理解できないでいると、なるべく簡単な英語で教えてくれる配慮があった。
●地元特有の「ファリナータ」を楽しむ
僕たちはまた来た道筋を戻って行く。その店は目抜き通りを脇に入った小路にあり、狭い間口だった。『VINO E FARINATA(ヴィーノ・エ・ファリナータ)』ワインとファリナータ、まさにファリナータの店らしい店名だ。メニューをひとつひとつ見て、写真も撮る。僕たち料理人にとっては、まずそこからも勉強だ。
写真下:HI旧市街の老舗のトラットリア『VINO E FARINATA』
「まずは、ファリナータでしょ。2種類ね。何か海のものも食べたい?」 「うん、いつも肉か野菜が多いからね……」 「Fritto misto di pesce(フリット・ミスト・ディ・ペッシェ)、魚のミックスフリットは?ピエモンテ料理のフリット・ミストって言うと、肉や内臓系、サルシッチャ(イタリアンソーセージ)、アマレット(アーモンドプードルの焼き菓子)やリンゴのフリットだけど、日本人は魚介のフリットとか好きでしょ?」 「そうだね。魚嫌いの人でなければ、だいたい惹かれそうだよね。あっ、Cozze(コッツェ)!ムール貝かぁ。さすが海沿いの町のメニューだね。これも頼もうよ」 ひとつのプレートに一緒に載せられて出てきた2種類のファリナータは、黄色っぽい方がヒヨコマメので、白っぽい方がサヴォーナのファリナータ・ビアンカ、小麦粉のだ。見た目はとても素朴。それもそのはず。材料は、粉・水・オリーブオイル・塩というシンプルさ。ストリートフードだそうだ。外側はよく焼けていてカリカリと香ばしく、中はややしっとり。よいスナックだ。けっこうビールが進みそう。(写真トップ)
写真下:J魚のフリット・ミスト
魚のフリット・ミストには、カタクチイワシ・エビ・ヤリイカ・その他小魚類。塩が軽く振ってありレモンを絞って食べる。久しぶりの新鮮な魚介類の風味に舌も胃も喜ぶ。ムール貝は、イタリアンパセリとオリーブオイルに、ニンニクで調理。そこに塩・胡椒を適量。これもレモンを絞って食べる。ビールにもワインにも合うんだな。サヴォーナのクラフトビールをメニューで見て、それも試してみた。
「明日の昼なんだけど、料理人をしている叔母が自宅で「Cappon magroカッポン・マグロ」を作ってくれるって言うだけど」
イタリア人って、親切な人は本当に家族や親戚のように受け入れてくれると聞いてはいたけれど、ニコロに出逢っていなかったら、そんな機会は未だになかったかもしれない。 食後、少し散歩がてら旧市街を歩いた後、ニコロは僕をB&Bまで送ってくれた。翌朝も車で迎えに来てくれるということで、時間を確認しておひらきに。
●朝食ルームでのビュッフェ イタリアの朝食では、みんなよく甘いものを食べるので、ビスコッティやトルタなどの焼き菓子も並んでいる。花の形のビスコッティが大小並んでいたので、それを数枚取ってみた。札にカネストレッリと記されている。コーラに似た見た目のキノットジュースは、最初に甘さが感じられたと思うと、後からややほろ苦い風味がくる。たしかにコーラの風味とは異なる。何だろう?この風味、何かに似ている……あっ、カンパリ?ああ、あの独特の風味に似ているかも。カンパリもイタリアのリキュールで、柑橘系の香りに薬草の苦みが特徴的だ。これは、好き嫌いが分かれるタイプだな。 ●ニコロの叔母さんの手料理 「昨夜はよく眠れた?」「うん、おかげさまで。ビールがよく効いたみたいだよ」
「チャオ!よく来たわね!」「ヒロ、彼女はジャンナおばさん。おばさん、彼が日本人のヒロだよ」「はじめまして、ヒロです。今日はご招待をどうもありがとうございます」 僕らは挨拶を済ませると、促されるままに、家の中に入った。玄関を入ると、すぐ右側にはカウンターキッチンがあり、同じ部屋の左側には食卓がある。木製の食器戸棚に、カラフルな装飾。ぱっと目に入るものだけでも、家の主の好みが反映されているのが伺われる。
写真下:K「パンドルチェ・ジェノヴェーゼ」
「今、パンドルチェ・ジェノヴェーゼを作っていたの」 そう言うと、テーブルの上の焼く前の生地を僕に見せてくれた。 「リグーリアのお菓子よ。わたしは、クリスマスの時季になると、たくさん作って親戚や友だちに配るのだけど、今日はあなたに味見してもらおうと思ってね」「わぁ、嬉しいです。パンドルチェ・ジェノヴェーゼってはじめてです」
「あなたがいるのは、ピエモンテだもんね。ここでは、リグーリアのものを食べて行ってよ」
写真下:Lカッポン・マグロ
「はい、完成」 「うわぁ、すごい……写真、撮らせてもらってもいいですか?」 「もちろんよ!」 見た目はやっぱり豪華だ。魚介も野菜も目で見ただけでも、新鮮な素材を使用しているのがよく分かる。僕は、カメラと携帯の両方で色々な角度から何枚も撮った。 「さあ、食べましょうよ」
