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シエナの小さな村(ボルゴ)めぐり

15 Aprile 2012


第4回 

夢と理想の街 ピエンツァ 




 文と写真    吉川 雅子

新緑が美しい季節、南トスカーナの田園風景を楽しみながらローマへと続くカッシア街道を南下すること約1時間、サン・クイリコ・ディ・オルチャの街が右手に見えてきたらそれが目じるし。街道をはなれてさらに左方面へ進むと遠く丘の上にひろがるピエンツァの街が見えてきます

写真トップ@ピエンツァの風情ある路地裏   
写真上左Aピエンツァのメイン・ストリート「ロッセリーノ通り」 写真上右Bピエンツァの路地

●オルチャ峡谷を見下ろす調和のとれた街
広大なオルチャ渓谷を眼下に見下ろすピエンツァは 標高491m 人口約2000人。400mほどのメインストリートであるロッセリーノ通りCorso Rosselino が街の東西を結び、1時間もあれば1周できるくらいの小さな村です。しかしこの街を歩いてみると、思ったよりも広々としていて街全体に明るい印象のあることに気がつきます。これは偶然などではなく、計算して作り出された1つのトリック。遠近法が取り入れられた建築スタイルによる効果なのです。    

 写真左Cピエンツァの市庁舎、写真右Dピエンツァのカテドラル

これは15世紀末、この街出身であるローマ法王 ピオ2世が夢の理想郷をつくるため、当時教皇庁の建築顧問として活躍していた ロッセッリーノ に依頼し、調和のとれたルネッサンスの街を作り上げました。どこかホッとする落ち着いた雰囲気をもつこの街はシエナ県でも大変人気のあるスポットの1つ。街の中心広場(ピオ 2世広場)には一年中観光客の笑顔があふれています。第4回目となる小さな村のご紹介はこんなピエンツァの魅力と、この街を深く愛し街の名前の由来ともなったローマ教皇ピオ2世という人物がテーマです。                                                
●ふるさとに理想郷を実現させたローマ法王ピオ2世
さてピオ2世とはどんな人物だったのでしょうか。

人々が暮らしの中に理想を追求したルネッサンス時代、ふるさとに理想郷を実現させた人物がいました。
エネア・シルビオ・ピッコローミニ Enea Silvio Piccolomini、後にローマ教皇となったピオ2世です。裕福な家庭の子として1405年に誕生し幼少時代をシエナ共和国の小さな村コルシニャーノCorsignano(現在のピエンツァ)で過ごしました。大変優秀で人間味にあふれ広い教養を両親より与えられたピオ2世。シエナやフィレンツェの大学にて法律と文学を学んだ後教師を務め、また歴史家、詩人としても名声を高めていきます。その後神聖ローマ帝国で皇帝の側近に抜擢され外交家としてのキャリアをかさねながら、ローマ法王になるべく道を歩んでいきます。そして1458年夏、第210代ローマ教皇としてトップに上り詰めました。

写真左Eピッコロ−ミニ宮殿  写真右Fピッコロ−ミニ宮殿内部

しかし当時はオスマン帝国(イスラム)の勢力が大変強かった時代、1453年には東ローマ帝国が滅ぼされています。ピオ2世はキリスト教徒を奪還するため熱心に十字軍を提唱します。協力国の少ない中、1459年マントバでこの十字軍遠征にむけての最高議会が開かれることになりました。その旅路の立ち寄り休憩場所としてピオ2世は幼少時代を過ごしたコルシニャーノの村をえらびます。                             

●ピオ二世の回想録
ここにピオ2世自らが筆をとった回想録を1つご紹介します。

オルチャ川流域に小高い丘がある
その一角にあまり知られていないが
健やかな空気と上質のワイン、そして
おいしい食べ物いっぱいの村がある。

ピオ2世 回想録

久し振りに見る故郷の村は、荒れ果て退廃していました。ピオ2世は建築家と自らのアイデアを出し合いすぐに工事に着手します。道路と教会を残した建物のほとんどを取り壊し、市民の為に公営住宅を建設しました。また自らが滞在するピッコロ−ミニ宮殿を設け、各階のテラスから眺めるオルチャ渓谷やアミアータ山は言葉にならない美しさがあります。街の中心広場とそれに隣接する建築物には、巧みな遠近法をいかしたルネッサンス様式が取り入れられ、バランスと調和のとれた見事な理想郷をつくりあげました。オスマントルコの対応に追われる日々、政治の理想を果たせずにいたピオ2世は自らの故郷にその思いを馳せ実現させたのです。そして、教皇の名を残すべく、この小さなコルシニャーノの村は、ピエンツァと名づけられました。
そして今日もなお当時の美しさをそのままに訪れる人々を感動させてくれるピエンツアの街は、1996年12月ユネスコから世界遺産として認定を受けました。

写真上左Gピエンツァの花の市  写真上右Hチーズのお店  

●花やチーズのイベントが盛り沢山
春から夏にかけて、オルチヤ渓谷は最高の季節を迎えます。ピエンツアの街もイベントが盛りだくさん! 毎年5月には花の市が開かれ街の中心にあるピオ2世広場いっぱいに花の庭園が設置され大変かわいい暖かい雰囲気に包まれます。街をあるけばチーズのお店がたくさんあり、おいしそうないい香りが食欲をそそります。9月の第一日曜にはこの街の特産品であるペコリ−ノチ−ズ市が開催され、チ−ズ転がしなどのイベントで街は賑わいます。

●足をのばして  コルシニャーノの小さな教会
ピエンツァの街から徒歩10分、目の前に広がるオルチャ渓谷を楽しみながら via delle Fonti(泉の道) という通りをいくとコルシニャーノ(La Pieve di Corsignano)という現在もこの街のオリジナル名を残している小さな村に到着します。

写真左Iコルシニャーノにある8世紀に建てられた教会  写真右J同教会の扉の彫刻

唯一ある古い教会のそばには、今はもう使われなくなった小さな泉があり辺りは静寂な雰囲気につつまれています。初期ロマネスク様式をもつ8世紀頃に建築されたこの小さな教会内には、伝説によればピオ2世が洗礼を受けたとされる洗礼盤が保管されています。また教会正面扉のアーキトレーブと側面の扉には、ロマネスク時代によくある神秘的な形態の怪獣や人魚などの彫刻が施されています。


著者プロフィール
吉川 雅子(Yoshikawa Masako)

大阪出身。クラブ活動だけに身をささげてきた学生時代、プロスポーツ選手としても活躍。しかし幼い頃からの夢をあきらめきれず医療職をめざし、看護師として約10年間の病院勤務経験をもつ。趣味だったイタリア旅行。そしていつか暮らせたら・・とあこがれつづけた20代後半。でも一度きりの人生、悔いなく生きたい!出会った人たちから学んだこと。大好きな仕事に一旦終止符を打ち渡伊を決意。現在は旅コーディネータをする傍ら中世史を学ぶ。シエナには2009年より在住。
Email : kurasutabi@libero.it



データ
Dati
ピエンツァ Pienza  (シエナ県 ピエンツァ comune di Pienza)

■ピエンツァへのバスでのアクセス
FSシエナ駅より 112番バスで約1時間15分(乗り換えなし)。 午前中に数便でています。 時刻表は駅構内またはシエナ・バス停留所・グラムシ広場地下のチケットセンターで確認してください。
TEL 0577204328  (シエナ駅構内   チケットセンター)
    0577204225  (グラムシ広場地下 チケットセンター)
時刻表サイト http://www.trainspa.it/train04/extraurbano.pdf (2012年1月現在)

■インフォメーション
http://www.prolocopienza.it/

 



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