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イタリア料理研修日記 |
15 Novembre 2003 第二回 「いざ、シチリアへ」
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![]() 愛すべきシェフ チッチョ
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| イタリアは日本と同じく南北に長い国。日本のほうが2割位長い感じ。 スイスの国境ドモドッソラから最南端シチリア、ラグーサへの列車での移動は、 日本でいえば北海道の最北から四国の最南端へ移動するといったところかな? ミラノから飛行機でとべば、1時間40分。 しかし、前述した通りエトナ山噴火で飛行場が閉まっていたためほぼ1日かけて列車の移動をすることに。 寝台列車はひと部屋、上下左右がベットになるので定員4名、また性別によって部屋がわかれる。 ラッキーなことにカラブリアでアグリツーリズモを経営するおばさんとふたりで貸切状態。 おばさんはベットの作り方を教えてくれたり、ピッツァやカプチーノをご馳走してくれたり、 つたない私のイタリア語につきあってくれたり、とても親切でいい人。 お礼をいうと、「私の国イタリアへきてくれたあなたは私にとってゲスト、 私はホストとして面倒みるのが当然なのよ」といってくれた。 見知らぬ異国からきた私にも気さくにせっしてくれるイタリア人っていいな、 そしてこういう出会いが旅の醍醐味だなと嬉しかった。 ひとりで心細かった列車の旅も悪いものでもなかった! 長い長い列車の旅を終え駅に到着すると、シェフ チッチョが車で迎えにきてくれた。 シェフというと年配の人を想像していたのだが、彼は若くて32歳だという。 でも、14歳からこの仕事をしていたというのですでにこの道18年。あとから知ることだが、前年度に「ガンベロロッソ」というレストランガイドの若手ナンバー1シェフに選ばれていた人だった。 この賞はかつてあの有名なビッサーニが受賞していた賞だという。そんなすごい人とは感じさせないまさに南の人という気さくな人だった。 このリストランテはアンジェロという親友とふたりで3年前に開けたという。私が未経験だという話をしたら「そんなのは問題じゃない。情熱が大切なんだ。情熱はある?あれば大丈夫だよ。 コックの学校に行く人もいるけれど、僕は皿洗いからはじめてすべて自分で勉強してきた。 情熱があったからね。」
リストランテに向かう景色をみながら、これがシチリアの特徴的な風景だよと教えてくれたのは、 コリーナと呼ばれる緑の広がる小高い丘。そこには低い石垣があり、馬や羊などが放牧されていてみんなのびのびと草を食べたり昼寝をしたりしている。 また、オリーブの木やカルッボの木がたくさんあるのも特徴的だという。カルッボの木というのをはじめて見たし、知った。 秋になると黒い豆がなり、味は黒砂糖のように香ばしくドルチェやジェラートにつかわれるという。 私の好奇心がくすぐられる。やっぱりシチリアへきてよかった。これからどんなものをみることができるんだろう。 もうすぐ到着するよと通過したのは高台にある新市街ラグーサ。昔地震があって旧市街はラグーサイブラを残して壊れてしまったらしく割と最近の建物がひろがる。 チッチョは「ここは美しくないけれど、これから向うラグーサイブラはすごくいいところだよ」という。 どんなところだろうとわくわくしていた。遠くに小高い山の街がみえてきた。頂上に青い光のドウモがみえる。長い長い列車の旅の疲れも吹き飛ぶほど、なんといっていいか言葉を失うほど、ラグーサイブラをは素敵な街!すっかり暗くなっていたため夜景がひろがる。 わざとライトアップしているのではない。生活のあかりなのだ。 石畳の街中を通り抜け、リストランテに到着した。 遠くからみた青い光のドウモのそばにあり、昔王宮だったところをリストランテにしたという。 内装はエレガントな感じ。入るとすぐにバールがあり、奥に客席。満席で35席だという。 「とってもピッコロ(小さい)だよ」とチッチョのいうクッチーナを案内してもらう。 日本を含めてはじめて入るクッチーナなので私はそこが大きいのか小さいのかの判断ができない。 私、ここで働くんだ。期待と不安で胸がいっぱい。「今夜は疲れてるだろうから明日から一緒に働こう、お腹はすいてる?何が食べたい?じゃ少し休んでからごはん食べにおいで。」 住むところはリストランテから歩いてすぐのアパートの3階。日本人のレイコさんと一緒に暮らすことに。とても気さくでいい人そう。これまたスペシャルな出会いなのだが、まだこの時点ではそのことの重要性に気づいていない。 時間がきてリストランテにごはんを食べに行く。扉を開けると、カメリエーレが「ご予約は?何名様ですか?」と冗談をいって迎えてくれた。 これから毎日私がつくることになる手作りのパンがでてくる。シチリアの硬質小麦で作ったパンはもちもちしていてすごく美味しい。前菜は燻製をかけた鯛やマリネしたスカンピ、ガンベロロッソ、アーモンドのソースをつけて食べるお皿。盛り付けがすごく繊細で美しく、これがリストランテなんだなと実感。 そして、マッコ・ディ・ファーベ(空豆とフィノッキオセルバティコのポタージュ)をいたずらそうな笑顔でチッチョが運んできてくれた。 研修でパレルモを訪れたときに食べたのがすごく美味しかったのでリクエストしたのだが、 「今日はないよ、ごめんね」といわれあきらめていただけにびっくり! 「どうして?」「驚かせるのが好きだから」って。身体によさそうな優しい味で大満足。長旅でさすがに食いしん坊の私の胃袋もやや弱り気味だったため、全体的に少なめのお皿でとお願いしたものの、セコンド、ドルチェと続いていったころにはもう動けない、助けて状態になっていた。 お客様扱いもここまで、これからがはじまり。クッチーナにしかけられたあらゆる地雷を踏むことになる汗と涙の毎日がはじまるとはまだ知る由もなく、深い眠りに落ちた。 「ボナノッテ(おやすみなさい)」。
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