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  エッセイ  ”フオーリ・ジョーコ”  FUORI GIOCO
15 marzo 2005 
その16 サッカーと旅
新谷 智子

3月・4月の試合スケジュール              






イタリアは寒波の影響で寒い日が続いていましたが、やっとお日様が戻ってきました。今年は中南部で雪がよく降っているようですが、ミラノでも数日雪が降りました。日本の地中海(?)瀬戸内育ちの私は寒さに弱いので、気温が下がるとたちまち熱を出してしまいます。先週も高熱で3日間寝込み、抗生剤を飲みながらレッチェに向かいました。みなさんも風邪などひかないようにご用心くださいませ。

さてこの時期、卒業旅行と見られる日本人の若い人たちの姿をよく見かけますね。私も何年も前に同じようにイタリアを旅行していたな・・・とちょっと懐かしく思ったり。そこで今回は、「サッカーに遠征旅行はつき物」という無理やりな理由をつけて、私の旅に関するエピソードなどお話ししようかなと思います。

私が、初めてヨーロッパを旅したのは、1988年の夏。短期語学留学を含む、約1ヶ月の一人旅でした。行き先は、イギリスとイタリア。ロンドンで2週間ホームステイをしながら語学学校に通い、1週間のイギリス周遊の後、イタリアに飛ぶという大筋以外、事前に決めたものはなく全て行き当たりばったりでした。初日のホテルも決めていなかったため、「聞くんじゃなかった・・・」と心配顔の母親をよそに、本人はワクワク。当時、ヨーロッパ間の航空券を日本で買うと、今なら日本−ヨーロッパの往復が出来るぐらいの値段がしたので、これも現地調達。ロンドンで購入した学生用の安いエアーチケットは、ロンドン(当時はマイナーだったガトウィック空港)→ナポリ。もともと、ペンパルのマリアロザリアが住むナポリ(近郊)が目的地だったので、その方が好都合でした。でも・・・飛行機が4時間遅れて真夜中にナポリに着くというハプニングは予定外。マリアロザリアは一家揃って、ナポリから電車で2時間のサプリという町にバカンスに行っていて、私もそこまで自力で行くという予定でした。これ自体、すでにドキドキなのに、夜中の12時に、しかもナポリに到着するなんて・・・完全にパニックです。結局、彼女のお兄さん一家がサプリからナポリに戻って、空港まで私を迎えに来てくれたので問題は解決しました

ここでは書ききれないほど色々なハプニングもありながらも良い思い出となった旅の途中で、私が実感したのは、「案ずるより産むが易し」。周りからは怖いもの知らずのように思われがちな私ですが、実は内心小心者。ホームステイが終ってイギリス周遊するときも、サプリからフィレンツェに行くときも、一人旅に尻込みして行くのをやめようかと思ったのですが、周りの人に言ってしまったがために実行せざるを得ない状況に。でも、エイっと飛び出してしまうと意外と何とかなるものだなと実感。結局、命とパスポートと、とられても困らないだけのお金、帰りの航空券、あとはコンタクトレンズ。これだけあればどうにかなるもんだと悟りました。
コミュニケーションもそう。言葉が違っても人間の基本的な感情はかわりません。言葉が通じるかどうかを心配する前に、自分から心をひらくことで、自然と気持ちが伝わるものだということも実際の経験から学びました。ちなみに当時の私はイタリア語を勉強し始めたばかり。いまや母校にもイタリア語学科ができたそうですが、当時は英米科の第2外国語のコースとして存在するのみ。仕方なく、似ているという理由だけでスペイン語を専攻。(入学願書に動機を書く際、どうしても「スペイン語が好き」という一文が書けなくて、放課後居残りしたエピソードも(笑))3回生から第3外国語としてイタリア語をスタートしたので、まだイタリア語歴4ヶ月の状態でしたが、ホテルの予約や電車の切符を買ったりできる実用的なフレーズを丸暗記して実践したりしていました。
マリアロザリアの姪っ子、アデレ・ステッラ(当時は1歳半。今は・・・18歳!)も私にとっては立派な先生。口におしゃぶりをくわえたまま、片手を腰に当て、もう一方の手の人差し指を振りながら、大人のようなジェスチャーで「アックア(水)」とか「メランザーナ(なすび)」とか主に食べ物の名前を教えてくれました。

この時の旅で、「やっぱりイタリアが好き」と確信した私は、やはり卒業旅行もイタリアに。日本を出発して、前回同様、イギリス2週間、スペイン&ポルトガルを周ったところまでは連れがいたのですが、やむをえない事情で彼が帰国してしまったので、またまたイタリアは一人旅となってしまいました。このときは、他の一人旅仲間を見つけて、一緒に町を回ったり、電車の旅をともにしたり。特に食事は、「みんな一人で食べたくないハズ」という勝手な解釈で積極的に声をかけました(笑)。ジェノバにサッカーを見に来たというサッカー部員9人と一緒に食べたご飯はおいしかったですね。

そして、サッカー取材の仕事をするようになってから、試合のために色々なところへ行きました。イタリアも北から南まで、これだけ縦に長いと、町並み、言葉や料理なども違ってきます。今季は特に南に行くことが多いので、気候や習慣の違いなどを痛感しています。
タクシー、電車に関しては、本が書けるほど色々なエピソードもあり、今度これについては別にお話ししますね。