手早くテーブルを用意してくれたジャンナさんに促され、席に着く。この料理で気になっていたグリーンのソースがかかっているところを口に含む。
「このソース、すごく美味しいです!これだけで、パンがたくさん食べられそうですよ。レシピ、ぜひ教えてもらえませんか?」
●ベルジェッジのビーチで海水浴
「おぉ、綺麗だねぇ!」
写真下:MNベルジェッジのビーチ
早速、無料海水浴場の浜に降りると、ニコロが持参した大きなタオルを砂の上に敷き、荷物を置く。ふたりとも水着を下に身に着けているので、そのまま服を脱いでバッグに入れる。素肌にあたる光はジリジリと真夏の日光ほどの強さではなく、また、爽やかな風がとても心地よい。 「海に入るか?あっ、ヒロって泳げる?」 「うん、一応ね。子どもの頃、スイミングスクールに通っていたよ」 「そうか……それなら大丈夫そうだな。いや、この辺の海ってけっこうすぐ深めになるんだよ。足がつかないとダメだったら言えよ」 「あ、そうなんだ。たぶん大丈夫だと思うけど……それほど遠くに行かなければ」 水の温度に身体を慣らしながら、先を行くニコロの日に焼けた背を前に、少しずつ深い方へと歩いて進んでいく。水深が首下ぐらいのところまで来ると、「泳ぐか?」とニコロが尋ねるので、僕はうなずき、クロールで泳ぎ出す彼に続いた。左右前後に行ったり来たりした後、立ち泳ぎに変え、その場でしばらくとりとめのない話をする。海の水は適度に温かい。地中海で泳ぐのはこれが初めてだけれど、日本の海水と比べると少し塩辛い。海の水の味はどこでも同じではないのだということに今さら気が付いた。
浜に戻り、日にあたって身体を乾かすと、塩が肌に付いたままの状態が嫌いではないというニコロはそのまま服を着た。僕は、B&Bに戻ったらシャワーを浴びればいいかと思い、足だけ真水で洗う。
●今夜も「ファリナータ」に挑戦
写真下左:Oサヴォーナのシンボル「トレッタ」 写真下右:P今晩のレストラン『IL PUNTO d'INCONTRO』
昨夜のファリナータは、ヒヨコマメのも小麦粉のも、何もトッピングのないプレーンなタイプだったので、今夜はそれぞれピッツァのようにトッピングがあるものを選択。ヒヨコマメの方は、サルシッチャ(イタリアンソーセージ)が載っているものと西リグーリアのタジャスカオリーブとネギが載っているものを。小麦粉のファリナータ・ビアンカの方は、トマトとオニオンのものをオーダー。昨夜の店に比べると、生地自体はやや厚めで、外側はこんがり焼けているものの内部はやわらかめだ。小麦粉の方は、ピッツァと生地が似ているのかと思いきや、そうでもない。もう少し水分を含んで、もちもち感がある。
写真下左:Qサルシッチャやネギの載ったヒヨコマメのファリナータ
写真下右:Rトマトとオニオンの載った小麦粉のファリナータ・ビアンカ
「ヒヨコマメのファリナータとファリナータ・ビアンカ、ヒロはどっちが好き?」 「そうだなぁ……なかなか難しいね。ヒヨコマメの方の香ばしい生地も好きだし、小麦粉の方のもっちりした食感も捨て難いね。もし僕が日本で出すとしたら、やっぱり両方出したいと思うけど」 「そうか。日本に帰ったら、ぜひ、ファリナータも作って広めてくれよな!そうしたら、オレもヒロを訪ねて、日本に行こうかな」「それ、いいね!ぜひ来てよ」 僕はまだイタリアに残る予定だけれど、その先、日本に帰国した後も長く続いてほしいニコロとの友情に思いをはせながら、今はファリナータに舌鼓を打った。
<列車> ジェノヴァ・ピアッツァ・プリンチペ駅Genova Piazza Principeから、サヴォーナ駅Savonaまでは、サヴォーナSavona方面行きRegionale Veloce快速やRegionale各駅停車に乗り40分から1時間(片道4.90ユーロ)。 また、FlixbusでサヴォーナSavonaに行く便もある。(運賃は予約時期によって前後する) 鉄道のサイト(英語)http://www.trenitalia.com/tcom-en サヴォーナ駅からベルジェッジ海岸(Bergeggi)は駅前のバスターミナルから「40/」のフィナーレボルゴFinalborgo行きのバスに乗り20分弱(20-30分毎に発車)。ベルジェッジ(海岸)の停留所は2か所(その間100m程)。
バスのサイト(イタリア語) https://www.tpllinea.it/
■インフォメーション サヴォーナ市公式サイト・ツーリズム・レジャーページ(イタリア語)
Fortezza del Priamarプリアマールの要塞
■本文で登場するレストラン
IL PUNTO d’INCONTRO
注:上記施設や飲食店舗の開館(営業)日や時間は変更される場合があります。事前にご確認ください。
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