前回までに、私のイタリア留学出発までの経緯をお話したので、今回は私が渡伊し、こちらでの生活を始めた当初の話をしたいと思う。
さて、私はイタリアへ渡る前の約一年、某ラジオ・イタリア語講座などを利用し、毎日イタリア語の独学に励んでいた。その甲斐もあってか、イタリアへ渡った時には、既にある程度のイタリア語力があると自信も持っていた。
が、実際にイタリアでの生活が始まってみると、早速その自信を打ち砕かれることになった。生身のイタリア人が話すイタリア語というものは、当たり前だけれども、それはある意味「生き物」だと言ってもいいと思う。それぞれ人には、話し方に特徴があるし、ある人は方言、ある人は非常に早口であったり、イタリア語にも当然、流行の言葉や、死語もある。また、日本語からも想像して容易なように、誰も日本語の教科書に記されているように、会話をする人なんていない。つまり生きたイタリア語は、頻繁に語句が省略されたり、文法書には正しくないとされていることが、口語ではしばしば用いられたりするわけだ。こちらに来て当初、そんな当たり前のことに、私は非常に面食らったのを覚えている。
また、最初の3カ月は、イタリア人が話す言葉が非常に早口に思えて、聞き取るのに大変な労力を要したことも覚えている。語学の学校で、イタリア人教師が話すイタリア語は分かるのに、一旦外、現実の世界に出ると、イタリア語が分からないという現実があった。この国の人というものは、相手が外国人であっても、一概に容赦なく言葉を投げかけてくる人が多い。外国人だから、ゆっくり、言葉を選んで話すような人は稀だ。でもそれが現実の世界。私の場合、「生きたイタリア語」に耳が慣れるまで、約3カ月を要した。また渡伊当初、まずは頭の中で考え、そして口に出てきていたイタリア語が、口をついて出てくるようになったのもこの頃。イタリア語の学習が段々と面白くなってきたのも覚えている。
それにしても私にとって一番のラッキーは、イタリア人の友人との出会い、現在も私の親友であるフランコと、カテリーナに出会ったことから始まる。語学学校の友人のホームステイ先の大家さんでもあったフランコは、年齢に関係なく幅広く交友関係を持つ人で、イタリア語がまだまだ話せなかった友人と、私を、しばしばイタリア人の開催するパーティに連れ出してくれた。そしてそこで出会ったのが、カテリーナ。彼女は日本の文化に興味を持ち、私たちのつたないイタリア語を一生懸命に聞いてくれた。そんな中、気づいたら私たちは「生きたイタリア語」を聞き、話す環境の中に置かれていた。
実際、語学学校でイタリア語の文法を習うことも大事ではあるけれど、やはり現実の世界の中で、イタリア語を勉強できる状況に勝るものは無いと思う。皆そのことは知っているし、イタリア留学する人なら誰しも「イタリア人の友人が欲しい!イタリア人の生活を肌で感じたい」と思うことも分っている。が、逆の立場に立って考えてみると、日本語が上手な外国人とならお付き合いする気にはなっても、日本語がほとんど話せない外国人と、正直どうやって話をし、友人になれるだろうか?ここら辺は大きなジレンマであったりもする。もちろんイタリア人と友人になるためには、言葉だけではない、運も大きな要素であったりもするのだが・・・
ところで、皆さんからよくお問い合わせ頂くイタリア留学に関する質問の中で、「イタリア語が全くできないけれども、現地でどうにかなるでしょうか?」というものがある。「残念ながらどうにもならないと思う」、というのが私の答えだ。せめて、英語が話せるならばともかくとして、イタリア語も、英語も全く話せない状態で外国に放り込まれ、生活していくのは非常に難しいというのが現実だ。ましてそんな状態で、イタリア人の生活に溶け込む可能性は、皆無と言ってもよいと思う。これからイタリア留学を目指す人は、少なくても近過去あたりまでのイタリア語文法は、独学でも、スクールに通ってでもぜひとも予習してからこちらに来ることをお薦めしたい。
結局、イタリアへ留学する学生が最初につきあたるのは、やはり「ことばの壁」だ。その壁を乗り越えるためには、イタリア人の友人を持つことだが、その為には、留学前にイタリア語の文法・単語などを予習して、最低限イタリア人と会話になる程度の力をつけておくことだろう。そうでもしなければ実際、イタリアに留学しならが友人もできず、語学教室と、家の往復をするだけの学生も多数いることを心に留めておいてほしい。
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語学学校の授業のひとこま