チャンピオンズリーグやUEFAカップといった欧州カップ戦に参加するチームに日本人選手がいると、イタリアだけでなく、ヨーロッパの国に行くこともあります。私の場合はあまりイタリア国外に行くチャンスがなかったのですが、それでも中田選手がローマやパルマにいた時には数回、遠征ツアーに参加しました。
このような遠征ツアーは、チームが移動するチャーター便に便乗する形でオーガナイズされます。(チャーター便の料金を記者やサポーターが負担するというメリットがあるからでしょう。)パルマの場合は、出発する前に空港で監督会見をして(一度は揺れる飛行機の中で会見をしたことも・・・)、到着後に練習と相手チームの監督の会見取材。到着後は、チーム、取材陣、サポーターはそれぞれ分かれて行動します。当然、移動のバスやホテルも別々。サポーターといっても、このツアーに参加する人たちはチーム関係者の知り合いとかサポータークラブをまとめるおじさんとか結構年齢層の高い人が多いですね。到着日の夕食か、翌日の昼食をチームが招待してくれることがあるので、実質1食付。その他の食事は自分たちで勝手にするのですが、イタリア人記者たちと一緒だと、なぜか行きたがるのはイタリアン。試合の日の午前中には観光ツアーが組まれることもあり、記者たちも一時的に観光客に変身。ウクライナのドネツクに行ったときは、ウクライナでの監督経験のあるスカラ氏が同行していたので、パルマの対戦相手ではない方のチーム、シャフタル・ドネツク(同氏はこのチームをリーグ優勝に導いた人)の施設を見学することに。チェルシーのオーナー、アブラモビッチ氏同様、石油で成功したという会長が投資するその施設はまるで高級ホテルの様でした。
オーストリアに行ったときは、アウシュビッツの次に残酷だったというナチスのユダヤ人収容所跡を見学に行きましたが、そこには選手たちも来ていました。サッカーだけではなく、人間としての成長にも関与したいというチームの方針で、選手たちにこういう見学をさせることはイタリアでは少なくありません。

その他、印象に残っている遠征ツアーは、パルマとユベントスが戦ったイタリアン・スーパーカップ(リーグ優勝のチームとイタリア杯優勝チームが戦うイタリアNO.1を決定する試合)で行ったリビアのトリポリ。リビアの最高指導者カダフィ大佐の息子はユベントスの株主で、自身も(当時)セリエAでプレーするなどイタリアサッカーとは強いパイプがあり、そんなわけでリビア側の熱烈ラブコールに答える形でこの試合がリビアで行われました。リビアが用意した飛行機が6時間遅れ、一時は延期のニュースも流れるというハプニングもありましたが、普通なら行けない国に行けたのは貴重な経験でした。スタジアムで関係者に配られたカダフィ大佐の顔写真付き腕時計(!)は、貴重なお土産として父親に進呈しました(笑)。

さて、今回は全くサッカーの話がないじゃないとお怒りの方がいらっしゃってはいけませんから、最後に少しセリエAの状況を。
順位の方は、トップは相変わらずユベントスとミランの1対1が続いています。そして、サンプドリア(3位)とパレルモ(5位)は、今まで謙虚に「ヨーロッパ(のカップ戦)?とんでもない〜」なんて言っていましたが、ここまでくると堂々と「狙いますよ〜」と宣言し始めています。セリエAも残すところ11試合。残留ゾーンがヒートアップしてきています。開幕後しばらくはあんなに調子の良かったメッシーナも、今では降格ラインから3番目の位置に。ムッティ監督はもともと「この位置がメッシーナのいるべきポジション」と地に足の着いた発言をしていましたが、それでも最近は内心穏やかではない様子がうかがえます。こうなると柳沢選手の起用が難しくなってくるのですが、残留が決まるまでは仕方ないかもしれませんね。
中田選手もまたポジションを得られず難しい状況にあるようです。今の時期、唯一試合に安定して出ているのはレッジーナの中村選手だけですね。中田選手、柳沢選手の活躍を一目見ようとイタリア旅行を計画された方にはちょっと気の毒ですが、それだけ厳しいリーグ戦に彼らが挑戦していると理解して応援しましょうね。
それでは、みなさん、風邪を引かないようにきをつけて!
また来月。




■3月・4月の試合スケジュール


○3月16日(水) イタリア杯
17:30〜 フィオレンティーナ−ローマ

○3月19日(土) <第29節>
20:30〜 ユベントス−レッジーナ

○3月20日(日) <第29節>
15:00〜 インテル−フィオレンティーナ
15:00〜 メッシーナ−ボローニャ

*3月27日(日)の週はセリエA休み

○4月3日(日) <第30節> 15:00〜 *TV放送のため前後する可能性あり
フィオレンティーナ−ユベントス
レッジーナ−パルマ
パレルモ−メッシーナ

○4月10日(日) <第31節> 15:00〜 *TV放送のため前後する可能性あり
リボルノ−フィオレンティーナ
ローマ−レッジーナ
メッシーナ−ウディネーゼ


 
著者プロフィール
新谷智子(しんたにともこ)

1967年広島県呉市生まれ。17歳でイタリアに憧れるも、普通に日本の大学へ進学。
大学でイタリア語を第3外国語としてかじった後、インテリア雑貨輸入、販売の会社に就職。 2年目に、イタリア語研修のご褒美をいただきヴォルテッラ(トスカーナ)で4ヶ月ホームステイ。 96年末に退社するまで、イタリアからの伝統工芸品の輸入に携わる(その間にも約1年、イタリアに自費留学)。
98年イタリア語復習の目的でペルージャに再留学。そこで、サッカーに関わる今の仕事と出会う。 まったくのサッカー音痴が、優秀な記者の指導の下、共同通信社の現地特別通信員としての経験を開始。 昨年のW杯では、仙台にてイタリア代表チームの合宿を密着取材。 今年6年目、いまだ中田選手を追う日々は続いている・・・    



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