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海と風の町 トリエステに生きる
15 Settembre 2019

第5回 
歴史のモザイク 「サン・ジュスト聖堂」 



 
原田光嗣



●町を見下ろす丘の上の聖堂
カトリックの本拠地であるイタリアの町にしては珍しく、トリエステの中央広場であるイタリア統一広場には教会も大聖堂もありません。町の守護聖人である「聖ジュスト San Giusto」を祭る聖堂 (Basilica di San Giusto)は、広場のすぐ後ろから始まるサン・ジュストの丘の頂上にあります。トリエステの歴史の変遷を見守り続けたこの聖堂は、町の人々の心の拠り所であり続けています。 

写真トップ:@サン・ジュスト聖堂全景

●トリエステの守護聖人「聖ジュスト」とは?
彼は3世紀にローマ統治下のトリエステに生きたキリスト教徒で、紀元303年にローマの神への改宗を拒んだ罪でトリエステ湾にて溺死の刑に処せられました。重りを括り付けられていたはずの彼の遺骸は奇跡的に浜へ流れつき、その聖遺物は幾度かの変遷を経て、現在ではサン・ジュスト聖堂に収められています。

写真上:A見事なバラ窓の脇には、ナポレオン軍占領時代の砲弾が残る

●古代ローマから続く建築の再利用
正面からこの聖堂を見ると、ずんぐりむっくりしたファサードや大きすぎる感のあるバラ窓、壁に埋まってしまっている鐘楼など、どこかアンバランスな印象を受けます。中に入ってみても、柱列は4列、奥のモザイクがある円天井が3か所と、整然としているとは言えません。それもそのはず、現在の姿はもともと平行に並んでいた二つの教会を14世紀に融合させたもので、更にその二つあった教会のうち一つは古代ローマ時代の建造物の跡地を再利用したものだったのです。そのような度重なる増改築の跡が、この大聖堂には残されているのです。

写真上:B正面より。右側が旧サン・ジュスト小教会、左側が旧聖母マリア教会

●旧サン・ジュスト小教会側
入り口から奥の主祭壇を見たとき、右側の2列の柱列に挟まれたスペースが、旧サン・ジュスト小教会だった部分です。こちらの最奥には、キリストを挟んでトリエステの守護聖人である聖ジュストと聖セルヴォロを描いた傑作モザイク(13世紀初頭)が残されています。キリストが悪魔の使いである蛇とバシリスクという怪物を踏みつけているのが、なんともユーモラスです。またモザイクの下のフレスコ画(1230年ごろ)には聖ジュストの殉教の様子が漫画のように描かれています。

写真上左:Cキリストとトリエステの守護聖人2人のモザイク    写真上右:D聖ジュストの殉教を描いたフレスコ画  

●旧聖母マリア教会側
左側は、融合前は聖母マリアに捧げられた教会でした。奥のモザイクはこちらも傑作の「幼子キリストを抱く聖母マリアと大天使たち」、さらにその下には十二使徒が並んでいます。12世紀初頭の作と見られ、ラヴェンナなどアドリア海沿いのモザイクの流派のスタイルだそうです。

写真上:E旧聖母マリア教会の柱列。柱も古代ローマ建築の再利用なので、太さがまちまち
写真上:F聖母マリアと大天使、十二使徒のモザイク

この旧聖母マリア教会の以前には更に古い初期キリスト教の教会(5世紀ごろ)があったと見られ、その名残のモザイクが前方の床(現在の主祭壇の手前部分)に残されています。

写真上:G5世紀にあった初期キリスト教会のモザイク

●トリエステ市のシンボル「アラバルダ」の起源
この大聖堂にはまた、町の宝物が集められた宝物館が設置されています。旧聖母マリア教会の前方左側から続くスペースがそれで、17世紀にルブリャナで作られた鉄柵が見事です。その奥には各種の貴重な宝物が収められているのですが、最も重要なのは飾り棚の中央にある「アラバルダ(三又の槍)」でしょう。

写真上左:H宝物館の見事な金網    写真上右:I中央の三又の槍はトリエステ市のシンボル

お気づきかどうか、このアラバルダはトリエステ市の公式シンボルで、中央広場をはじめ様々な場所で見かけることができます。町にゆかりのあったキリスト教徒の兵士であった聖セルジョが使ったもので、彼が中東で殉死した際にこの槍が空から降って来たという伝説が残されています。

●鐘楼で古代ローマ時代の名残を
14世紀の二つの教会の融合、12、13世紀のモザイクやフレスコ画、5世紀の床のモザイクと歴史をさかのぼって来ましたが、隣接する鐘楼の中には、紀元1世紀の建造物の柱や壁が取り込まれています。少額の入場料を払って鐘楼を上ると、途中に「グリフォンに餌を与える少年」を題材とした壁飾りを見ることができます。

写真上左:J鐘楼の中に見られるローマ時代の柱 写真上右:Kグリフォンに餌を与える少年の石板(紀元1世紀)

このように元々あった建物や建材を利用しつつ増改築を繰り返してきたサン・ジュスト聖堂は、複雑な歴史を辿ったトリエステを象徴するに相応しい場所に思えます。中心街からは須賀敦子さんのエッセイで有名な「トリエステの坂道」を歩いて上るか、ミニバス24番で到着できますので、お見逃しなく!

写真上:L鐘楼の上から、古代ローマ時代の町の中心地を望む


海と風の町 トリエステに生きる案内人プロフィール
原田光嗣 (Harada Mitsugu)

イタリア、トリエステ在住。コントラバス奏者、通訳・翻訳家、日本語教師。2006年に渡伊、イタリアをはじめアムステルダム、サンクトペテルブルク、ウィーンなどヨーロッパの主要都市にて演奏、CD録音にも多数参加。CILS Quattro(C2)取得。スタジオ・ジブリの映画や村上春樹に関する講演歴あり。趣味は読書。村上春樹、カルヴィーノ、ピランデルロ、いしいしんじあたりが好きです。ブログ「コントリ!」
ブログ「コントリ!」:contrinew.exblog.jp




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