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ヴェネツイアのブラーノ島だより  
15 Novembre 2015

第8回   ブラーノのレガッタ 
「レガッタ・ストリカ」の「リキアモ(復讐戦)」



 
写真・文 宮崎 亜矢子 



●ブラーノとっておきのイベント
これまで連載で、あなたの「ブラーノ欲」は既に十分に高まっていることでしょう。もう、今すぐにでもブラーノに行きたい!と思うあなた。そこのあなたです。では、いつブラーノを訪れたらいいのか? ニホンジンに許される分刻みとも言える短いバカンスの中で、既に往復3時間を使ってまでブラーノまで来るなら、ぜひともこの日に来ていただきたい、この日に来れば、ブラーノを最高にエンジョイできること間違いなし!というとっておきのイベントをご紹介したいと思います。

●「レガッタ・ストリカ」の「復讐戦」を2週間後にブラーノで
ブラーノといえば、島。島とといえば海。海といえば、そう、「レガッタREGATTA」、ボートレースです。海の男たちの熱い闘いが見られるボートレースは、ベネツィアで9月の第1日曜日に行われる「レガッタ・ストリカREGATTA STORICA(歴史的ボートレース)」があまりにも有名です。

トップ写真@色とりどりのゴンドリーニが美しい
写真下左A華麗なるレガッタ・ストリカのパレード  写真下右Bベネツィアのシンボル、羽のあるライオン
写真上左C特別貴賓席(マキナ)には市のお偉いさんがいっぱい   写真上右Dヴェネツィア大司教もゴンドラで到着

が、その2週間後の「リキアモRICHIAMO」(「再召集」という意味の軍隊用語ですが、ベネツィアでは「復讐戦」のような意で使われます)と呼ばれるブラーノのレガッタはあまり知られていなく、穴場中の穴場。レガッタ・ストリカに出場した有名選手が大集合し、おまけにブラーノのガルッピ広場では、あの有名な、ブラーノの誇るカリスマ・シェフ、リノ爺率いる「ブラーノの鉄人シェフ軍団」たちのフリットも食べられるのです!観て食べて、二度おいしいブラーノのレガッタは、9月第3週目の日曜日に行われます。

●大悲劇の結末となった今年の「レガッタ・ストリカ」
今年のレガッタ・ストリカは、ブラーノ島民にとっては大悲劇の結末になりました。ブラーノの誇る「箪笥男」、レガッタ・ストリカで常勝を誇るジャンパオロ・デ・エステGIANPAOLO D'ESTE氏がレース途中、しかも始まってまもなくで失格となる、前代未聞の事件が起こったのです。ジャンパオロは通常はリアルト橋近辺のポスタツィオーネ(ゴンドラ溜り)にいるゴンドリエーレですが、ブラーノではヴォガトーレ(ボート漕ぎ)として名の知れた名門デステ家に生まれ、バルキンBARCHIN(小さいボートのブラーノ方言名)と共に育った、現在43歳の脂ののりきったボート漕ぎなのです。

写真下Eブラーノの誇る箪笥男ジャンパオロ氏! 

●ブラーノの誇る「ボート漕ぎ」ジャンパオロ氏
その巨体はレース中どこにいても目立ち、ビーチで出会った私の友人(夫と子供あり)をして、「まるで『グアルダローバGUARDAROBA=箪笥』のよう。。。 ぶ厚い胸板によろめきそうになったわ。。。(ハートマーク入りのため息と共に)」としみじみ語らせるほどのおとこっぷり。彼のお父様もブラーノのボート乗りで、鉄人シェフのお仲間。まさに生粋のブラネオ、島民の自慢の種なのです。長年のライバルビニョットVIGNOTTO兄弟と毎年優勝争いの激しいデットヒートを繰り広げるのですが、今年はどうしたことか、ジャンパオロのボートがビニョットの航路を横切ったということで、スタート直後あえなく失格。あっけない幕切れとなってしまいました。

●熱い男たちの闘いっぷりに惚れ惚れ
何を隠そう(隠してもいませんが)、私のレガッタ好きはブラーノに住み始めてから始まったことではなく、昔ベネツィアに観光客で来ていたころから、熱い男たちの闘いっぷりに惚れ、大運河沿いで貧血で倒れるまで大声援を送っていたこともあるのです。ブラーノに住み始めてからは、ボート漕ぎ仲間のあらゆるコネを 駆使し、ベネツィア市長と大司教も来賓せられる大運河のカ・フォスカリCA' FOSCARI(ベネツィア大学)前にあるカーブのところに、レガッタ・ストリカ一日のためだけに臨時に作られる、マキナMACHINAと呼ばれる特別貴賓席での鑑賞と例年はしゃれこんでいたのですが、今年は残念ながら体調が悪く、自宅のテレビ前で涙をのみながらの鑑賞。

写真下左Fレガッタ・ストリカにはドージェ(ベネツィア元首)もご観覧  
写真下右G特別貴賓席前を通るときは敬礼の代わりにオールを立てます

●失格の瞬間、ブラーノ島中にどよめき!
しかしながら 失格の瞬間、ブラーノ島中のどよめきを聞いたような気がしたのは、私だけではないはず。一緒に見ていた生粋のブラネオである私の相方は、どうしてもその事実が飲み込めず、「審判が間違ってるぞ! !こいつら何にもわかっちゃいない!!」とテレビに向かって怒鳴りはじめる始末。

