●ヴェネツイアは11月末の閉会までアートの町に
世界で最も重要な現代美術のイベント、ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展が開催中のヴェネツィアは、数多くの展覧会が目白押しだ。11月末の閉会まで、まさにアートの町となる。
第58回美術展のディレクターをつとめるのはロンドンのヘイワード・ギャラリーのディレクターであるラルフ・ルゴフ、「May You Live in Interesting Times(数奇な時代を生きられますように)」がタイトルとなっている。これは、古代中国の呪いの言葉だと誤解されたまま、イギリスで皮肉を込めて使われた言い回しだということだが、混迷の時代にアートが生き方、考え方を探る手がかりになるというメッセージが込められている。
●アスセナーレ会場では「48の戦闘シーンの続く作品」に圧倒
例年とは異なり、今回は企画展参加アーティストが、ジャルディーニ会場中央館とアルセナーレ会場の両方に作品を出しており、それぞれにかなり違った面を見せている作家が多いようだ。かつてヴェネツィア共和国の栄華を支えた、国営造船所(アルセナーレ)の巨大な力強い建物に展示された作品が、素人目にはひときわ印象的だった。
トップの写真:@アルセナーレ会場(作品はトマス・サラチェーノ) 写真下:A「48 War Movies」
アルセナーレ会場でまず見入ってしまったのが、「48 War Movies」。何年か前のビエンナーレの、24時間ノンストップ上映の 「The Clock」 が記憶に残るクリスチャン・マークレーの作品で、48の戦争映画のシーンが何重ものフレームのなかで延々と続く。現実にも世界の各地で今も繰り広げられている戦闘シーン。映像過剰の現代にあって麻痺してしまった正常な神経を、過剰な映像に刺激される思いだった。
●日常に存在する人種差別や少数先住民も大きなテーマに
バハマのタヴァレス・ストラカンの 「Robert Henry Lawrence Jr.」 は、1969年に訓練中に死亡した初のアフリカ系宇宙飛行士をネオンで表現。未亡人が受け取った、アフリカ系アメリカ人が宇宙飛行士になったことへの憎しみに満ちた手紙も作品化されている。イギリスの映像作家エド・アトキンスの「Old Food」 は、時とともに進む腐敗、涙を流し続ける顔など、慰めようのない喪失感を漂わせるビデオ・アートである。
写真下左:B「Robert Henry Lawrence Jr.」 写真下右:C「Old Food」
企画展部門金獅子賞を受賞したアーサー・ジャファは、黒人の視点から見た世界を作品化。ジャルディーノ会場のビデオ作品 「White Album」 が、日常に存在する人種差別、暴力を見せるとともに、自分の身の回りの人々への温かい目を感じさせ、「わたしたちの人を愛する能力に訴えかける」と評価された。
写真下:D「White Album」
生涯にわたる功績を称える栄誉金獅子賞受賞のジミー・ダーハムは、アメリカの先住民チェロキーの出身で、彫刻家でありながら、詩作、執筆、政治活動と多彩な顔をもつ。アルセナーレ会場には、動物の骨と家具や工場のパイプなどが組み合わされた異形の動物たちが展示されている。
写真下:Eジミー・ダーハム作品
●日本からは池田亮司さんと、片山真理さんが参加
日本からは、電子音楽作曲家でアーティストの池田亮司さんが参加している。アルセナーレ会場の大スクリーンでは、世界の研究所の巨大なデータ・バンクのデータをもとにした、粒子から宇宙にまで広がる世界が展開する(「data-verse 1」)。電子音楽と目には見えない世界に包まれて不思議な気持ちになる。
写真下左:F池田亮司 「data-verse 1」 写真下右:G片山真理 作品
もうひとりの日本人作家、片山真理さんは、病気のため両足を切断した自身の身体を義足や様々なオブジェとともに撮り続けるアーティスト。両会場に展示された写真は、作品化されることで、特別な身体がさらにまた特別な世界の入り口になるような、そんな錯覚を与える。
●国別パヴィリオンでは目立つ人の権利・自然環境への関心
国別のパヴィリオンでは、人の権利、自然環境をテーマとしたものが目立った。
カナダ館は 「One Day in the Life of Noah Piugattuk」 と題して、1961年にナダのバフィン島から立退きを迫られたイヌイットの一家の物語をビデオで再現している。狩猟をし、犬ぞりで移動して暮らすイヌイットの一家のもとに、政府の送り込む係員がやってきて、この土地を捨てて居住地に移動するよう説得するが、先祖代々の生活以外考えられない一家と政府の回し者の対話は、噛み合いようがない。アーティスト集団Isuma による作品で、カナダ館でイヌイットのアートが展示されるのはこれが初めて。今年は、国連の運営する国際先住民族言語年に当たるということだ。
写真下:Hカナダ館
フィンランド館の「A Greater Miracle」 (出展作家: Miracle Workers Collective)は、奇跡を、わたしたちが感知・想像できるものを広げてくれる詩的手段、共同体的行為ととらえる。様々なジャンルのアーティストのビデオ、パフォーマンス、詩作などから、移民問題や土地を追われたサーミ人の問題を扱っている。
写真下:Iフィンランド館
