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イタリア建築行脚へのINVITO
 
15 giugno 2005

第7回 「労働者のユートピア クレスピ・ダッダ/Crespi d’Adda」





柳沢伸也&柳沢陽子


●ユネスコ世界遺産に登録された産業遺産
ミラノから東へ約30km,アッダ川のほとりに,クレスピ・ダッダという小さなまちが佇んでいる。19世紀,一人の工場経営者クリストフォロ・クレスピが,労働者のユートピアを目指して創りあげた工業都市だ。125年以上が経過した現在でもオリジナルの姿を留め,傑出した産業遺産の事例として,1995年にユネスコ世界遺産に登録された。
イタリアにも産業革命の波が押し寄せる19世紀,豊富な水量を誇るアッダ川沿いには,多くの産業施設が集積し,イタリアの産業の中心地となった。急激な発達により劣悪な労働環境が多かった中,綿織物工場を経営するクレスピは,生活環境を向上させれば生産性が上がると考え,新しい工業都市の建設に着手した。職住を近接させ,必要なものはすべて居住区内でまかなう完全自律型の都市が計画された。

●時間が止まったような静かなまち
二つの川が合流する地点の先端にあるクレスピ・ダッダは,周囲から隔絶された静かな場所にある。一段高くなった北側の道路から下をのぞくと,眼下に整然と計画された街並みが広がる。時の流れがとまり,ひっそりと隠れるように存在するまちは,外部からの干渉をこばんでいるようにも見える。
クレスピ・ダッダと周辺をつなげるのは,北側にあるその1本の道路だけ。まちの中心は,全長約1kmの大通りが一直線に貫いている。通り沿いには,教会,学校,コミュニティ施設,病院,墓地といった公共施設が並ぶ。まさに「ゆりかごから墓場まで」。人間が生まれてから死ぬまでに必要な施設が順に並び,労働者の生涯を象徴しているかのようだ。
 大通りを境に,川側が工場地区,山側が住宅地区となっている。
まちのシンボルであるロンバルディア・ネオゴシック様式の優美な工場では,最盛期には4000人が働いていたという。自然光や新鮮な空気が入るように設計され,労働環境への配慮が見られる。この工場は,今なお現役で使用され,ジーンズの生産が行われている。

 


●労働者の理想的な住環境
労働者には,菜園付きの戸建住宅が建設された。農民出身の労働者のため,慰めとして土に触れる機会を残しただけでなく,菜園の手入れは,近所とのつながりを生む大切な活動だと考えられた。毎年,ガーデニングコンテストが開かれ,競って庭先を手入れしたという。
洗濯機などなかった時代,川まで重いかごをさげて洗濯をしにいかなけなければならなかったが,女性達の要望で共同洗濯場が建設されたという。経営者が,労働者の声に耳を傾けていたことが分かるエピソードだ。
その他に,公衆浴場,劇場,福利厚生施設が設けられ,労働後にはスポーツ,音楽,映画などの娯楽を楽しんだ。食品や日用品の売店や床屋なども置かれ,生活上で必要な機能はほぼ満たされた。子供たちのためには学校が建設され,教科書や文房具は無料で配布された。
クレスピ・ダッダは,ストライキも労働争議もない「資本主義社会のユートピア」と呼ばれた。
今も,労働者の子孫が住む住宅は,よく手入れがされており,庭では野菜や花が育てられている。127年前にユートピアと讃えられた豊かな住環境は,現代の我々にとっても羨ましい限りだ。

●創業者一族が眠る墓
大通りの突き当たりには,公共墓地がある。中央にそびえる神秘的な外観のモニュメントの下には,創業者のクレスピ一族が眠り,それを取り囲むように労働者の墓が並ぶ。
1920年代末,世界恐慌の煽りを受け,クレスピ・ダッダも経営難の苦境に立たされる。それでも二代目経営者シルヴィオは,労働者を解雇しない主義を貫き,ついに破産の道をたどる。工場と労働者をそのまま引き受けるという条件の下,新しい経営者に託して,一族が築いた理想郷を手放した。
住民は,創始者の銅像を置き,感謝の念を忘れることはなかった。

●新しいレストランもオープン
現在は,古き良き時代を過ごした労働者の子孫が,クレスピ・ダッダのまちに暮らしている。
1995年,ユネスコ世界遺産に登録され,まちは長い眠りから覚めたように,少しずつ観光へ力を入れている。公式サイトは充実度を増し,先日は新たにレストランがオープンした。
ある企業家の理想を今に伝える労働者のユートピア。産業遺産を訪ねる旅は,イタリアの別の側面を見せてくれることだろう。


 
データ
Dati

■ アクセス
タクシー:ベルガモから約20分。運賃の目安は高速料金込で約30ユーロ。
バ  ス:ミラノ−ベルガモ間の高速バスautostoradaleに乗り,カプリアーテ・サン・ジェルヴァージオ Capriate S.Gervasioで下車。 南へ徒歩約20分。(道が分かりにくいので,お薦めはできません)

■ データ
所在地: Crespi d’Adda, Capriate San Gervasio, Bergamo
クレスピ・ダッダの公式サイト:http://www.villaggiocrespi.it/index.htm


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【著者プロフィール】

柳沢伸也(やなぎさわしんや)&柳沢陽子(やなぎさわ ようこ)

 

ミラノを拠点に、建築設計、建築・都市研究を行う。共に一級建築士。二人三脚で、各地を飛び回っている。自身の HP「イタリア建築通信」( http://www010.upp.so-net.ne.jp/architurismo/ )で、建築行脚をレポート中。

 柳沢伸也:大手設計事務所勤務後、妻と共に独立を決意。趣味の剣道を通じ、イタリアでも文化交流を行っている。

柳沢陽子:地方自治体勤務後、夫と共に独立を決意。建築行脚が、いつのまにか食べ歩きの旅になっていることも。


    

 



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