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イタリア 音楽の旅
 
17 Marzo 2003

第7回 ブッセート ヴェルディ誕生の地を訪ねる

ブッセート(パルマ県) - エミリア・ロマーニャ州
Busseto(PR) - Emilia−Romagna 

牧野 宣彦
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イタリアオペラ史上最大の作曲家ジュゼッペ・ヴェルディ Giuseppe Verdi が生まれたのは1813年10月10日ブッセートから近い小村レ・ロンコーレであった。同じ年にドイツではライプツィヒでリヒヤルト・ワーグナーが生まれている。当時のイタリアはナポレオンの支配下にあったが、ヴェルディが生まれた6日後に起こったライプツィヒ諸国戦争でその支配も終焉を迎えようとしていた。その後、パルマはナポレオンの妃で、オーストリアの皇女であったマリー・ルイーズが統治するようになり、彼女はヴェルディが自由に学業資金を使えるように努力した。ヴェルディの父カルロ・ヴェルディはパルマからクレモナへ通ずる道の街道沿いに小さな旅籠を経営していた。この点ワーグナーの両親が演劇などに造詣が深かった家系の出身である事を考えると、ヴェルディの家系は音楽と格別ゆかりがあったわけではなかった。ヴェルディが司教座聖堂楽長の勤める音楽学校に入学できるようになったのは、酒造業を営むブッセートの有力者アントニオ・バレッツィのお陰で、その娘マルゲリータにピアノを教えているうちに恋に落ち結婚した。

ブッセートはエミリア・ロマーニャ州パルマ県に属する人口約7000人くらいの小さな農業の街で、毎年2月には賑やかなカーニバルが開催される。広場にはヴェルディの坐像がある。

♪ Teatro Giuseppe Verdi テアトロ・ジュゼッペ・ヴェルディ♪

ブッセートに新しい劇場を建設しようという計画は1845年に起こり、コムーネが1856年に城壁を修得するまで一時棚上げになっていた。しかし1856年に着工し、ヴェルディは建設に反対したが、1868年8月15日にヴェルディのオペラ「仮面舞踏会」と「リゴレット」によって開場した。ヴェルディはその建設費用として10000リラを提供し、自分の名前を付ける事に同意したが、生涯一度も劇場には姿を現さなかった。建設計画に当たったのは、建築家のピエール・ルイジ・モンテッキーニ、ジョヴァン二・デュプレ、ジュゼッペ・バイジ、アレッサンドロ・マルぺリなどによって、内部は装飾された。天井はブッセート出身のイサッコ・ジョアキーノ・レーヴィが喜劇、悲劇、ロマンティック劇などを描き、最近修復された。客席は300席。1913年のヴェルディ生誕100年記念では、トスカニーニがヴェルディの「椿姫」と「ファルスタッフ」を指揮した。毎年ヴェルディの作品を中心に公演が行われている。

今シーズンのプログラムが発表されたので紹介します。既に終わってしまったが、1月末から2月初頭に「シチリア島の夕べの祈り」があった。4月14日には第43回ヴェルディの声国際コンクールの決勝が行われる。今年の審査委員長はホセ・カレイラス、日本からは若手のイタリアで活躍する名テナー村上敏明さんらが出場する。モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」5/08,9,11,13,14。ホセ・クーラのコンサート5/25,27。「リゴレット」6/27,29,7/05,06。「椿姫」7/19,20,24,26(ヴィッラ・パラヴィチーノの野外劇場)などがある。

◇インフォメーション
ブッセート観光局 UFFICIO TURISTICO DI BUSSETO
Piazza Verdi 10 43011 Busseto (PR)
電話:(国番号39)0524-931732 または 92487 Fax:0524-931740
HP:www.bussetolive.com E-mail:info@bussetolive.com


