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アスコリ・ピチェーノ市長 ピエロ・チェラーニ氏へのインタビュー
JITRA:市長さん、アスコリ・ピチェーノ市について簡単に紹介してください。
市長:マルケ州の町、アスコリ・ピチェーノは、ラーガ公園とシビッリーニ公園の入口にあり、トロント川とカステッラーノ川が合流する岩の隆起部に位置しています。周りを彩る緑の丘が穏やかにトロント渓谷から海へ向かって下っています。
二千年にわたる長い歴史を誇るアスコリ・ピチェーノの歴史的中心地では、建築物が歴史の層をなし、文化的な発展の様子を読み取ることができます。他のイタリアの町では見られない独特の美しさです。
町の起源は歴史の闇の中にあります。新石器時代の発掘物から、アスコリにはサビーニ人が移住してくる前にも人が住んでいたことがわかっています。古い言い伝えによると、サビーニ人はキツツキ(マルスの聖なる鳥)に導かれて紀元前7世紀から6世紀半ば頃にピチェーノ地方にやって来たと言われています。サビーニ人がもともとの原住民と混ざりあってピチェンティ人が生まれ、彼らはアスコリを中心地とします。紀元前299年に初めてピチェンティ人についての歴史的な記述がなされています。その後古代ローマ帝国時代を経て、ゴート族、ロンゴバルド族、フェデリコ二世の軍隊の侵略を受けますが、そのたびに文明の中心地として、アスコリは復活してきました。その力強さ、エネルギーは町のシンボルでもあるトラヴァーチンの石に見ることができます。多色彩が美しいトラヴァーチンは、歴史の遺産を魅力的なものにしています。100の塔の町、古代ローマ時代の素晴らしい史跡やロマネスク、ゴシック、その他の芸術品が残るアスコリの町は、旅行者にとってまたとない魅力的な場所です。
訪れる人は、多くのモニュメントが残るいくつもの広場に突然出会うでしょう。特に素晴らしいポポロ広場Piazza
del Popoloは、他のいかなる歴史の証言より完結に"アスコリ性"を説明しています。三方を59のアーチのついた開廊が飾り、そして狭間を備えた塔のあるカピターニ・デル・ポポロ宮殿が建っています。町のサロン、ポポロ広場はアスコリ・ピチェーノの歴史の中心です。
JITRA:アスコリ・ピチェーノの町の観光面での特徴を教えてください。
市長:アスコリの町を歩いていると、ツーリストのための観光ルートを外れたところにも町の歴史や心を感じることができます。宮殿や教会、広場、モニュメントがアスコリの表向きの顔を表しているとすると、伝統的なツーリストコースを外れたところに"秘密のアスコリ"、すなわち"小道のアスコリ"があります。町の歴史的中心地には、網目のように小道が交差しています。そこでは時が止まったかのようなロマンチックなアスコリを味わうことができます。そんな空間をゆっくり散策してみてください。花が飾られた家々のトラヴァーチンの石の上や舗装された石畳の道に落ちる光が、さまざまな色合いを描き出します。人間のサイズにちょうどよいアスコリの町は、幾世紀にも耐えてきた建物にその時を刻んでいます。そして、訪れる者に歴史の香りや力強さを伝え、魅了するのです。町のサロン、ポポロ広場から数メートル離れるだけで充分です。人々のささやき声がだんだんと遠くなり、静寂に包まれた一角があなたを誘うでしょう。こうして小道の世界にあなたも入り、アスコリの歴史という顔に刻まれた皺の上をたどるのです。その皺こそ、特徴のあるとても狭い道、"ルア"と呼ばれる小道です。一般的に中世時代のものとみなされていますが、そこに建つ家々を別として、古代ローマ時代から変わらない様相を示しているところもあります。
町の道路網は、平行に走る道路や小道が主要道路(トリヴィオ通りやマッツィーニ通りなど)と直角に交わるような構造になっており、街区をつくりだしています。そして、これらの小道を歩くと、たくさんの驚きが待っています。古い時代の玄関や窓、古びた小さな噴水、壁の間から思いがけなく目に入る菜園の緑、アーチ、古いテラス・・・。時代から忘れ去れたような小さな魅力ですが、長い歴史を受け継いできているのです。実際、1377年の人民憲章の中に、通りviaや大通りcorsoでもない道を示す言葉としてルアruaという単語が出てきています。
川の石で舗装された他にはない石畳の小道は、当時の仕事や民族の歴史を語ってくれます。フナーリの小道では今でも、縄製造者(フナイ)たちが縄を編んでいた頃の麻の匂いがするようです。コンチャ(皮なめし)の小道、セータ(絹)の小道では、かつての人々の働き、犠牲、汗の匂いがします。また、ロンