ナルニNarniの祭りは中世の仮装行列Corteo Storicoと、コルサ・アッラネッロCorsa all'anelloと呼ばれる馬を駆使する競技で知るひとぞ知るウンブリア州を代表するお祭りの一つだ。期間は二週間ほどで、さまざまな催しが行われるが、メインは最後の週末の二日間。例年五月の第二日曜日に競技があり、その前夜に仮装行列というパターン。(今年は総選挙があったので一週繰り上がった。)今回は、食というよりはこのお祭りの最後の夜の雰囲気をいくつかの写真とともに味わっていただけたらと思う。
土曜日の昼頃ナルニに入った。今晩の行列が本当にあるのかどうか信じられないほどひっそりしていたが、ふと見あげると、窓という窓から色とりどりの旗が降ろされていることに気づく。実はこの祭りを構成するそれぞれの催しは、すべて地区別対抗のコンセプトで進められる。テルツィエーレTerziereと呼ばれる、小さいナルニをさらに三つに分けるそれぞれの地区(メズーレMezule、フラポルタFraporta、サンタ・マリーアSanta Maria)が、おらが地域が一番ということで争う形式だ。
飛びついてはるばるやって来たのは、祭りだ祭りだと言いつつやっぱり食べ物に関することを耳にしたから。「それぞれのテルツィエーレが一年のうちこの期間だけのオステリーア(居酒屋)をそれぞれ一軒ずつ経営して、古いレシピや郷土料理などそれぞれ自慢の料理とワインを提供する。ちなみに、オステリアとは別に、それぞれフォルノForno(パン屋のようなもの)もあり、そこでは焼きたてのピザ風のパンが夕方から食べられる。これらの食事処は、コックさんからサービスまで、すべて地元の人たちのボランティア。三つの地域を行ったり来たりしながら、中世風に仕立て上げられた町を夜通し徘徊するのは最高なんだ。」そんな話だったから、ここ一ヶ月ぐらいはあれこれ想像しながら、すっかりわくわくしていたのである。
薄暗くなってきた街を、そこかしこでゆらめくろうそくの灯りが一層怪しい雰囲気を演出する。いつのまにか人が増えてきた。「仮装行列が九時からだから、その前にちょっと早い時間に一件目を制覇しとかないと。」という地元ナルニ出身の友人のあとを、私をふくめてよそから呼ばれた友人八人、迷わないよう必死で追いつつ、フラポルタ地区のオステリーアへ突入。ここは一階がフォルノになっている。まずはほっかほかのパン風のピザをほおばる。パン職人に扮したおじさんたちも板についている。ナルニには数百年ものの建物が当たり前のように建っているが、ここもまた当時を再現したというか、当時からそのままというか、とにかくリアルな雰囲気だ。外からはそろそろ行列の準備だろうか、おどろおどろしい太鼓の音などが近く遠く、ドン、ドーン、ドンドンと鳴り響く。本当に中世にタイムスリップしたようで、鳥肌がたつ。
そしてくずれそうな石の中階段を二階へと進むとこれがまた薄暗いオステリーア。「いくらなんでもちょっと暗すぎやしないか」と、今日はお客の地元の老紳士に言われ、今日もボランティアとして働く羽目になった初老のサービスマンが、ぶつぶつ文句を言いながら消えた電球を替える。
前回紹介したチリオーレCiriole風のパスタや、豆の煮込み、ポレンタのトマトソース添えなどあれこれたのむ。いずれも素朴な味だが今回ばかりは雰囲気に圧倒されてうまいだまずいだとのんびりしたことを言っている場合ではないのであった。陶器のいれものに入ってきたワインをマグカップのような素焼きの器でがぶがぶ飲む。これまた暗くてワインの色だのかがやきだの見ている場合ではない。さすがに野暮かとも思ったが、このワインは何なのか、必死で走りまわるサービスのおじさんたちの一人にちらっと聞いてみると、「二種類飲んだか?それはウンブリアの白と赤だよ!」(汗びっしょりの笑顔で)――なんと豪快なおこたえ。どうもお忙しいところ、失礼いたしました――。ちなみに、こうした彼らの心意気によって支えられるオステリーアの売上は、すべてこの伝統行事を守っていくために必要な資金となる。(仮装行列や、明日の競技に使われる衣装はびっくりするほど上等なものだそうだ。)
大分気分もよくなったところで外に出る。行列に参加するための仮装した人たちが、通りのあちこちにいて、酔いも手伝ってすっかり雰囲気にのみこまれる。「おお、これはすごい。」素晴らしい祭りには慣れているはずのトスカーナからの友人達も、その荘厳な衣装やきらめく馬の飾りなどにすっかり感心している。映画にそのまま出られそうなりっぱな騎士にみとごに扮装した少年や、昔の侯爵風に威厳たっぷりに着飾ったおじさんたちと、ところどころで談笑しながら歩いていったが、著名な観光都市の祭りなどとはひとあじ違って、参加する人、見る人たちの関係がなんとも近い。
そのうち、柵ががっちりと備え付けられたナルニ市庁舎前の通りの両サイドは、見物客で埋め尽くされ、二時間に渡って三つのテルツィエーレの素晴らしい中世の仮装行列が、順番に練り歩いていくのだった。時折、行列の中に目のさめるような美女美男がいたりするとあたりがざわめいたり、知り合いに声をかけられて顔を真っ赤にして照れながら行進する少年などがあったりと、ソフト面ではなんともほほえましい部分があちこちに見られたりする。それでも古い町並みに響きわたる誇り高い太鼓の音、本格的な衣装やこった趣向が、歴史の重々しさを十二分に伝えてくれる。
そうこうしてすっかり熱中してしまい、行進が終わった頃はもう夜の十一時を回っていた。こんな田舎の(失礼)「知られざる祭り」こそ、日本からいらっしゃる方達にも訪れていただきたいものである。
「さあ、次いこう!」とナルニ出身の彼。子供のころからこの祭りを知り尽くしているから、ペース配分ができていたのだろうか。そう、まだ一つしかオステリアは行ってないのだ。「あと二つか..。ここまで来たんだからメズーレMezule、サンタ・マリーアSanta Maria地区の人たちにも挨拶ぐらいはしなきゃいかんなあ。」フラポルタでの飛ばしすぎを後悔しながら、我々一行はナルニの中世の深い闇の中へとふらふらと吸い込まれていった……。
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フラポルタ地区の旗。 手前左に Hostariaの案内版
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