シチリア第2の都市カターニアは「カタネ」と呼ばれ、シチリアで最も初期に造られたギリシャ植民地の一つで、紀元前8世紀後半に街は建設された。その後ゴート族、イスラム、ノルマンなどがこの街を支配した。しかし1669年と1693年の2回の大地震が街を襲い、古い町並みは殆ど破壊されてしまった。現在見られるバロック様式の建築は、それ以後18世紀に建設されたものである。このカターニアは音楽と文学の分野において重要な2人の人物を生んでいる。一人はベルカントオペラの傑作「ノルマ」を作曲し、オペラ史上に不朽の名を残し、若くして夭折したヴィンチェンツォ・べッリー二 Vincenzo Bellini と19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍した作家ジョヴァン二・ヴェルガ Giovanni Verga である。
♪テアトロ・マッシモ・べッリーニ Teatro Massimo Bellini♪
テアトロ・マッシモ・べッリー二はイタリアでも有数の美しい劇場であるが、建設されたのはそれ程古くない。アンドレア・スカラがデザインし、カルロ・サーダが、パリのオペラ座を建設したチャールズ・ガルニエをモデルにして劇場の基本設計をした。緞帳は「リビア人からカターニアの勝利」が描かれ、天井にはエルネスト・ベルランディが描いたベッリー二のオペラ「ノルマ」、「清教徒」「夢遊病の娘」「ベッリー二の昇天」などの絵が美しいフレスコ画で描かれている。この劇場の開場は1890年5月、地元出身の作曲家ベッリー二の「ノルマ」が上演された。
2003年のシーズンのプログラムが発表されたので紹介しよう。1月18日に幕が開き、フランスの作曲家フランシス・クープランの現代オペラの傑作「カルメル派修道女の対話 Les Dialogues des Carmelites」が上演される。パリの革命の嵐が吹き荒れた1794年7月17日に16人のカルメル派修道女がギロチンにかけられた史実に基づく物語で、1957年ミラノのスカラ座で初演されている。日程 1/18,21,23,26,28,30,2/02。ドナート・レンツェティ指揮プッチーニの「ラ・ボエーム」2/18,19,20,22,23,25,26,27,28,3/02。ゾルタン・ぺスコ指揮ワーグナー「神々の黄昏」3/25,27,29,4/01,04,06,08。ウィル・ハンブルク指揮「セヴィリアの理髪師」4/29,30,5/02,03,04,06,07,08,10,11などがある。チケットの予約はファックスで出来る。
◇インフォメーション
Teatro Massimo Bellini
Via Perrotta 12 95131 Catania
電話:(国番号39)095-7306111、または 323363 Fax:095 311675
●ベッリー二博物館 Museo Civico Belliniano
Piazza S.Francesco d'Asisi 3 Tel:095 7150535
1801年に生まれたベッリー二は最初のオペラ「アデルソンとセルヴィ(1825)」を皮切りに「ビアンカとフェルナンド(1828)」、「海賊(1828)」、「異邦人(1829)」、「ザイーラ(1829)」、「カプレーティ家とモンテッキ家(1830)」、「夢遊病の娘(1831)」、「ノルマ(1831)」、「ベアトリーチェ・ディ・テンダ(1833)」、「清教徒(1835)」などを作曲した。彼の生家は1923年に国の記念物に指定され、1930年に現在のベッリー二博物館としてオープンした。ここにはベッリー二の肖像画、「カプレーティ家とモンテッキ家」、「ノルマ」、「海賊」などの自筆楽譜、パルマのテアトロ・レージョが開場した1829年に上演された「ザイーラ」の歴史的ポスターなどが展示されている。
●大聖堂 Cattedorale