また、チリ館(アルセナーレ会場)の 「Altered Views」(出展作家:ボルスパ・ハルパ)は17世紀から20世紀にかけてのヨーロッパの歴史を、人種問題、経済的利益、植民地主義などから読み直す。たとえば、ヨーロッパのヘゲモニー(男性、白人、経済的・文化的優位など)の歴史的ケースとして、1848年の革命時のウィーンに誕生したウイーン女性民主協会が、いかに手酷く男性社会から愚弄され、女性の政治参加が拒まれたかを示す図が興味深かった。
写真下:Jチリ館
●何百人もの移民をのせて沈没した船も出展
これは、企画展参加だが、アルセナーレ会場のドック付近には、スイスのクリストフ・ビュッシェルが 「Barca Nostra」 (わたしたちの船)を出展している。2015年に沈没したこの船は、何百人もの移民を乗せており、地中海の歴史にあって最も悲劇的な遭難となった。犠牲者は700〜1100人と言われている。当時のイタリア政府は船を回収、船内に発見された700名もの犠牲者の識別が行なわれている。この船が、シチリアからアドリア海を北上してヴェネツィアまで運ばれたのである。政治的な解決が見つからないままの、現代の難題のモニュメントということだろう。
写真下:KBarca Nostra」
北欧館の 「Weather Report: Forecasting Future」 (デュオ・ナブテーリ、アーネ・グラフ、インゲラ・イーアマン)は、気候変動と多数の生物の絶滅が地球の生命を脅かす現代にあって、人間と環境との関係を新たに問いただすことをテーマとしている。未来からくる巨大な藻のオブジェや日常を映すビデオなど、ユーモラスに深刻な問題を扱っている。
写真下:L北欧館
デンマークも、環境が破壊された未来を想定している(「Heirloom」 出展作家:ラリッサ・サンスール)。もはや住めなくなった地上を捨て、人々は地下へ移り住んでいる。凛とした白黒の未来映画では、地下で植物を育てた老女と、その若い後継者との対話が繰り広げられる。老女にとっては地上の記憶を保つことが自己の存在そのものであるのに対し、地下に生まれたクローンの女性にとっては、自分のものとは思えない記憶は邪魔な、心乱すものでしかない…
写真下:Mデンマーク館
●日本館は「Cosmo-Eggs: 宇宙の卵」で自然環境を問う
日本館の 「Cosmo-Eggs: 宇宙の卵」 (出展作家:下道基行、安野太郎、石倉敏明、能作文徳)も、自然環境への感受性に満ちている。美術家、作曲家、人類学者、建築家によるコラボレーションで、沖縄の津波石(津波によって海底から地上へと動かされた巨石)を出発点に、世界の卵生神話、津波神話を参照して、新たな神話を創作し、人間と非人間との関係を探るのが意図。館内中央のクッションに体重をかけると、圧力で生じる空気が野鳥のさえずりに似た音を発するという、複雑な仕組みがつくられている。
写真下:N日本館
●金獅子賞のリトアニア館は浜辺のバカンスのパフォーマンス
国別パヴィリオンで金獅子賞に輝いたリトアニア館は、わざわざリトアニアから運んできた砂を会場内に敷き詰めてビーチを再現。“Sun & Sea (Marina)”は浜辺でバカンスを楽しむ人たちがそれぞれの思いを歌うパフォーマンスである(土曜日のみ。その他の日は会場の浜辺のインスタレーションを見学)。楽しく気ままなバカンスだが、それぞれのつぶやきは様々。ワークホリックの男性、豊かな生活をエンジョイするその妻。アイスランドの火山噴火の影響で、空港で足止めを食って知り合ったカップル。海水には入ることができず、藻が生い茂って水は新緑のような緑、サンゴもどんどん死んでいく。
写真下:Oリトアニア館
気だるいメロディーにのって、延々と続く海辺のひとときは、まさにわたしたちの生きる世界そのもの。目の前の海、太陽光線がどうであろうと、とりあえず、必死で工面した2週間を浜辺で過ごす…。ルギーレ・バルズジュカイテ(映画・演劇監督)、ヴァイヴァ・グライニテ(詩人・戯曲作家)、リナ・ラペリテ(アーティスト・作曲家)の三人の女性のコラボレーションで、70分のパフォーマンスが朝10時からノンストップで繰り返される。リドの浜辺でスカウトされたヴェネツィアの人たちもエキストラで参加。会場は無料で入れるが、パフォーマンスを見るなら、1時間は並ぶ覚悟を。10時の初演を目指すのをお勧めする。わかりにくい場所なので、地図もお忘れなく。
●20世紀イタリア巨匠の展覧会も
数多くある街中の展覧会からは、20世紀イタリアの巨匠の展覧会を紹介しておきたい。ルーチョ・フォンターナと並んでイタリアの前衛美術を代表するアルベルト・ブッリ(1915〜1995年)の「ブッリ展」(サン・ジョルジョ島チーニ財団にて。水曜日休館。入場無料。7月28日まで)。
写真下:Pアルベルト・ブッリ
躍動する抽象画で知られるエミリオ・ヴェドヴァ(1919 〜2006年)の展覧会は、友人であった画家ゲオルグ・バゼリッツが選んで展示をした「バゼリッツによるヴェドヴァ展」(ヴェドヴァ財団にて。月・火曜日休館。11月3日まで)。
写真下左:Qエミリオ・ヴェドヴァ 写真下右:Rヤニス・クネリス
最後は、ギリシャ人であるがイタリアの美術界で活躍したヤニス・クネリス(1936〜2017年)。2年まえに亡くなってから、これが初めての大々的な回顧展となる(「ヤニス・クネリス展」カ・コルネール・デッラ・レジーナ館のプラダ財団。月曜日休館。11月24日まで)。アルテ・ポーヴェラの代表的な作家で、素材の圧倒的な存在感や、素材に手を加える人の仕事への懐かしみを感じる。