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5 September 2001


第12回(最終回) 〜 ミラノ Milano 〜

林 直美



photo
ミラノ中央駅
La Stazione Centrale di Milano




ミラノの町には今も、市電が多く走っている。地下鉄・バス・市電共通のチケットは75分有効。地下鉄には一度しかのれないが、バスや市電には何度でも乗れる。地下鉄が走らない道もかなり細かくバスや市電が走っているため、人々にとっては大切な足である。

レナート・カステッラーニRenato Castellani監督による『レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯』はNHKでも放映された豪華テレビ番組用フィルムだが、これと同じように、1982年には『ヴェルディ』がある。ことさら時代考証にマニアックなカステッラーニは、ミラノのスカラ座前の広場から、「ヴェルディの時代には電車なんてなかった!」というわけで、電線をすべてとりはずさせて撮影したらしい。そのあと、ちゃんと市電が走るように配線するのにいったいどのくらいかかったのか、興味深いところである。

イタリア経済の要であるミラノの町のど真ん中の市電をしばらく走らなくさせてまで撮影するというところが、さすがイタリアというか....悪く言えば人の迷惑を考えないわけだが、イタリアの人々は「市電が走らない」ことぐらいは日常茶飯事なのでそこであわてふためいたりはしない。その程度はまだ不幸中の幸いである。よく言えば器が大きい。盛大に悪態をつき、あるいはぶつぶつ文句を言いながら、すかさず他の手段を考える。だいたいが、市内交通のストなどイタリアではめずらしいことではない。一応前触れはするけれど、よおく注意してニュースなどきいていないと見逃すような前触れである。時刻表もあてにはならないが、あって無きが如しというほどでもない。一応わりとちゃんと動いているから、目安とされていることがうかがえる。しかし多少の遅れはごくふつうである。「ぜったいに遅れてはいけない!」という強迫観念はないので、故障やら、いるはずの運転手がいないやら、そういう事態に立ち入っても、あわてない。もうちょっとあわててくれてもいいかなと思うくらいにあわてない。多少の遅れはごくふつう、その証拠に、鉄道駅の掲示板には、rit.つまりritardo、すなわち「遅れ」の欄が設けられている。おそらく南部へ行くとこの欄は大活躍しているか、あるいは、記入する手間も省いてしまっているかもしれないと想像する。

ミラノ中央駅 Milano Centrale。何度ここから発ち、ここへたどりついたか数しれない。ローマやフィレンツェやヴェネツィアなどと同じく、ここは通過する駅ではない。いったんここに入った電車は、それまでと頭とお尻が逆になって出発する。長い長いプラットフォームが20ほどもずらりと並んでいる。日本の駅を見慣れた目には、おそろしくだだっ広く感じられる。まるで空間と言うものは使いたいだけ使うことを前提としているようなつくり。たとえば4番線の一番後ろのほうで降りて、17番線の列車の一番前のほうへ行こうと思ったら、(地下通路があることを知らなければ)かなりな距離を歩くことになる。あっちにもこっちにも入り口やのぼり口がある日本の駅と比べると、フレキシブルではないが、大変わかりやすい単純な造りなので、実はよそから来る者により開かれた構造だといえる。
正面を見上げると、空港で見るような、発着を示す非常に大きな掲示板。そこに、"rit"という項目が存在するという事実に気づいたとき、私はイタリアに一歩近づいた気がした。ここでは列車の「遅れ」というのは、臨時的なものではなく常時存在しうるものとして、ちゃんと存在価値を認められているのだなとあらためて感心(?)した。

ホームと線路の段差は少ないのは、イタリアのどの駅でも同じ。電車に乗るには3段ほどのステップをのぼるので、一見不便だが、これだとホームに転落して列車にはねられるなどという事故はまず考えられない。そして、電車に乗った人はホームに残る人よりも一段高いところにいる。この段差こそ、イタリア映画のみならず、外国映画の駅のシーンと日本のそれとの大きな違いであり、より哀愁をそそるものであると思うのは私だけだろうか。

『ひまわり I Girasoli』(1970 監督:ヴィットーリオ・デ・シーカ)という映画は、日本でもおなじみの方が多いと思う。ソフィア・ローレンとマルチェッロ・マストロヤンニ主演、ヘンリー・マンシーニの音楽が胸にしみる、りっぱなお涙ちょうだい映画。戦争ゆえに出会い、戦争ゆえにひきさかれ、それぞれの道を歩むしかなかったふたりは、もう一度ひかれあいはするが、もとには戻れない....ラストに、ロシアの妻のもとに戻るアントニオ(マストロヤンニ)をジョヴァンナ(ローレン)が見送るのが、このミラノ中央駅である。電車の窓からアントニオがジョヴァンナをじっと見おろす。ジョヴァンナもじっと見上げている。長い長いドーム型の駅を列車がすいこまれるように出て行くのを悲痛に見送るジョヴァンナ.... 駅が大きいので、列車が出て行くのには、涙をさそうに十分な時間がかかる。冷たく大きな駅にひとり取り残され、嗚咽をこらえきれず、涙するジョヴァンナ....

『若者のすべて Rocco e i suoi fratelli』(1960 監督:ルキーノ:ヴィスコンティ)の最初に、ロッコ(アラン・ドロン)とその一家が列車から降りたのも、このミラノ中央駅だった。いまも大きな荷物を大量に列車に上げ下ろしする姿や、列車にのぼろうとする老婆に手をかす人、列車の窓から荷物をおろす人をよくみかける。人が移動していることを肌で感じる。そしてときたま、駅のホームで抱擁する男女、あるいは涙にくれる男女をみかけることがある....駅というのは、到着と出発、出会いと別れの場所であることを、ミラノ中央駅はその構造を舞台に、いまも体現している。



著者プロフィール

林 直美(はやし なおみ)
大阪市出身。東京大学南欧文学科博士課程修了。フレーベル館から児童書の翻訳(伊・英・仏語)多数。ピエモンテ州ゲンメGhemme在住。


 





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