●建築の直面する複雑な状況に新しい視点を提示
回を追うごとに訪問者を増やしているヴェネツィア・ビエンナーレ展。今年は、ビエンナーレ国際建築展が開催中である。社会性のある仕事で知られるチリの建築家アレハンドロ・アラヴェナが今回のディレクターをつとめる。
トップの写真: @ビエンナーレ・ポスター
写真下左:Aディレクターをつとめるチリの建築家アレハンドロ・アラヴェナ 写真下右:Bビエンナーレ会長パオロ・バラッタとアレハンドロ・アラヴェナ
「Reporting From the Front」というテーマを掲げ、ポスターは、ひとりの女性がはしごの上から遥かな地平を見渡すという謎めいた写真。『パタゴニア』などの著作で知られる旅行家ブルース・チャトウィンが、南米の砂漠で出会ったという老婦人をモデルにしている。地上から見ては何の意味ももたない石ころが、高いところから見ると鳥や樹木をかたどっているのがわかると言って、肩にはしごを担いで歩いていたこの女性は、ナスカの地上絵の研究家マリア・ライヒェだった。この建築展が、建築の直面する複雑・多様な状況に対して新しい視点、より幅広い見方を提示できるようにと選んだイメージということだ。
不平等、持続可能性、保安、汚染、自然災害、都市周辺部、住居、移民問題などのテーマが扱われる。人々が生きていくために建築には何ができるかという、建物の初心に戻ったような建築展だ。
●会場最初のスペース「Making of」
アルセナーレ会場の最初のスペースは「Making of」として、企画展参加の応募書類、選考時の写真などが展示されている。スペースを取り囲む壁、天井から下がる金属も、前回のビエンナーレで使われた建材をリサイクルしたものだ。続いて、その選考により選ばれた展示が並んでいる。さまざまな都市のあり方を考えさせられた。
写真下:C「Making of」
●世界最大の宗教祭、インドの「束の間の都市」
人の集うところが都市になるのだとしたら、世界最大の宗教祭、インドのクンブメーラはまさに「束の間の都市」(「Kumbh Mela: Ephemeral Urbanism」 Rahul Mehrotra & Felipe Vera)。聖なる川での沐浴のためにひと月の祭の期間に一億人近くの人が訪れる。何もない湿地帯に組織されていく祝祭空間、食事や衛生保健のための施設。信じられない数の人々。無から生まれて無に戻るはかない都市空間を見せる映像はエネルギーに満ち満ちていた。
写真下:D世界最大の宗教祭、インドの「束の間の都市」
●モンゴルやロシア、スイスなど興味深い展示
モンゴルはウランバートル。移動式住居ゲルをもって遊牧生活から都市の定住生活に入った人々。「都市は現代的な生活様式から古く伝統的な生活様式まで受け入れることができなければならない」とするRural Urban Framework の映像も興味深かった。
写真下左:EモンゴルのRural Urban Framework の映像 写真下右:Fスイスの「Beyond Bending」
モスクワ近郊スコルコボ・イノベーション・センターに建てられた、マトリョーシカ人形のようなMatrex(Bernaskoniロシア)、より自然な素材を圧縮することで三次元のフォルムをつくり出す「Beyond Bending」(Block Reserch Group スイス)、会場の熱力学の諸条件を操作することによって光線をつくり出したという「Lightscapes」(Transsolarドイツ)など、ハイテクノロジーの展示も見物だ。
写真下左:Gロシアの「Matrex」 写真下右: Hドイツの「Lightscapes」
●ヴェネツイア「旧税関」の精巧な木の模型
ヨーロッパでも絶大な人気の安藤忠雄さんが修復と内装を手がけて現代美術館となったヴェネツィアの「プンタ・デッラ・ドガーナ」(旧税関)は、精巧な木の模型が展示されている。そのほかにも、揺れるカーテンの向こうに町並みがのぞく、紙製の白い住居模型があった。いつまでも見続けていたいかわいらしいものだった(ADNB ルーマニア)。
