作家須賀敦子さんの著書「トリエステの坂道」でその名を知られるようになったトリエステTrieste。しかし、通常の旅のルートからは離れた北東端の国境にあるため、日本からわざわざ訪れる人はまだ少ない。が、ヴェネツィアを拠点として何日か滞在するのであれば、そのうちの一日をトリエステ探訪に充てるのは悪くない選択だ。なんといっても国境の街、どことなくエキゾチックな響きがあって、旅心がくすぐられる。
空路でヴェネツィアに直接入るのでなければ、鉄道でミラノから、あるいはフィレンツェから向かう。ユーロスター(ES)もしくはインテルシティ(IC)かインテルレジョナーレ(IR)でいずれの街からも3時間前後でヴェネツィア・サンタ・ルチアVenezia
Santa Lucia駅に到着。ヴェネツィアに宿泊しないならサンタ・ルチア駅まで行かず、手前のヴェネツィア・メストレVenezia
Mestre駅でトリエステ方面行きに乗り換える。例えば12:01サンタ・ルチア発(12:11メストレに着く)レジョナーレ(R)に乗ると、14:05、約二時間後にはトリエステ・チェントラーレに着く。短か過ぎず長過ぎない手頃な電車旅である。
メストレを出ると、電車はなだらかな平原を走り続ける。やや内陸なので海は見えないが、途中アドリア海に注ぐ川をいくつか越えてヴェネト州から北東端の州フリウリ・ヴェネツィア・ジューリアへ入って行く。この州はサン・ダニエーレの生ハムやゴリツィア周辺の白ワインで有名だが、それ以外はこれといって特にない。通勤列車ではない車内はいつも空いていて、延々と続く長閑な田舎景色を眺めながらお弁当を広げようが歌を歌おうが全く自由、まことにのんびりとした雰囲気である。到着前20分、モンファルコーネを過ぎた辺りから進行方向右手の車窓に海が見えてくる。夏には隠れた避暑リゾートとして賑わうトリエステ湾の風景だ。
トリエステが近づいてくると、停車駅で乗り降りする人々の顔立ちが変わってきていることに気付く。ドイツ風というかオーストリア風というか、髪の色が薄く眼穿が落ち窪んでいる。服装もどことなく野暮ったい。うーん、エキゾチックだ。トリエステはヴェネツィア共和国の脅威から逃れるために14世紀末にオーストリア公の庇護下に入って以来ずっとオーストリアの貿易港としての歴史を歩んできた。特に、あのフランス王妃マリーアントワネットの母、マリア・テレジアの時代に今のトリエステの原形が出来上がったという。イタリアへの正式復帰は戦後1954年とごく最近であり、歴史的にも街の造りとしてもイタリアというよりオーストリアの最南西の衛星都市といったほうが正しい街なのだ。
トリエステ中央駅前には車通りの結構激しいロータリー広場がある。それを越えた辺り一帯は、ホテルや安売りの洋服屋が並ぶ界隈、大した趣はないが、街の中心街にホテルが少ないため、旅行者はたいていこの辺で宿をとることになる。碁盤目の町並みはいかにも比較的新しい部分という感じがする。ボートが並ぶ運河を渡って辿り着いた街の中心はポルト・ドガナーレPorto
Doganaleに面したウニタ・ディタリア広場Piazza Unita' d'Italia。市庁舎、政庁舎、保険会社ロイドの館、街随一のクラシック四つ星ホテル、ドゥキ・ダオスタDochi
d'Aostaなどが華麗なファサードを競っている。その軽やかな美しさにはイタリアの匂いはない。きっとウィーン風なのだろう。
食事もトリエステは独特だ。街中にはブッフェと書かれた看板をよく目にする。ソーセージやタンやすね肉をじっくりとゆでたボリートを食べさせる店だ。クリーミーなマスタード、ホースラディッシュなどを好みでつけて食べる。基本的には立ち食いだが、もちろんテーブルについて食べてもいい。マルベックというフルーティな赤ワインもしくはビールがこのゆで肉盛り合わせによく合う。食事の合間に甘いものが欲しければ、パスティッチェリアでオーストリア風の菓子をチェック。ドライフルーツを巻き込んだイースト発酵の菓子パン、グバーナやとぐろを巻いたへびのような形のさっくりした焼き菓子プレスニツなど、ネーミングもどこか異国的で「遠くへ来たなぁ」と思わせる。
北の果ての刹那的で中世ヨーロッパ末期の退廃の匂いが漂うトリエステ、ただいま街を揚げての復興活動が盛んだというが、妙な現代建築などがその雰囲気を壊さなければいいけれどと願わずにはいられない。