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読み物・エッセイ  イタリア 音楽の旅
15 maggio 2007

第45回  野外オペラで賑わう山上の街 マチェラータ

マチェラータ−マルケ州
Macerata−Marche

牧野 宣彦
ヴェローナと並びイタリア夏の野外音楽祭のメッカになったマチェラータの起源は、古代ローマの街「ヘルヴィア・リーチナHelvia Ricina」で、現在の場所より3km北にあった。西暦408年この街は崩壊し、より高い場所(標高311m)に新しい街を建設しようと現在の丘陵の上が選ばれた。街の名前は、新都市建設のための資材として古い街にあったマチェリアエMaceriae(城壁)が必要だったことに由来するとも、また水に浸して柔らかくしてマチェラーレ(Macerare)にして使う麻や亜麻を植えた窪地(Macera)を起源にするともいわれている。

コムーネは1138年に誕生し、最初の市庁舎は1286年に建設された。1290年には大学の前身となるストゥディウム・レクム(Studium legum)が活動を開始し、これが1540年に大学になった。
マチェラータが街として正式に承認されたのは1320年。その後コムーネはギベッリーニ派(皇帝派)とグエルフィ派(教皇派)との間で戦いがあったが、最終的に教皇派が優勢になった。その理由はマチェラータには1268年に独自の法律(スタトゥート)が制定されていたからだ。
14、15世紀にはムルッチ家、スフォルツァ家などがこの街を支配した。1447年に丘の東側に小さな礼拝堂が建設され、これが後にマドンナ・デッラ・ミゼリコルディアMadonna della Misericordia教会となった。15、16世紀にはパノラマが楽しめる城壁が建設された。
また、16世紀にはマチェラータにマテオ・リッチが生まれている。彼はイタリア人のイエズス会の宣教師で、1583年明にわたって伝道を行い、1601年に北京在住を許された。彼は中国に西洋の学問を伝え、中国の近代化に貢献した。特にユークリッド幾何学の「幾何原本」、全世界地図が掲載された本などを著した。

マチェラータは1799年ナポレオン率いるフランス軍の攻撃を受け、1808年まで占領された。
1861年イタリアが統一された当時、この街の人口は約2万人弱であったが、現在は約4万3千人の人口を有している。

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マチェラータ・オペラ・フェスティバル
毎年7月末から8月にかけて、マチェラータでは夏のオペラフェスティバルが開催される。
スフェリステリオはオペラの公演を目的として建設されたものではないが、1921年、ピエールアルベルト・コンティ伯爵の財政的支援を得て、ここで初めてヴェルディの「アイーダ」が上演され、翌年にはポンキエッリの「ラ・ジョコンダ」が上演された。そして1927年8月31日には、マチェラータ近郊のレカナーティ出身のベニアミ―ノ・ジーリがここでコンサートをしている。

音楽祭が定期的に行われるようになったのは1967年で、この時はマリオ・デル・モナコの息子ジャン・カルロ・モナコの演出で、ヴェルディ「オテッロ」、プッチーニ「マダマ・バタフライ」が上演された。その後音楽祭は発展をとげ、歌手ではルチアーノ・パバロッティ、プラシド・ドミンゴ、モンセラ・カヴァレ、ライナ・カヴァイヴァンスカ、ホセ・カレイラスなどが出演している。
2004年以来演出家のピエール・ルイジ・ピッツィが音楽監督なって、意欲的な公演をしている。

☆ OPERA NEWS!
夏の音楽祭特集でも触れますが、4月23日にマチェラータ音楽監督ピエール・ルイジ・ピッツィより2007年のマチェラータ音楽祭のプログラムが発表された。注目すべきは、以前JITRAの ピアチェンツァの篇 (2005年10月)で紹介したギリシャ出身のソプラノ・ドラマティコ、ディミトラ・テオドッシュウがマチェラータ音楽祭にデビューする。彼女はこの音楽祭でベッリーニ「ノルマ」7/28,8/1,4,11、ヴェルディ「レクイエム」8/9に出演する。「ノルマ」はアダルジーザがD.バルチェローナ、ポリオーネがニコラ・ロッシ・ジョルダーノで、指揮はパオロ・アリヴァベーニ。他にマリエッラ・デヴィアの出演する「マリア・ストゥアルダ」、ヴェルディ「マクベス」などがある。
ソーシャル・ネットワーキング サービスmixiでは、テオドッシュウ、デヴィア、ミレッラ・フレーニなどイタリアオペラ界で活躍している人、過去の有名歌手のコミュニティもある。mixiには招待者の紹介がないとアクセス出来ないのが残念だが、登録ユーザーの方はチェックしてみてください。

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●スフェリステリオ球技場 Sferisterio
ナポレオンによるマチェラータ支配が終わった頃、街では大規模な復興作業が行われた。その一環として1820年10月、サルヴァトーレ・インノチェンツィSalvatore Innocenziによって競技場の設計が始まった。しかし作業は長い間延期され、最終的にマルケ州サン・セヴェリーノ出身の若い建築家イレーネ・アレアンドリIrene Aleandriが選ばれ、建設が進められた。

1829年スフェリステリオは完成し姿を現した。この建物は、他の町の施設と異なり、長い半円の形をしている。横90m x 縦36mで、高さは18m。建物は3層になっていて、56本のドーリア式円柱が104あるパルコを支えている。広いテラスからはパノラマが楽しめる。現在はスポーツと文化、美術などの催事やオペラ公演などに使われている。

●テアトロ・ラウロ・ロッシ Teatro Lauro Rossi
古くから劇、音楽などが盛んだったマチェラータには16世紀当時、市庁舎Palazzo Comunaleに"喜劇の間Sala Commedia"があり、1662年までここで公演が行われていた。