写真下左:Iヴェネツイア「旧税関」の木の模型 写真下右:Iルーマニアの紙製の白い住居模型
●金獅子賞に輝いたスペイン館
ジャルディーニ会場に居並ぶ各国のパヴィリオンのなかで、国別参加で金獅子賞に輝いたのはスペイン館だった。「Unfinished」--不況のために完成されないままの施設、建築の写真がずらりと並ぶ。それをどのように未来につなげていくかという多くのプロジェクトが紹介され、完結しなかったがために生まれた新たな可能性を垣間見させる。
写真下:K国別参加で金獅子賞に輝いたスペイン館 写真下右: L特別表彰を受けたペルー館
●国別参加では日本館とペルー館が特別表彰
また、国別参加では、日本館がペルーとともに特別表彰を受けた。ペルー館(アルセナーレ会場)は、アマゾンの熱帯雨林のアクセスも困難な地域に、環境に適した学校をつくるプロジェクト(「Our Amazon Frontline」)。プレハブ形式の水上に浮かぶかのような校舎は、環境との交感を促すような軽やかな構造だ。
日本館「en(縁)」(キューレーター:山名善之)は、価値観やライフスタイルを共有する新しい共同体のあり方を探って、それぞれの状況で生き延びていくための12のケースを紹介する。「人の縁」としては、かつての一家族の家屋を7人の住人が生活できるように改造した「不動前ハウス」、共有のオープンスペースのある「ヨコハマアパートメント」など。
写真下:MN日本館「en(縁)
「物の縁」としては、過密なまわりの環境との関係を考慮した「駒沢公園の家」、耐震性を高めた木造家屋「15Aの家」。「地域の縁」をめぐるものには、土地の建材を使って廃屋を復活させる徳島の「神山町プロジェクト」と、小豆島の「馬木キャンプ」。このキャンプは、誰もが使え、参加できる、人と地域をつなぐ「社会実験の場」ということだ。それぞれが、楽しい模型で紹介され、「過密な社会の生活を詩的に表した」と評判だった。
●目立つ、深刻な難民問題への取り組み
難民問題が深刻なヨーロッパ。この問題への取り組みも目立った。フィンランド館は、2015年に行った、移民に住居を提供するためにはどうするべきかを問う国際建築コンペの受賞作を紹介する(「From Border to Home」)。「一時的な難民センターではなく、家を!」という真摯な取り組みだ。さらに印象的だったのはドイツ館。建物の扉をすべて開け放ち、壁から48トンものレンガを取り除き、オープン・パヴィリオンと称した。移民を受け入れる国ドイツで生じているさまざまな変化を紹介する(「Making Heimat. Germany, Arrival Country」)。
写真下左:Oフィンランド館 写真下右: Pドイツ館
●女性建築家ザハ・ハディッドさんの展覧会も
この時期のヴェネツィアは、ビエンナーレ以外にも興味深い建築関係の展覧会が開かれている。その中からふたつだけ紹介しておきたい。
まず、バグダッド生まれの女性建築家ザハ・ハディッドさんの建築模型や写真を集めた展覧会。新国立競技場のデザイン案が選ばれたが実現しないことになり、この春急死したことは記憶に新しい。美しく流れる流線型の数多くの模型を見ることができる。実現されなかった計画も多く、貴重な模型だ(「Zaha Hadid」アッカデミア橋近くのPalazzo Franchettiにて11月27日まで。10時-19時。無休。入場10ユーロ)。
写真下:QRザハ・ハディッド展
もうひとつは、サン・マルコ広場に近いルイ・ヴィトンのショップ上にある「エスパス・ルイ・ヴィトン」で開かれている「フランク・ゲーリーによるフォンダシオン・ルイ・ヴィトン」。パリのブローニュの森に建てられた、美しいガラスの帆船のような財団の一大文化センターが誕生するまでを語っている。東京で見逃した人はぜひここで(11月26日まで。入場無料)。
写真下:S「フランク・ゲーリー展」