JAPANITALY Travel On-line

イタリア旅行情報サイトJAPAN-ITALY Travel On-line
ヴェネツィア・ビエンナーレ通信
 
15 marzo 2010
Notizie dalla Biennale di Venezia

第8回
映画祭の思い出から:
大騒動の第45回映画祭
スコセッシ監督の『最後の誘惑』をめぐって






中山エツコ
夏のリド島を華やかに彩るヴェネツィア映画祭は、社会のさまざまな出来事がもち込まれたり、激しい議論の場になることもある。開催前から大論争が起こったこともある。私にとって最も騒々しい映画祭として記憶に残っている、1988年の第45回がそうだった。

写真トップ:@ 『最後の誘惑』(監督 マーティン・スコセッシ)でイエス役を演じるウィレム・デフォー

●キリストへの「悪魔の誘惑」をテーマとした作品
ことの起こりは6月のはじめ。ハリウッドからのニュースを伝える、目にも留まらないような小さな新聞記事だった。報道陣をシャットアウトしてモロッコで撮影されたマーティン・スコセッシ監督の新作『最後の誘惑』(The Last Temptation of Christ) が、上映を二か月後に控えて、はやアメリカのカトリック教会からにらまれている。そのため監督は、劇場公開に先立って司祭代表のために特別映写会をもうけることにした。イエス役を演じるのはウィレム・デフォーである。……と、やや好奇心をそそるが、あっさりした内容のものだった。
それからひと月後の7月半ば、再びアメリカからニュースが届き、「スコセッシのイエス、公開前から批判浴びる」なるタイトルで、この作品がプロテスタントの保守的なグループから激しい批判を受けていることが伝えられた。映画は、『その男ゾルバ』などで知られるギリシャの作家ニコス・カザンザキスの小説を原作としており、イエスが十字架にかけられて死ぬ前に、普通の人間として生きることへの悪魔の誘惑があったが、それに打ち勝って神の子として十字架上で死んだ、という物語。イエスがマグダラのマリアと結婚し、マリアの死後は再婚して子供をもうけ、家庭生活を送るシーンなどがあるという。しかし監督は、これは深い宗教心を表した映画であると反論。
写真下:AIl Gazzettino 紙 1988年8月20日
「押収?そんな心配はない」(ディレクターの言葉) 写真は『最後の誘惑』の一場面

ちなみに、今ちょうど新作の『シャッターアイランド』が話題になっているスコセッシ監督はイタリア系アメリカ人(イタリアでは「スコルセーゼ」と発音される)、少年の頃には神父になりたいと神学校に通っていた時期もあるぐらいで、信仰を大事にしている人だ。『最後の誘惑』は紆余曲折を経てようやく完成にこぎつけた苦心の作。1951年作の原作は、日本では『キリスト最後のこころみ』という題で1982年に出版されているが(児玉操訳、恒文社)、作者のカザンザキスはこの作品のためにギリシャ正教会から破門されたという。キリストは苦しみ悩み、最後に勝利したからこそ、人の行くべき道を照らしてくれるのだと、作者は書いているのだが。

●カトリック勢力による上映抗議
さて、このどこか遠い世界の出来事が、それから数日後の7月15日、いきなりイタリアに飛び込んできた。8月末開催の第45回映画祭の大筋のプログラムが、ディレクターのグリエルモ・ビラーギ氏から発表されたのである。そして予定される監督のなかに、マーティン・スコセッシの名があったのだ。
それからプログラムが正式に決定するまでには、一悶着あった。当時のイタリアは、政治だけではなく文化を含めた社会のあらゆる面で、最大政党のキリスト教民主党、第二党だが政権にはつけないイタリア共産党、数は劣ってもどう動くかで状況を決定的にする社会党との間の、微妙なバランスが働いていた。ヴェネツィア映画祭では、それまでの保守派ディレクターから革新派にかわったものの、評議会はキリスト教民主党寄りの保守派が強く、さんざんもめた末に、『最後の誘惑』だけは留保となり、ディレクター自らが急遽アメリカへ赴くことになった。アメリカでは反対者たちの批判はますます激しくなっており、「ディレクターは空港から直接、迎えの車で非公開の映写室へ向かい、プライベート試写会の後、監督と会見。決定は明日までに行う予定」と、報道も何やら秘密めいた雰囲気。
そして7月29日、プログラムの正式発表があり、『最後の誘惑』は「スペシャル・イベント」の招待作品として上映されることが公表された。キリスト教民主党の芸能担当部は、「信者への考慮に欠く」と直ちに抗議。一方、ビエンナーレ側では、「映画としての質を判断する権利を観客に保証するのがヴェネツィア映画祭の伝統」と反論した。こうして、夏の本格化とともに熱い熱い論争が始まった。
写真左・右:BCイエス役のウィレム・デフォー

