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ヴェネツィア・ビエンナーレ通信
 
15 gennaio 2009
Notizie dalla Biennale di Venezia

第3回
映画祭の新会場
ヌオヴォ・パラッツォ・デル・チネマ







中山エツコ
何年も前から計画のあった新しい映画祭会場の建設がいよいよスタートする。文化財省のボンディ大臣、ヴェネト州のガラン知事、ヴェネツィア市のカッチャーリ市長の三人が、それぞれにレンガとモルタルと格闘してシンボリックな定礎式を行ったのは、第65回ヴェネツィア映画祭開催中の8月28日だった。現在では、地下を大いに利用することになるヌオヴォ(新)・パラッツォ・デル・チネマ建設の準備として、道の土中に埋まっているガス、電気、水道管などの整理が始まっている。
写真トップ:2008年第65回映画祭。ダンテ・フェッレッティによる、スクリーンから姿をあらわす獅子。

●1938年建築のイタリアの典型的モデニズム建築
1932年にヴェネツィア映画祭が始まった当時は、映画上映はリド島の海辺にあるホテル・エクスチェルシオルのテラスで行われていた。夜だけの上映会だった。映画祭の発展に伴い、そのための会場が必要になり、1937年から38年にかけてルイジ・クアリアータの設計によるパラッツォ・デル・チネマが建設される。シンプルなエントランス・ホールと映写室(現在、公式上映に使われているサーラ・グランデ)からなる、1930年代イタリアの典型的なモダニズム建築だが、現在ではその全容を見ることはできない。手狭になったため、1952年に同じくクアリアータによってその正面に新たなエントランス部分が増築されたからだ。

写真左:現在の様子。キャビンの並ぶリドの浜辺とパラッツォ・デル・チネマ、その右に旧カジノ。
左手後方に見えるのはテントづくりの臨時会場。
写真右:1938年建築のラパッツォ・デル・チネマ(写真 左、右 La Biennale di Venezia )

その後、映画祭への参加作品、コンペティション部門も増え、回顧展、コンヴェンションなど、映画祭の催し自体が多様化、また訪れる人も映画業界・マスコミの関係者から一般の観客まで、すべてが増えていくにつれて、会場のほうもさまざまな対応が工夫された。1952年には夜間上映用の屋外劇場(アレーナ)もつくられ、地元の映画ファンなど一般の観客でにぎわっていた。半円状に広がるセメントの階段にざっくばらんな椅子が並び、まわりを緑に囲まれたなかで、雨風にも耐えて映画を見つづけるのは、私にとってもなかなか楽しい経験だったが、1990年代に入って、地元のアレーナ・ファンに惜しまれつつ、屋根つきの上映会場パラ・ガリレオ(スポンサーだった眼鏡メーカーの名前から。現在のパラ・リド)に改造された。また、90年代の終わりには、隣りに建つ、やはり1930年代のカジノの建物も利用されるようになり、近くのラグビー・コートに大きなテント張りの臨時の会場も組み立てられるようになった。このように、近隣の設備を利用することでなんとか間に合わせてきたのだ。

写真左:1994年の第51回映画祭。ヨットの帆を思わせるセッティング。
写真右: 2008年第65回映画祭。ダンテ・フェッレッティによる、スクリーンから姿をあらわす獅子。

●ヴェネツイアのシンボル獅子でメッセージ発信
1952年に増築されたメイン会場の外観はやや素っ気ないものだが、映画祭開催期には正面部分に二、三年ごとに趣向を変えて飾り付けが施される。海の町らしくヨットの帆を思わせる布が風にはためくセッティングや、灯台や中世の塔を思い起させる木造の塔が建てられたり、と。ここ数年は、アカデミー賞美術賞受賞に二度も輝き、国際的に大活躍する美術監督ダンテ・フェッレッティによるセッティングが話題になった。2004年から2006年は、60頭もの翼をもつ獅子(ヴェネツィア、またヴェネツィア映画祭のシンボル)が居並び、夜間には獅子の立つ土台が赤いイルミネーションを放って印象的だった。そして2007年には、正面部分を覆う外壁を巨大な球体が打ち壊すというショッキングなインスタレーション。古い会場の終わりを告げるセンセーショナルな宣告だった。2008年には、正面を覆いつくす白いスクリーンを破って三頭の有翼の獅子が姿を見せ、歩み出るという、新しいパラッツォ・デル・チネマ建設に向けてのメッセージが打ち出された。

●イタリア国家統一150年事業の一環に
このヌオヴォ・パラッツォ・デル・チネマだが、すべてを壊してゼロから建設するわけではない。実は1938年建設のパラッツォは文化財に指定されており、壊すことができない。隣りの旧カジノの建物も同様(ちなみに、現在では市営カジノは本土とヴェネツィアで機能している)。この計画では、1952年の増築部分を取り除いて古いパラッツォの全貌を見せ、まわりの松の木々も残し、その東方に建てられる砂色のガラスのモザイクの新建築とあたりを一体化させて、地下に多くの設備を備えるというもの。巨大な屋内広場もつくられる。ジェノヴァの建築事務所「5+1AA」の設計によるもので、総工費7700万ユーロ。これによって、大規模な国際映画祭によりふさわしい機能を提供するとともに、現在ほとんど夏場の一時期しか使われていない設備を、年間を通じて市民が利用でき、文化的な催しの行われる場へと変貌させて、リド島の活性化も目指されている。

ヌオヴォ・パラッツォ・デル・チネマの完成は2011年。フィレンツェの新オーディトリウム、ペルージャの空港拡張、ローマの科学技術シティ建設などとともに、イタリアの国家統一150年を祝う一連の事業の一環だ。完成までの二年間は、建設工事と共存の映画祭となる。

著者プロフィール
中山エツコ (Etsuko Nakayama)
東京都出身。ヴェネツィア在住。日本語を教えるかたわら、文芸翻訳に携わる。訳書にピエーロ・カンポレージ著『風景の誕生--イタリアの美しき里』(筑摩書房)、トンマーゾ・ランドルフィ著『月ノ石』(河出書房新社)、その他。
ヴェネツィア・ビエンナーレ情報

www.labiennale.org
-第52回国際現代音楽祭が2008年10月2日から18日まで行われた。
-国際演劇ワークショップが2008年10月27日から11月29日まで行われた。
-第40回国際演劇祭が2009年2月20日から3月8日まで開催される。

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