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  エッセイ  ”フオーリ・ジョーコ”  FUORI GIOCO
15 giugno 2004 
その8. 2003−04シーズンを振り返って(2)  
新谷 智子
                        





5月16日にセリエAが終了してから、約2週間が経ちました。今年は、6月12日からポルトガルで行われる欧州選手権や、アテネ五輪など、国際イベントが目白押し。それゆえ、セリエAで活躍する選手たちも、バカンスは後回しにして、各国の代表チームで精進中です。

さて今月は、先月にお話しできなかった日本人選手たちのことも含めて今シーズンを振り返ってみようと思います。その前に、先月お知らせできなかったセリエAの最終順位を。

1位 ミラン :スクデット獲得。チャンピオンズリーグ出場(予選免除)
2位 ローマ :チャンピオンズリーグ出場(予選免除)
3位 ユベントス :チャンピオンズリーグ出場(予選から)
4位 インテル :チャンピオンズリーグ出場(予選から)
5位 パルマ :UEFAカップ出場
6位 ラツィオ :UEFAカップ出場
7位 ウディネーゼ :UEFAカップ出場
8位 サンプドリア
9位 キエボ
10位 レッチェ
11位 ブレッシャ
12位 ボローニャ
13位 シエナ
13位 レッジーナ
15位 ペルージャ :セリエBの6位とプレイオフ。勝てば来期もセリエAに残れます。
16位 モデナ :セリエBに降格
16位 エンポリ :セリエBに降格
18位 アンコーナ :セリエBに降格

結局、チャンピオンズリーグの枠に入れたのは、インテル。残留をかけて意地でも譲れないはずだったエンポリにアウェーで勝ったインテルが4位に収まりました。惜しかったのはパルマ。今年注目の新星FWのジラルディーノが4ゴール(!)を決め、チャンピオンズリーグへの執念を見せたのですが、勝ち点1点差でインテルに追いつけませんでした。しかし、この4ゴールを加えたトータル23ゴールで、ジラルディーノは得点王ランキングの2位に。1位のシェフチェンコ(ミラン)にわずか1ゴール差という好成績で、話題の人となりました。また、話しがそれてしまうのですが、この人、今シーズンの初め(昨年の12月まで)は、レギュラーポジションがとれなかったことを考えると、そのゴール数は相当なもの。しかし、クラブチームでは試合に出る機会がなかった12月以前も、U-21代表チームで、ウェールズを相手に4ゴール(この試合イタリアの8ゴール中、半分がジラルディーノ)を決め、注目を集めました。きっとオリンピックの期間中も、彼が中心になるのは間違いなし。しかも、なかなかハンサムですよ〜。みなさんも応援してあげてくださいね。(結局、これが言いたかったのです・・・)

さてもう少し、総まとめ。結局、驚きのプレイオフは・・・なんとペルージャ。しぶとい。最終戦の対戦カードはラッキーだったかもしれませんが、最終戦だけでモデナとエンポリを追い越したわけではありません。昨年の夏に、インタートト杯からはじめたペルージャは、夏の休息も、合宿も十分にとらないまま、長いシーズンを戦うことになりました。しかも、インタートト杯も勝ち抜いてしまったがために、それにみあう組織力もないまま、UEFAカップの試合もこなさなければならないことになり、結果、そのしわ寄せがリーグ戦の結果に出たという感じです。絶望的なリーグ前半戦を終え、冬の移籍市場で活発に選手を集めたペルージャは、少しづつ回復してきましたがやはり前半戦の失敗は痛かった。そんなわけで、このプレイオフでも彼らにとっては最高の結果だし、私的にも、彼らがこのチャンスを手にできて良かったと思ってます。しかし、このプレイオフ、セリエBの最終戦を待たなければならないため、ペルージャは、6/16までバカンスにいくことも許されず・・・本当に長い長いシーズンになってしまったと思っていることでしょう。

最後の締めくくりは、バッジョ、シニョーリ、ベナリーボというビッグなベテラン選手たちの引退。5月16日に、彼らはイタリアでのキャリアを終えました。彼らは、90年代イタリア代表の中心として活躍した選手たち。30歳を数年も超えた彼らは、当然、故障も多く、若い選手たちのようには走れませんが、それでも、精神力や技、経験で試合を救ったり、監督を助けてチームをまとめたりその存在感は圧倒的なものでした。そういう選手たちがいなくなるのは寂しいですが、それに代わり、上記のジラルディーノたちの世代が活躍の兆候を見せています。世代交代の時期に来ているといった感じがしますね。

遅くなってごめんなさい。さあ、やっと本題です。今シーズンの日本人選手3人について。
昨年の7月に、セリエAに新しい日本人選手がやってきました。それは柳沢選手。フォーワードというポジションは、ゴール数が全てです。そういう意味で、柳沢選手のイタリアでのチャレンジは難しいという声がありました。しかも、サンプドリアには、他にバッザーニ、フラーキなどライバルとなるFWの選手も豊富でした。
開幕からしばらくは彼にとって、一番良い時期だったと言えるでしょう。スピードがあり、ちょこまか動くヤナは、サンプドリアにとって、試合の流れを変えたいときなどに投入する1つの武器でした。
彼にとって、流れが変わったのは、初先発となった対ミラン戦。先発デビューがミラン戦というのは、やはり緊張するものでしょう。結果、思うように力が出せず、前半だけの出場となりました。これが、彼にはこたえたのでしょうか。その後しばらく、遠めに見ても落ち込んでいる様子がわかる感じでした。ノベッリーノ監督も、「ヤナに元気だせっ!って言ってやってくれよ。」と言うほどに。イタリア人のように「すんでしまったもんは仕方な〜い」と割り切れないのが日本人。そして、彼にはもう1つの大きな壁が。ノベッリーノ監督がその後、最終戦まで何度も繰り返したように、言葉の壁が大きな障害になりました。この監督は、良い意味でも悪い意味でも、人間臭い、喜怒哀楽のはっきりした人です。直接言葉を交わして、柳沢という人間を知りたかったのでしょう。これができていたら、状況は違っていたでしょうね・・・
さらに、数年ぶりにセリエAに戻ってきたサンプドリアの野心も、リーグ戦が進んでいくにつれて膨らんできました。最初は、「早めに残留が決められれば・・・」なんて言っていましたが、良い成績を出して、勝ち点がたまっていくにつれ、最後はUEFAカップを目指すところまでに。そうすると、リーグ後半戦は、毎回が真剣勝負。間違えられない状況なので、フィジカル的に強くなく、守備が弱い日本人選手を使うリスクを監督は避けたい。こういうこともあって、柳沢選手の出場機会がほとんどないまま、彼のイタリアにおけるアドベンチャーは終了してしまいました。