映画評論家や市の文化評議員などからこの決定を支持する声があがったが、激しく反対の論陣を張ったのはフランコ・ゼッフィレッリ監督。同じく「スペシャル・イベント」部門に新作『トスカニーニ』(Il giovane Toscanini)で参加する予定だったが、『最後の誘惑』と一緒に上映されるぐらいだったら映画を引っ込めると言いだした。それに対し、スコセッシ監督はアメリカから、「この映画は私の神への祈り」と発言。カトリック教会、カトリック系の団体は次々に「映画祭にふさわしくない」と表明したが、カザンザキスを破門した当のギリシャ正教会のヴェネツィア主教は、意見を求められて、「カザンザキスの本の内容は教会には受け入れられていないが、文学的に非常に優れた作家。いずれにしても、見てもいない映画を判断するのは不可能」と答えている。著名な哲学者のエマヌエーレ・セヴェリーノ氏もカトリック側の批判について、「離婚・中絶の法制化のときもそうだったが、宗教的な問題を国家の問題、一般の問題と一緒にしている」と反論した。ゼッフィレッリ監督の態度も非難を呼び、映画界では映画作家協会、批評家協会が映画祭の決定を支持したほか、監督では真っ先にリリアーナ・カヴァーニ監督が支持の声をあげた。ディレクターのビラーギ氏は一貫して、「映画の善し悪しは見て判断するもの」と主張し、「スコセッシ監督のイエスはポエジーだ」と動じなかった。

●反対派の過激行動を恐れて警戒態勢
そうこうするうちに、8月10日には、ロサンジェルスでついに『最後の誘惑』の初の試写会があった。会場の外は映画に反対の宗教団体が取り囲んだが、上映は無事行われ、特に「冒涜」という声もなく、映画としての批評も賛否両論という報道。つまり、すべての映画に対して起こりうる反応だったということだ。劇場公開後は多くの観客が映画館に殺到しているというし、ゼッフィレッリ監督も映画祭参加を決定していたから、これでイタリアでの論争も収まるのだろうと思った。ところが、これでは終わらなかった。

写真下: DIl Gazzettino 紙 1988年9月7日 「そして、その時はきた」

8月半ばにヴェネツィア大司教が「カトリック信者の心情を傷つける」と発言、また、「猥褻罪・国家の宗教に対する侮辱罪にあたる」と訴える人が出て、ヴェネツィアの検察庁が事前に映画を検討するという事態になったのだ。そして映画祭での上映予定日が9月7日と発表されると、厳格なカトリック団体が、上映阻止のための集会やデモの準備に動きだした。地元の新聞イル・ガッゼッティーノ紙には、上映の是非をめぐってたくさんの読者が投書を寄せた。論争はテレビでも繰り広げられ、一人芝居『ミステーロ・ブッフォ』で教会の批判を受けた経験のある劇作家・俳優・演出家のダリオ・フォー(1997年にノーベル文学賞受賞)が、スコセッシ監督を擁護した。

