「ガリバルディが愛したカフェ」
ヴェネト州県都であるヴィチェンツァは、人口10万人位の中都市だが、世界遺産にも指定されている魅力的な街である。ここには高名な建築家パッラーディオ Palladioの建設した建物が至る所に見られる。特に彼が最後に設計したといわれるテアトロ・オリンピコ Teatro Olympico は16世紀に建てられた最も美しい建築の一つで、1580年に彼が没した後、息子のシッラ Silla が1582年から1583年にかけて完成させた。1786年9月ヴィチェンツァを訪れたゲーテは、オリンピコ劇場を見てパッラーディオを評し、「彼は真に内面的偉大にしてかつ内部から偉大性を発揮した人物である。」と書き残している。又、パッラーディオに感激したゲーテは劇場に隣接する部屋を設計したヴィンチェンツォ・スカモッツィの末裔である建築家で、パッラーディオの本を出版したオッタヴィオ・ベルトッチ・スカモッツィの家まで訪問している。
メネギーナのあるカヴール通り Via Cavour はヴィチェンツァの重要な建物が集まっているシニョーリ広場に近い。ここには12世紀から15世紀に建てられた高さ82メートルのピアツァの塔 Torre di Piazza、パッラーディオの建てたバジリカ Basilica、ロッジャ・デル・カピタニアート Loggia del Capitaniato などがあり、優雅な広場になっている。このカフェ・メネギーナが創業を始めた頃、この地方はオーストリアの支配下にあった。そしてイタリア統一の時代ガリバルディ Garibaldi はこのカフェによく訪れたという。「彼は店のドルチェが美味しかった」という手紙をローマから書いて送って来ている。他にここを訪れた人にヴィチェンツァ出身の有名な作家グイド・ピオヴェネ Guido Piovene がいる。彼は1930年代から小説を書き始め、カトリックの信仰を基盤とする主題の道徳性と心理描写のリアリズムを描き、「暗黒新聞」、「冷たい風」などの作品を残したが、メネギーナの常連だった。
店内に入ると右も左も棚にはびっしりリキュール、ディジェスティーヴォ(食後酒)など多くのボトルが並べられ壮観である。中央奥に優雅なサロンがある。夏には店の前にテントが張られ、爽やかな外の空気に触れながら飲み物を楽しむ事ができる。白ワインの産地ソアーベにも近いメネギーナには、アルト・アディジェで生産された素晴らしいワインも沢山あり、また軽食もできる。歴史に思いを馳せながら涼しい空間でまろやかなカップチーノを口に含んでいると、イタリアにいる事の幸せをつくづく感じた。