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シエナの小さな村(ボルゴ)めぐり

15 Giugno 2012


第5回 

丘の上にそびえる王冠  モンテリッジョー二   




 文と写真    吉川 雅子

フィレンツェからシエナ方面へむかう途中の高速道路からまたはワイナリーを訪れながらキャンティー地方からカッシア街道へとドライブを楽しんでいると突然、小高い丘の上をぐるっと囲む城壁が姿を現す。いくつもの塔と塔を繋ぐ厚い壁、しかしその内側の様子は外からは一切見えない。これには驚きと好奇心をそそられるのだが、それはまるで王冠のようにどっしりとしていて何世紀もの間、静かにこの地を見守りつづけてきた誇りのようなものさえ感じられる。ダンテは神曲(地獄編)のなかで、煙の立ちこめる地獄の恐ろしい大井戸を見た時、それはまるでモンテリッジョーニの城壁のようだったと綴っている。 

写真トップ@モンテリッジョー二の遠景 
写真上左Aモンテリッジョー二の周辺  写真上右Bモンテリッジョー二の街角

●中世当時の面影をほぼ完璧に残す村
中世の時代、人々は敵の侵略を防ぐため丘の上や山の中腹など見晴らしの良い場所に城や塔を建て街を築きそれを壁で囲い死守した。このエルサ渓谷一帯にもそんな小さな村Borgoが点在している。しかしこのモンテリッジョー二ほど中世当時の面影をほぼ完璧に今日まで残している村もめずらしいであろう。  

  写真左Cモンテリッジョー二の中心広場「ローマ広場」

毎年7月に開催されるLa festa medioevale(中世のお祭り)では、この地域で暮らす人々が中世の時代をイメージした衣服を身にまとって演劇を披露したり、大道芸人による楽しいパフォーマンスのほか、小さな村のあちこちにオレンジ色のランプを灯したメルカート、いくつかの野外レストランなどがもうけられ暑い真夏の夜を盛り上げる。大人から子どもまで十分に楽しむことができる一大イベントだ。城壁には松明が灯され標高274mに位置するモンテリッジョーニの村は輝く王冠のように幻想的に夜空に浮かび上がる。本当に中世の時代にタイムスリップしたかの様な気分になり一見の価値は十分にありそうだ。

写真上左Dロメア門  写真上中E小さな通り  写真上右Fサンジョバンニ門

●14本の塔と塔を卵型につないだ城壁
この街の歴史を語る時やはり中世の時代に溯るのであるが(このあたり一帯から紀元前のエトルゥルリア人の墓が見つかっていることは別として)シエナの北西部に位置するこのモンテリッジョー二はお隣の大敵、教皇派率いるフィレンツェが持する領土との境界ゾーンにあった。つまりこの村はシエナ人が13世紀初頭に築いた前哨地である。14本存在する四角形の塔にはすべてに見張り台が設けられており、高さ約20m幅2m程のどっしりとした城壁はぐるっと卵型に塔と塔をつなぎその長さは570mと本当に小さな村なのである。特にシエナとフィレンツェの戦いが激しかった1260年代から1270年頃にかけては頑丈に強化された。その後フィレンツェのものとなったことは言うまでもない。 

写真左Gローマ広場のレストラン  写真右Hお土産屋  

●二つの門と一つの広場
モンテリッジョーニの散策はとてもシンプル。入り口は2つのみでロメア門(Porta Romeaシエナ方面へ)とサンジョバンニ門(Porta San Giovanni フィレンツェ方面へ)が村のメインストリート(Via 1 Maggio)をつなぐ。村にたった一つのローマ広場(Piazza Roma)には1219年に建築されたロマネスク様式をもつ小さな教会(サンタ・マリア・アッスンタ教会)と古井戸があり静かでほのぼのとした雰囲気だ。こんな小さな村なのだが人気スポットであるため常に観光客の姿をみかける。広場にはバールやレストラン・小物を売るお店などもありゆっくりとカフェでもしながらのんびりとするのもよいだろう。現在は城壁に上り塔から塔へと歩いて渡ることができる。晴天なら素晴らしいエルサ渓谷の絶景を楽しむことができる。