中村選手の今シーズンも、幸せなものではなかったでしょう。ケガもあり、治療のために途中帰国することもありました。その時期に監督が交代したことで戦術的な変化もあり、さらに日本代表の試合のためリーグ戦をパスすることもあって、なかなか中村俊輔をアピールできる機会に恵まれませんでした。シーズンの途中で監督が交代するということは、順位表におけるポジションが危ないからで、途中からチームを任された監督は必死です。そんな状況では、先程も柳沢選手のところで述べたように、日本人選手を使うことがリスクになってしまうのです。(また寄り道になりますが、ここが中田選手の違うところです。中田選手は、相手にぶつかられても簡単に転ばないだけでなく、ぶつかって行って相手を倒すだけのフィジカルの強さがあります。)中村選手のフィジカルコンディションが良かった時期には、もうレッジーナは残留できるかどうかの瀬戸際で、全く余裕のない時期でした。中村選手のテクニックをどうして使わないのか?という声もありましたが、監督が間違えられない立場で、リスクを冒したくないと思うのは理解できます。最終的に、中村選手が先発フル出場できたのは、レッジーナが残留を決めた後、最終戦でした。レッジーナのフォーティ会長は、来季も引き続き中村選手がレッジーナに残るということを発表しました。途中でチームを任されたカモレーゼ監督は既にレッジーナを去りました。会長の言うとおり、中村選手が来季もレッジーナに残れば、セリエA3年目。次の監督がどうなるか、チームがどうなるかにもよりますが、中村俊輔の存在を確定する活躍を祈っています。

さて最後は、中田選手。彼にとっても、難しいシーズンだったでしょう。昨年からチームの指揮をとるプランデッリ監督のもと(また補足ですが、先週、プランデッリ監督はローマの監督になりました。)、パルマでレギュラーのポジションが得られなくなり、活躍の場を求めて、1月にボローニャに(レンタル)移籍しました。そのボローニャのマッツォーネ監督は、中田選手、ペルージャでの2年目の時の監督。中田選手のよき理解者といえる人で、昨年の1月にも、パルマで安定したポジションを得れない中田選手に、当時指揮をとっていたブレッシャに「いらっしゃい」とラブコールを送っていました。(またわき道にそれますが、対戦相手として試合で会う中田選手が、よくマッツォーネ監督のチームにゴールをしていたので、「ヒデのよさは俺が一番分かっている。それなのに、あいつは、俺に対していっつもゴールしやがって・・・」と冗談まじりに会見で言ってましたっけ・・・)そして、ボローニャで即期待に応えた中田選手とともに、一時期はかなり危なかったボローニャの順位も安定。比較的早めに残留を決めることもでき、マッツォーネ監督も、「1月に中田がきたことも(残留できたことの)大きな要因。」と評価していました。ところが、この功労の陰には、犠牲になるものがありました。このように中田選手が必要不可欠だったボローニャでは、体の不調を抑えてでも試合に出なければならない状態で、更にそこに日本代表の試合という任務が加わりました。しかも日本やシンガポールへの長旅。3月には、2週間で5試合を休みなくこなしましたが、無理がたたって、右足付け根に痛みを訴える結果に。それでも、ボローニャが残留を決めるまでは、彼は試合に出つづけました。しかし、この故障はなかなか深刻な状態で、治るにも時間がかかりそうです。そうした理由で、現在、中田選手は代表の国際親善マッチの参加も見合わせている状況です。そして、彼の体調さながら、気になるのは今後の行方。色々と移籍に関する声が飛び交っていますが、どうなることでしょうか。

来月、みなさんにどういうお話しができるのでしょうか?選手や監督の移籍が活発化するこの時期、どんな驚きがあるのかちょっと楽しみでもあります。ということで、また次回・・・

 


著者プロフィール
新谷智子(しんたにともこ)

1967年広島県呉市生まれ。17歳でイタリアに憧れるも、普通に日本の大学へ進学。
大学でイタリア語を第3外国語としてかじった後、インテリア雑貨輸入、販売の会社に就職。 2年目に、イタリア語研修のご褒美をいただきヴォルテッラ(トスカーナ)で4ヶ月ホームステイ。 96年末に退社するまで、イタリアからの伝統工芸品の輸入に携わる(その間にも約1年、イタリアに自費留学)。
98年イタリア語復習の目的でペルージャに再留学。そこで、サッカーに関わる今の仕事と出会う。 まったくのサッカー音痴が、優秀な記者の指導の下、共同通信社の現地特別通信員としての経験を開始。 昨年のW杯では、仙台にてイタリア代表チームの合宿を密着取材。 今年6年目、いまだ中田選手を追う日々は続いている・・・    



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