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小都市を訪ねる旅 かかとの先まで〜プーリア発見の旅
15 Ottobre 2003
 



第5回
ロマネスクの聖堂とフェデリーコ二世の城; バルレッタ Barletta を起点に  




 


小森谷 慶子
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ロマネスクの聖堂サン・ニコラで名高いバーリ、愛らしい農民家屋トゥルリと白い町で知られるイトゥリア地方、ローマ遺跡とバロック建築のレッチェ、古代都市ターラントとブリンディシを一巡して、私たちの足は北へ向かいます。実際の旅ではおそらく、サッシの町マテーラを経由するところでしょうが、 これはバジリカータ州ですので、また別の機会にお話しすることにいたしましょう。

アドリア海に面したプーリアの港町は、中世に盛んであったイェルサレムへの巡礼にとって、また十字軍の騎士たちにとって、オリエントへの玄関口でした。
特にノルマン人の支配下では、バーリのみならず、多くの都市が栄え、競うようにして諸聖人の聖遺物を手に入れ、壮麗なロマネスクの聖堂を建立しました。

バーリの回でもお話ししたロマネスクの大きな聖堂は今でこそがらんとした印象を受けますが、中世の人々はそれこそ鈴なりになって聖堂に押し寄せ、行列をなしてクリプタの聖遺物を拝み、再び行列をなして出ていったのです。
建築装飾には、オリエントに近いこともあり、ペルシアの織物にあるような唐草や空想上の動物が用いられました。
これらの聖堂を訪れるには、バルレッタという町を起点にしてはいかがでしょう。私たちの耳にはなじみのないこの町は、実はリソルジメント期のイタリアにおいて「決闘 La Disfida di Barletta」によって一躍有名になりました。

イタリアの領有をめぐってフランスとスペインがしのぎを削っていた頃、この町に滞留していたフランス騎士に馬鹿にされたイタリア騎士が彼らに決闘をいどみ、1503年2月13日、郊外の野原でついに打ちまかして凱旋したという出来事がありました。13人のイタリア騎士は、カプアやシチリア、ローマ、ナポリ、フォルリ、パルマなど、各地出身の混成団でしたが、協力して屈強なフランス騎士13人に勝利をおさめたのでした。イタリア統一運動には、この出来事を蒸し返してイタリア人に団結と協力を訴えようという動きがあり、小説や芸術の題材となりました。今年はまさにその500年記念にあたり、町では様々な催しが企画されています。

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ともあれ、決闘事件があろうとなかろうと、この町はひじょうに立派なフェデリーコ二世の城によって有名です。彼は、イェルサレムに出陣(戦争はせずに無血開城させた)する前にここで遺言を発表したのです。伝統的な四角いプランの大きな城は今では、地元出身の印象派の画家デ・ニッティスらの美術館になっています。すぐ近くには、フランス風に後陣が周歩廊式になっているロマネスク+フレンチ・ゴシック様式のカテドラルなどもあります。町もきれいだし、食事もおいしいし、ここに宿をとれば、日帰りできる周辺の見どころがたくさんあります。

まずは、フェデリーコ二世の権化、プーリアのシンボルとも言うべき八角形の城カステル・デル・モンテ Castel del Monte です。ここへはアンドリア Andriaという町まで電車で行き、バスかタクシーをさがします。タクシーは警察に紹介してもらい、往復の値段を決めてから最後に支払いましょう(たぶん4000円か30ユーロくらい)。これについては、拙著「ナポリと南イタリアを歩く」に詳述しているのでご参照下さい。なお、アンドリアのカテドラルにはフェデリーコ二世の正妻二人が葬られています。

もう一つ、見のがせないのが隣町トラーニ Trani の海辺に建つカテドラルです。
ローマに至ることができず、身ぐるみはがれてこの浜辺で息たえたいたいけな美少年巡礼ニコラに捧げられた聖堂で、クリプタには彼のマネキン人形もあります。天気の良い日の夕方に訪れると石材が夕陽に黄色く映え、海の色との対比が最高です。また、電車 Ferrotramviaria線に乗ってアンドリアよりさらに行けば、大きな切り妻屋根が独特のロマネスクのカテドラルと、「タロスの壷」(タロスはクレタ島を護衛していた青銅人であったが、アルゴー号の冒険者であった双子神に殺される)で知られるヤッタ博物館 Museo Nazionale "Jatta"のあるルーヴォ・ディ・プーリア Ruvo di Puglia にも行けます。ルーヴォは古代の宿場町ルービで、カテドラルの地下には遺跡が発掘されており、見学も可能です。この町はちょうどバーリとバルレッタの中間地点にあたり、古代のミヌキア街道=帝政期のトライアーナ街道が通過していました。ヤッタ博物館の壷類を見ると、当時の町の豊かさが想像できるでしょう。

さらに、古代史のファンなら、バルレッタから Spinazzola 行きの国鉄に乗って「カンネの戦場 Canne della Battaglia」を訪れるとよいでしょう。5万強のカルタゴ軍が8万強のローマ軍を大破した舞台は、今ではのどかなぶどう畑です。
この辺ではやはり、食事は例の「プーリア式おまかせ前菜オンパレード」を、地元の赤ワイン、カステル・デル・モンテや、古代種のアリアニコなどでお試し下さい。



観光のデータ;  
 DATA DI BARLETTA

■バルレッタへのアクセス; バーリから国鉄で1時間弱。
バルレッタの観光局; Corso Garibaldi 208, Tel.0833-331331/337304
アンドリアの観光局; P.za Catuma, Tel. 0833-290293
トラーニの観光局; P.za Trieste 10, Palazzo Palmieri,
Tel.0833-588830
*バルレッタのホテル; Royal, Via De Nittis 13, Tel.0833-531139 この他にも 色々あります。
*トラーニへのアクセス; 国鉄にてバルレッタより約10分。
*ルーヴォのレストラン; Hostaria Pomponio, Vico Pomponio 3,
Tel.080-829970 日曜休み、ここでは豆パスタ Pasta con legumi を試してみて下さい。


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著者プロフィール

小森谷慶子(こもりや けいこ)
東京女子大学文理学部史学科卒。特に南イタリアを対象とするイタリア史研究家。著書に『魅惑のローマ』(グラフィック社)、『シチリアへ行きたい』(新潮社とんぼの本、1998年に国際ジャーナリズム賞審査員特別賞を受賞)、『ローマ古代散歩』、『ナポリと南イタリアを歩く』(いずれも新潮社とんぼの本)。今春には『シチリア歴史紀行』(白水社)を出版された。ご主人で建築家の小森谷賢二氏が写真を担当。




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