  
写真:牧野宣彦
上:ヴェルディ劇場
左:ヴェルディ
右:サンターガタ S.Agata のヴェルディの家

♪♪音楽にゆかりのある見どころ♪♪

●ヴェルディの生家 Casa Natale di Verdi
ヴェルディが生まれたレ・ロンコーレは、パルマからクレモナへの街道筋に位置しており、当時は行商人、旅芸人などが往来しにぎわっていた。ヴェルディの父カルロと妻ウティーニは、1813年10月10日の夜8時に男子が誕生するとジュゼッペと名づけた。父カルロはここで、食料品、雑貨などを扱う旅館を営んでいた。一階は台所、小さな店、客を泊める部屋、ワイン貯蔵庫などからなっていて、2階はヴェルディの生まれた部屋、両親の寝室、家畜用の餌小屋がある。庭にはヴェルディの胸像がある。
※インフォメーションは上記のブッセート観光局に同じ。

●サン・ミケーレ教会 Chiesa di S.Michele
ヴェルディの生家の前にあり、彼が洗礼を受けた教会。当時はナポレオン戦争の時代で、オーストリア軍がこの村に侵入して来た時、ヴェルディの母ルイジア・ウティーニは、1歳にならないジュゼッペを抱き、この教会の鐘楼に避難していたといわれている。7歳の頃から音楽に興味を示していたヴェルディは、この教会のオルガ二スト、バイストロッキから音楽の手ほどきを受け、10歳の頃には師に代わりミサのオルガンの演奏をするまでになった。

● バレッツィ邸 Salone Barezzi
10歳になったヴェルディは音楽の才能を示していたが、家が貧しかった。その時援助の手をさしのべたのが、ブッセートの資産家アントニオ・バレッツィ(1798〜1867)で、ヴェルディは靴屋に働きながら学校へ通う事になる。バレッツィはブッセート楽友協会の会員でヴェルディの才能を認め、ヴェルディはその娘マルゲリータにピアノを教えているうちに恋に落ち、彼女は最初の妻になる。最近修復された2階の部屋は、バレッツィの肖像画、結婚後まもないヴェルディとマルゲリータの肖像画、バレッツィが死去する時、ヴェルディが枕元で弾いたピアノなどが展示されている。

●サンタ・マリア・アンヌンツィアータ教会 Chiesa di S.Maria Annunziata
1581年に建設されたネオ・クラッシックの教会で、ヴェルディの両親が1805年1月31日にここで結婚式を挙げた。

●サン・トリ二タ礼拝堂 Cappella di Santa Trinità
ブッセートのバレッツィ邸の前にサン・バルトロメーオ教会があり、ヴェルディはこの教会の楽長を務めていたフェルディナンド・プロヴェジに音楽を学び、師の代理を務めてオルガンを弾く事もあった。この教会に隣接しているサン・トリ二タ礼拝堂でヴェルディは最初の妻マルゲリータ・バレッツィと1836年5月4日に結婚した。

●オルランディ邸 Palazzo Orlandi
ヴェルディの前半生は苦難が多かったが、「ナブッコ」の成功から生活に余裕が出来、1849年にオルランディ邸を購入し、ここで新しい恋人ジュゼッピーナ・ストレッポーニと住みながら中期の傑作「リゴレット」、「椿姫」などの作品 を書き上げる。ヴェルディとジュゼッピーナの使用したピアノ、楽譜、書簡、トスカニーニら有名指揮者の指揮棒、晩年の恋人テレサ・シュトルツの胸像などがある。1942年にここを訪問したヒットラーがムッソリーニと共にここに宿泊した記録もある。

●ヴィッラ・パッラヴィチーノ博物館  Museo Villa Pallavicino
15世紀から19世紀にかけての絵画、家具調度、陶磁器など展示されており、中にヴェルディの部屋がある。ここにはヴェルディのオペラのポスター、楽器、書簡、肖像画などが展示されている。

●モンテ・ディ・ピエタ Monte di Pietà e Biblioteca della Casa di Riparmi
少年時代のヴェルディがラテン語、その他の学科を勉強するために通ったのがここである。「慈悲の山」を意味するモンテ・ディ・ピエタは慈善文化施設だった。図書館内にはヴェルディの習作が残されており、彼に奨学金を与えるかどうか検討した部屋もある。