11世紀後半に建設されたノルマン王朝のルッジェーロ1世によって建立され、カターニアの守護聖人サンタ・アガータに献堂されている。1693年の大地震で崩れ落ちたが、その後再建され、円柱を2層に重ねたファサードはG.B.ヴァッカー二の作品。その他1669年のエトナ山の大爆発でカターニアの町が襲われる悲劇を描いたジャンチント・プラタニアのフレスコ画などがある。また、この中にはヴィンチェンツォ・ベッリー二の墓がある。これは彼の死の41年後の1876年にここに移葬されたものである。1835年に34歳の若さでパリで死去したベッリー二はここに葬られている。
●ベッリー二公園 Villa Bellini
Via Etnea
カターニアは車が多くて、シチリア的なカオスに満ちた街だが、この公園だけは緑が多く、静かで市民の憩いの場になっている。公園は亜熱帯植物、ナンヨウ杉、やしなどが茂り、美しい花が咲き、なだらかな坂の途中に池がある。ここには白鳥がいて、その上の道の途中にベッリー二の胸像がある。頂上まで昇るとパノラマが開け、エトナ山が遥かに見える。叉シチリア出身の著名人の胸像や像があり、近くに大学の植物園がある。
●ステシコロ広場 Piazza Stesicoro
エトネア通りにある広場でここにベッリー二に捧げられた大きな記念像(1882年)がある。座って下を見下ろしているベッリー二の像で、側面には彼の代表作である「ノルマ」「清教徒」「夢遊病の娘」「海賊」などのオペラの登場人物、楽譜などが彫られている。通りの反対側は円形闘技場が見える。これは溶岩で作った骨組みを大理石で表面仕上げがしてある。建設されたのは2世紀ごろといわれている。
●ジョヴァン二・ヴェルガの家 Casa Natale Giovanni Verga
Via S.Anna 8 Tel/Fax:095 7150598
フランス自然主義の影響を受けたヴェリズモ主義のイタリアにおける代表的作家の一人ジョヴァン二・ヴェルガが生前生活していた家で、室内にヴェルガのブロンズ像、家族の肖像画、写真、自筆原稿などがある。書庫には沢山の蔵書がある。交友のあったエレオノーラ・ドゥーゼが使用していたスカーフなども展示されている。
●マスカー二の名作「カヴァレリア・ルスティカーナ」の故郷を訪ねて
◇インフォメーション
Assessorato Turismo
Piazza Umberto 1 Vizzini TEL:0933-961120
リヴォルノ出身のピエトロ・マスカー二 Pietro Mascagniは日本を舞台とした「イリス」、「友人フリッツ」などの作品を残したが、彼の最大傑作は最初に作曲した「カヴァレリア・ルスティカーナ Cavalleria Rusticana」であろう。このオペラの原作はジョヴァン二・ヴェルガが、生まれ故郷のヴィッツィー二で実際に起こった事件を基にして書いた小説で、1890年5月17日ローマのコスタンツィ劇場で初演された。ヴィッツィー二行きのバスはカターニア駅の前のバス乗り場から出ている。所要時間約1時間半。バスを下りると壮大なネオ・クラッシックの市庁舎があり、直ぐ右にジョヴァン二・ヴェルガの住んでいた家がある。一階はバールになっていた。村の若者トゥリッドと村娘ローラは恋人同士だった。しかしトゥリッドが兵隊に行っている間にローラは他の男と結婚してしまった。純情な娘サントッツァはトゥリッドを愛しているが、ローラをあきらめきれないトゥリッドはついに決闘までして最後は命を落とすという悲劇だ。オペラの舞台となったサンタ・テレーザ教会、ここで有名な美しい曲「オレンジの花の香り」が歌われる。その前に居酒屋(オステリア)がある。その先を少し歩いてゆくと、トゥリッドを慕うサントゥッツァとローラの家が向かい合って立っている。オステリアに戻り、古い町並みの坂を少し下がると、サボテンや岩などが多い荒々しい風景が見えてくる。この下のラ・クンツィリアという場所でトゥリッドはローラの亭主アルフィオと決闘して命を落とすのである。フランコ・ゼッフィレッリ監督はこの場所で、映画「カヴァレリア・ルスティカーナ」を撮影している。