写真上左Iモンテリッジョー二を遠くに臨む 

●足をのばして   アッバディア・ア・イゾラ
モンテッリッジョー二の村から北へまっすぐにのびる一本の道を2kmほどいくとアッバディア・ア・イゾラAbbadia a Isolaという小さなボルゴに到着します。このあたりは当時湿地帯であったことからボルゴの名(a Isola=島)の由来となりました。

写真左Jアッバディア・ア・イゾラの教会のアプシス  写真右Kアッバディア・ア・イゾラの広場


この小さな村はフランチジェナ街道via Francigena沿いに位置していたためオスピツィオとよばれる旅人や巡礼者達のための宿泊所や救護所があったと記されています。ローマからの巡礼者や商人たちがフィレンツェまたはヴォルテッラ方面へと抜けるためのとても大切な街道だったのです。やがて小さな集落の周りにこの近くのスタッジャStaggia という街で当時権力を放っていた貴族が1001年にシトー派の修道院を設立しました。しかし15世紀に入りシエナの勢力に衰えが出始めると修道士達はこの地を去ってしまいます。

写真左Lアッバディア・ア・イゾラの教会ファサード  写真右Mアッバディア・ア・イゾラの小路

壁をくり抜いた小さなアーチが村の入り口です。さあ中へと入っていきましょう。すぐ正面には11世紀から12世紀にかけて建てられたシンプルなロマネスク様式(ロンバルディ地方のスタイル) の3身廊式教会があり、内部にはシエナで活躍した画家達によるフレスコ画などが状態よく保管されています。柱頭に施されている人や花の模様などの形をした彫刻はこの教会がもつ歴史の古さを感じます。教会のエントランスは現在中央に1つだけですが当時2つ存在していたことが近年になってから発見され2つの小アーチ状の開口部と2連窓の跡をみてとる事ができます。教会の裏手へ回ってみましょう。大変美しい3つの半円形アプシスと平原の彼方にはモンテリッジョーニの街が小さく見え、夕刻にはとてもロマンチックな雰囲気につつまれます。

写真上Nアッバディア・ア・イゾラの趣のあるたたずまい 

著者プロフィール
吉川 雅子(Yoshikawa Masako)

大阪出身。クラブ活動だけに身をささげてきた学生時代、プロスポーツ選手としても活躍。また看護師として約10年間の病院勤務経験をもつ。
趣味であったイタリア旅行を 「イタリア暮らし」 というスタイルに変更しVenezia Bologna Firenze Napoliなど生活の場を転々とさせながら各地の食文化やカンパニズモについて学ぶ。現在はSiena在住。シエナの人々が愛するPalio(パリオ)の歴史の深さに感動し、またこの小さな街で大きく花開いたシエナ派ゴシック美術に魅了され本格的に勉強を開始。2012年からは県の公認ガイドとして新たな出発を切った。「イタリアを暮らすように旅する」 というコンセプトをもとにトスカーナ地方を中心とした旅コーディネーターとしても活躍する。
サイト: http://www.kurasutabi.com/



データ
Dati
モンテリッジョー二  Monteriggioni  (モンテリッジョー二  commune di Monteriggioni)

■モンテリッジョー二へのバスでのアクセス
モンテリッジョー二へはシエナのバスターミナル グラムシ広場より130番(San Gimignano行き)のバスで約25分。チケットは片道2.05ユーロ(2012年6月現在)。

■インフォメーション
7月のLa Festa Medievale (中世のお祭り)インフォメーションはこちら
http://www.monteriggionimedievale.com/it/credits.html(英語・伊語のみ)

Piazza Roma (ローマ広場)にツーリストインフォメーションセンターあり。 帰りのバスの時刻を確認しておくことをオススメします。  



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