●サンターガタのヴェルディの家 Villa G.Verdi
Villa Carrara Verdi Tel:0523-830210
ブッセートから北約3キロにあり、ヴェルディは1853年から1901年にミラノで世を去るまでここに住んでいた。ブッセートのオルランディ邸での2度目の妻ジュゼッピーナ・ストレッポーニとの生活は、周囲から好意的には見られなかった。そのため近くのサンターガタに別の家を購入した。ここでヴェルディは農園を管理し、作曲をしながら平穏な生活を送る。この家でヴェルディは「仮面舞踏会」、「ドン・カルロ」、「アイーダ」、「ファルスタッフ」などの傑作を作曲する。内部にはヴェルディやジュゼッピーナの遺品が展示されている部屋、また彼が息を引き取ったミラノのグランド・ホテル・エ・デ・ミランの部屋も再現されている。また夫妻が使用した自家用馬車も展示されている。

●サルサメンテリア・バラッタ Salsamenteria Baratta
Corso Roma 76 Busseto Tel:(0524)91066
ヴェルディの住んでいたオルランディ邸から50メートルも離れていない所にある、サラミなどを売る歴史的な店。店内はヴェルディの肖像画、ヴェルディの声コンクールのポスターなどが飾られている。現在のオーナーの祖先によって1873年に創業されたが、店自体はそれ以前の13世紀から店は存在していた。ヴェルディの顔のラベルのワイン、お菓子などヴェルディグッズをいっぱい販売している。
ヴェルディがサンクト・ぺテルスブルクへ「運命の力」の公演に行ったとき、この店の「スパラ・コッタ」という肩肉のハムを持参したと言われている。ここではヴェルディの好きだったエミリア・ロマーニャ地方のハム、サラミなどが食べられるし、味も最高である。ヴェルディの他にはヴェルディの「オテッロ」の初演の時、タイトルロールを歌ったタマーヨ、脚本を書いたアルリーゴ・ボーイト、カルーゾ、トスカニーニ などが訪れている。



ブッセート・データ
(パルマ県) - エミリア・ロマーニャ州

■お薦めホテルとレストラン
*イ・ドゥーエ・フォスカリ I Due Foscari オペラ歌手として活躍したカルロ・ベルゴンツィが経営するホテル、レストラン、カフェ。店の名前はベルゴンツィがオペラにデビューした時に因む。カフェにはヴェルディ没100年祭の大きなポスターが飾られている。部屋数は20室くらいで、料理はこの地方の伝統的なレシピが楽しめる。
Piazza C.Rossi 15 Busseto Tel:(0524) 930031 Fax:(0524) 91625
*アルベルゴ・ソーレ Albergo Sole 3ツ星のホテル兼レストラン。ローマ通りに入る入り口にある。
Piazza Metteotti 10 Busseto Tel:(0524) 930011 Fax:(0524) 930021

■レストラン *ウーゴ Ugo ヴェルディの好んだサラミ類が美味しいレストラン
Via Mozart 1 Busseto Tel:(0524)92307 Fax:(0524)91990





著者プロフィール

牧野宣彦(まきののぶひこ)


早大卒。1974年、旅行会社にて日本初のニューイヤー、スカラ座オペラツァーを企画。その後コンピュータ会社を経て、1998年よりイタリアに住み、現在ボローニャ在住。フリーのトラベルライターとして、イタリアの旅行、音楽、グルメ関係の執筆、写真撮影を行う。
著書
「イタリアのべストラン」(透土社):トスカーナとイタリアのベストレストラン、ワイナリーなどを紹介。イタリア料理の人気の秘密をフランス料理と比較して解説。「イタリア歴史的ホテル・レストラン・カフェ」(三修社):イタリア各地の歴史的な面白い場所を203箇所紹介。イタリアで一番面白いガイドブック。「イタリアオペラツァー」(あんず堂):イタリア30都市でのオペラ体験紀行。音楽史跡、劇場、博物館、オペラを聞くために便利なホテル、レストランなど面白い情報を紹介。

 





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