その後マチェラータの総督アゴスティーノ・フランチオッティAgostino Franciottiが、行政館Palazzo del Magistratoに新しい劇場の建設を提唱。コネリオ・フェリーチConelio Feliciや画家のジュリオ・ラザレッリGiulio Lazzarelliなどが内部の装飾や舞台を担当し、この計画は進められた。
1663年8月31日に開場したが、劇場が小さ過ぎたため、1664年にファーノの偉大な建築家であるジャコモ・トレッリGiacomo Torelliによって改築された。1663年には時計台が増設された。

1765年、マチェラータの46人の貴族が同じ場所に新しい劇場の建設を計画し、この時代の偉大な建築家でボローニャのテアトロ・コムナーレなどを設計したビビエナBibiena(1677〜1774)に劇場の設計を依頼した。その後、彼の設計ではスペースが充分でない事がわかり、イモラの建築家コジモ・モレッリCosimo Morelli(1732〜1812)が引継ぎ、ビビエナのオリジナルな設計を損なわないで、1774年に劇場を完成させた。座席数は550で、3層のパルコがある。1884年から市の所有となった。

この劇場の名前になっているラウロ・ロッシLauro Rossi(1810〜1885)は、1810年マチェラータ生まれの作曲家で、沢山のオペラブッファを作曲し、その中には<下品な伯爵夫人La Contessa villana>、よく知られた<黒い仮装人Domino nero>などの作品がある。そして1885年クレモナで亡くなっている。

●リベルタ広場 Piazza della Liberta'
マチェラータの中心の広場で、柱廊つき建物の市庁舎、トスカーナ・ルネッサンス様式のロッジア・メルカンテLoggia Mercante、テアトロ・ロッシ、バロック様式のサン・パオロSan Paolo教会などの主要な建築が見られる。

●現代美術館 Galleria d'Arte contemporanea
マチェラータ貯蓄銀行所有のリッチ館に収められている現代絵画館で、アンニゴーニ、マンズー、モランディ、タンブーリ、カッラ、バッラなどイタリア現代絵画の有名画家の作品がある。

●市立絵画館 Pianacoteca civica
14世紀から19世紀にかけてのウンブリア=マルケ州の芸術家の作品、カルロ・クリヴェッリの「聖母子」、ジャコモ・ダ・レカナーティ、フェデリコ・バロッチ、シモーネ・カンタリーニなどの作品、現代絵画の優れたコレクションがある。

●市立博物館 Museo Civico
古代ピチェーノ人と古代ローマ人の考古学的資料がある。又各時代のマチェラータの風俗、習慣などが見られる写真、遺品などがある。隣には馬車博物館Museo delle Carrozzeがあり、ここには各時代の馬車が展示されている。

●ドゥオーモ Duomo
ストランビ広場に建っている18世紀の建築で、ファサードは未完成に終わった。鐘楼は15世紀に建設された。堂内は様々な絵画で装飾されている。聖具室にはアッレグレット・ヌーツィのタブロー(玉座の聖母と諸聖人)がある。

郊外
レカナーティ
●ジーリ博物館 Museo Beniamino Gigli 

テノールのべニアミーノ・ジーリ(1890〜1957)は、20世紀前半にリリックなテノールとして、スカラ座、ローマ歌劇場、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場などで活躍した。
彼の生まれたのはマチェラータ近郊のレカナーティRecanati、この街は大詩人のレオパルディも生まれている。ここの市庁舎内にベニアミーノ・ジーリの博物館があり、彼が演じたオペラの衣装、家族の写真、肖像画、手紙、オペラのポスターなど興味深い展示がある。
http://www.comune.recanati.mc.it




マチェラータ データ

お薦めホテル
★Claudiani チェントロストリコにある4つ星ホテル
Vicolo Ulissi 8
Tel:0733261400 Fax:0733 26 1380 E-mail:info@hotelclaudiani.it

★Arcadia スフェリステリオの近くの3つ星ホテル、オペラの鑑賞に便利。
Via Padre Matteo Ricci 134
Tel:0733 235961 Fax:00733 23 5962 E-mail:info@harcadia.it

★Da Rosa チェントロストリコ内にある3つ星ホテル
Via Armaroli 94
Tel:0733 232670

お薦めレストラン
☆Da Second チェントロストリコにあるレストラン、音楽祭に出演した歌手なども来る。
Via Pescheria Vecchia 26/28
Tel:0733 260912

☆Osteria dei Fiori チェントロストリコにあるレストラン、伝統料理。
Via Lauro Rossi 61
Tel:0733 260142


牧野宣彦さん連載記事の載った
月刊サッカー専門誌『CALCIO2002』

イタリアサッカー界の話題が満載の月刊サッカー専門誌『CALCIO2002』(カルチョ2002)に、現在、牧野宣彦さんが連載記事をご執筆中です。

牧野宣彦氏より
アルベロベッロの14種類の前菜と日本びいきのおばあちゃんについて書いていますので是非お読み下さい。

著者プロフィール

牧野宣彦(まきののぶひこ)


早大卒。1974年旅行会社にて日本初のニューイヤー・スカラ座オペラツァーを企画。その後コンピュータ会社を経て、1998年によりイタリア、ボローニャ在住。フリーのトラベルライターとして、旅行、音楽、グルメ関係の執筆、写真撮影をする。 2003年オーストリアのエリザベート皇妃、2004年ゲーテのイタリア紀行、2005年モーツァルトのイタリア旅行とオーストリア、2006年はイタリアの世界遺産など毎年テーマを決めて写真撮影を行っている。著書「イタリアの歴史的ホテル・レストラン・カフェ」(三修社)、「イタリアオペラツァー」(あんず堂)「イタリアのベストレストラン」(透土社)「音楽と美術の旅、イタリア」(共著、音楽之友社)などがある。





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