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2006年冬期五輪が開催されることでその名を聞く頻度が日々増して来ているのがトリノだ。以前はトリノ=フィアット=工業都市というイメージが強かったが、近年はアーティストによる市内ライトアップはじめ現代美術都市として新たな側面を打ち出してもいる。というのもチョコレート、美味しいピエモンテ料理、ワインと魅力は色々とあるのだが、街の規模の割には旅行者の数が極端に少なく、観光とは無縁の都市だったのだ。
数年前から始まった本格的な改装はもちろんトリノ冬期五輪に向けてのお色直しで、街の中心であるサン・カルロ広場は2005年1月現在、大規模地下駐車場を作る工事が行われているし、サヴォイア家の居城だった王宮の正門も改装中。街の人に聞くとどれも2005年中には終了する予定だと言うが、アテネの例を見ているだけに果たしてきちんと終わるのかどうかこの時点では誰も分からない。それでも町中に翻る冬期五輪の青い旗や、五輪グッズをみかけると準備は着々と進んでいるのを肌で感じることができる。スケート会場となるパラギアッチョでは2005年冬にはプレ五輪ともいえるヨーロッパ選手権が開催されており、寒風吹きすさぶ前売券売場には長蛇の列が。イタリアでのウインタースポーツ人気の高さをうかがわせる熱気振りはすでに来年の盛り上がりを垣間見ているようで、そんな光景を眺めているこちらまで楽しく楽しくなってくる。
さて、そんな五輪ムードがそこはかとなく漂う2005年の1月のある日、一昨年に続いてトリノからモンブランを見に行く2度目の列車の旅に出かけた。旅の出発駅はいつものトリノ・ポルタ・ヌオーヴァ駅。まだ日がのぼりきっていない薄暗いホームにはすでに8時37分発アオスタ行のレジョナーレが寒さにこごえながら出発を待っていた。
この朝は最低気温氷点下3度。車窓から眺めるポー川は川面が凍り付き、葉をすっかり落とした木々には樹氷がきらり。真っ白に輝く白銀の世界をぼんやり眺めていると列車はトリノ・ポルタ・スーザ駅、キヴァッソ、イヴレアと通過する度に「当列車は定刻通りに運行しております」と誇らし気なアナウンス。概して南よりも北イタリアのほうが運行が正確なのはこんなところからも伺える。
アオスタ渓谷に沿って流れるドラ・バルテア川を見ながらサン・ヴァンサン、シャティヨンと停車。ヴァッレ・ダオスタ州に入るとフランス語風の駅名が増えてくるが、こんなに山奥だというのに崖っぷちに立つ石造りの家の庭には葡萄の段々畑が。同行していたパリの写真家も「こんな山奥に住んでるのにやっぱりワインが飲みたいなんてさすがイタリア人」と不思議なことで感心している。
トリノを出てからちょうど2時間でアオスタ駅到着。標高583mの州都はローマ時代に起源が遡る古い街でBC25年のアウグストゥスの凱旋門が今も残っている。夏はアルピニスト、冬はスキーヤーでつねに賑わう山岳リゾートの本拠地であり、街のどこからでもアルプスが間近に見える。さらに各駅停車を乗継いで標高1004mのプレ・サン・ディディエールか、バスでクールマヨールまで行けばモンブランはすぐ目の前に迫ってくる。
アオスタ駅の南口から5分ほど歩いたところにピラ方面行きのロープウェイ発着地がある。1月はさすがにスキーヤーが多いが、2600m地点の山頂では360度全方位パノラマが楽しめ、モンブランはもちろんマッターホルンまでが一望できる。アオスタを離れるとロープウェイは一気に高度を上げてゆく。アオスタの街の背後にあらわれる3000m級の山々。約25分で終点のグリモッド着。パノラマポイントまではさらにリフトを乗継がなければ行けないが普段着の私がいけるのはここまで。しかし2200m地点の見晴らし台から眺めると右手には標高4478mのチェルヴィーノことマッターホルンがその頭をのぞかせており、左手には2度目の挑戦にしてようやくその雄姿を見れた4807mのモンブラン、イタリア名モンテビアンコが堂々とそびえていた。
とりあえずグラッパを垂らしたエスプレッソ、カフェ・コレットで一息つく。標高2000mのグラッパは冷えきった体をあたためるのに最適。コーヒーカップ片手に椅子にもたれながらいつまでも飽きずにモンブランを眺めていた。
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