あまりのうるささに、「テレビに向かって怒鳴ってても何にも解決しないから、バールに行ってレガッタ経験者に解説をしてもらいなさい」と、うちを追い出したところ、徒歩2分のピアッツァにあるバールから戻ってきたのは2時 間後。ブラネア(ブラノ女)になる前からジャンパオロの大ファンである私としても真相を知りたく、かなりやきもきしながら待っていたのですが(彼の帰りを待っていたわけでは全然無く、プロの解説を聞きたかっただけ)、「アモーレ、待ってたわ。で?」とたずねたところ、「あの判定は間違っていなかったらしい。」としょんぼり。

写真下左H最初に行われる女子のマスカレータ戦  写真下右I右が審判、左はアナウンス

●漕ぎ手二人のペアで行われるレース
ゴンドリーニ(レース用の少々小型のゴンドラ)のレースは漕ぎ手二人のペアで行われ、プルヴィエレPRUVIEREがプルアPRUA=船首で力で水路を勝ち取り、ポッピエーレPOPPIEREがポッパPOPPA=船尾でプルヴィエーレの力を制御し、進路をコントロールするというペアで行われます。当然プルヴィエレの箪笥男ジャンパオロと、これまた有名なレドルフィ・イーヴォ氏がペアで長いこと戦ってきたのですが、ジャンパオロの力強さを完全には制御できなくなってきていたとのこと。このレガッタの後、このペアは解消したと聞きました。

写真下JK女子といえども力強いボート漕ぎ 

●2週間後にブラーノで「リキアモ」戦
さて、その2週間後、皆が首をながーくして待っていた「リキアモ復讐戦」。当然のことながらブラーノの島民すべてが、新しいポッピエーレとのコンビネーションを見たがっていたといっても過言ではないほど、ブラーノ近辺のラグーナ(ベネト干潟)のバルキン過密度は高いものがありました。レガッタ開始1時間前にして、この混雑っぷり。しかしながらブラーノ島民、電車の乗り方は知らなくても(ついでに自転車のこぎ方も車の運転の仕方も知らない人が多いとよく 馬鹿にされています)、バルカの操縦なら補助輪付きの自転車に乗るより早かったというだけあって、これだけ混み合っているのに接触事故がおきないのがすごい。

写真下左L2色に塗り分けられたのは予備軍です。試合前のウオームアップ   写真下右Mラグーナもこの混雑っぷり! 

そしてまたなぜか、レガッタが始まると、これだけの数のモーターボートがいっせいに手漕ぎボートの選手たちの後を追い始め、かなりのスピードで船を走らせているにも関わらず、選手たちの前には波を立てないポジションをキープしながら、片手にメガホンをもち、大声援を送りながら、カメラで写真を撮りながら、ついでに携帯でどこかの誰かに実況中継をしながら、ボートを接触させずに操作するその腕前には、ただのブラーノのおっさんたちなのにただただ感服するものがありました。

写真下左Nこれぞ男の戦い!   写真下右O緑のゴンドリーノ、われらがヒーロー、ジャンパオロの熱い漕ぎっぷり 

●惜しくもジャンパオロ氏、結果は5位に
まあ別にブラーノのただのおっさんたちを見に行ったわけではないのですが、今回のレガッタはジャンパオロ氏、新しいポッピエーレとまだペアの息があっていないと見えて、最初からビニョーリ兄弟の圧勝ムード。後半はもう応援するのも申し訳ないほど遅れをとり、結果は5位となりました。こういう順位は彼の長いキャリアの中でもおそらく初めてのことだったのではないでしょうか。その午後はブラーノ島になんだか霧がかかったようにしんとした空気が流れていたようでした。

写真下左P波をけたたててレースの後をおうブラーノのおっさんたち   写真下右Qラグーナもこの混雑ぶり

●このレガッタが終わる頃にはブラーノには秋風が
このレガッタが終わる頃には秋風が立ち始め、夏の間ビーチに繰り出し、魚釣りに興じ、フルに活躍したバルキンにも、カバーが掛けられる日が多くなってきます。天気のいいお休みの日などは夏の終わりを惜しんでバルキンでラグーナに繰り出すこともあるのですが、フード付防寒ジャケットを持っていかないと帰りが 不安になります。北イタリアの短い夏も終わり、次にバルキンに乗れるのは約半年後。ながーいながーい冬が来る前の、もうひとつブラーノの重要なイベント「子供の祭典FESTA DEI RAGAZZI」は次回にお話したいと思います。


ヴェネツイアのブラーノ島だより案内人プロフィール
宮崎 亜矢子(Miyazaki Ayako)

イタリア在住15年、ナポリ、ローマ、ミラノ、ヴェネツィアと流れ流れて行き着いた先が、ヴェネツィア人からも「ISOLA CHE NON C'E (存在しない島)」と呼ばれる、人口3000人を切る小さな漁師の島ブラーノ島。ヴェネツィアはサンマルコ広場の超有名ブランド宝飾店勤務から、島で唯一の魚屋の妻兼経理担当として、生粋のブラネッロらしく超のんびりな夫を叱咤激励しつつ、時に前掛けつけて売り場にも立つブラネッラに、華麗なる転身をとげました。元スチュワーデスとして世界中を旅行した経験を生かし、ホームステイのおっかさん役+個人旅アドバイザーとしても活躍中。21世紀とは思えぬゆるーい時間の流れる島の生活を、毎日更新のブログで綴ります。
B&Bサイト:http://ayaburano.web.fc2.com/   http://ameblo.jp/ayadiburano/ 




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