8月29日に映画祭が開催されてからも、最大の話題は依然として『最後の誘惑』。リド島の警戒は日々厳重さを増し、「まるで1968年の反体制運動時のよう」と言われた。そして9月4日、検察庁は不起訴を決め、映画は予定通り上映されることになった。スコセッシ監督と出演者たちも晴れてリド島に上陸したが、島は尋常ではない数の警官に守られ、空気はピリピリ。映画に反対ではなくても、この作品ばかりに関心が注がれることへの不満も、関係者の間にはあったようだ。上映の9月7日は、過激な行動を恐れて、厳戒態勢がしかれ、映画会場付近は大混乱となったが、「殴りこみをかける」と言っていたグループも姿を見せず、アクシデントなしの上映となった。そのころ、ヴェネツィアのサン・マルコ広場では、伝統主義的なカトリックのグループが、受難の聖金曜日に行われる「ヴィア・クルーチス」(十字架の道行き)の祈りを捧げていたことは、翌日の新聞で知った。まだ受賞作も決まっていなかったが、この上映が無事終わったところで、はや「映画祭は終わった」という雰囲気があった。

●好意的な拍手に包まれた上映後
私は夜の一般観客向けの上映を見たが、自分だけに聞こえる神の声に恐れを抱く、とても人間的なイエスの物語だった。マグダラのマリア(バーバラ・ハーシー)とイエスが幼なじみであったり、反ローマの活動分子であるユダ(ハーヴェイ・カイテル)が、ローマ兵の指示を受けて十字架を作っていた大工イエスを殺そうとして、結局いちばん近しい弟子になるというのも、聖書とは異なる。イエスとマグダラのマリアのセックスシーン、何人もの子供に囲まれて年老いていくイエスの姿、あるいは普通の家庭生活への誘惑があったことなど、厳格な信者には耐えられないことのかもしれないが、それも十字架上の最後の幻想のように描かれている。私のようなキリスト教の外の人間には、「人にして神」という、そのまま信じるしかない信仰のもとが、いったいどのようなことなのか、という大きな問いかけに真摯に取り組んだ作品に思えた。底知れぬ民衆パワーを感じさせる音楽もすばらしかった。

上映後、会場は好意的な拍手に包まれ、みな、「あの騒ぎはいったいなんだったのだろう」という思いを胸に外へ出た。家へ向かって歩いていると、背後からのっしのっしと大きな人物が歩いてくる気配。道行く人たちが「ブオナ・セーラ」と声をかける。ダリオ・フォーだった。「チャオ。みんな、見ましたか。よかったねえ」と大きな笑顔をふりまいて、フォーは去っていった。狂乱の論争の夏をほっと締めくくってもらったような気がした。

著者プロフィール
中山エツコ (Etsuko Nakayama)
東京都出身。ヴェネツィア在住。日本語を教えるかたわら、文芸翻訳に携わる。訳書にピエーロ・カンポレージ著『風景の誕生--イタリアの美しき里』(筑摩書房)、トンマーゾ・ランドルフィ著『月ノ石』(河出書房新社)、その他。
ヴェネツィア・ビエンナーレ情報

www.labiennale.org
■第12回ビエンーナーレ国際建築展 2010年8月29日-11月21日
日本人として初めて妹島和世さんが総合ディレクターに就任、テーマ "People Meet in Architecture" を公表した。初めての女性ディレクター、批評家・建築史家が続いた後の久しぶりの建築家ディレクターに期待が集まっている。
■第67回ヴェネツィア国際映画祭 2010年9月1日-9月11日
■展覧会「世界劇場」アルド・ロッシへのオマージュ 2010年2月10日-7月31日
演劇・建築ビエンナーレのプロジェクトとして1979年に造られたアルド・ロッシの水上に浮かぶ「世界劇場」をめぐる展示。サン・マルコ地区のビエンナーレ本部、カ・ジュスティニアンにて
"La Biennale di Venezia 1979-1980. Il Teatro del Mondo edificio singolare. Omaggio a Aldo Rossi" (Ca' Giustinian)

写真提供:Universal Pictures

ヴェネツィア・ビエンナーレ通信
アート・カルチャー・イタリア語 アルキーヴィオへ このページのTOPへ HOME PAGEへ

http://www.japanitalytravel.com
©  JAPANITALY.COM srl - MILANO 2000 All rights reserved.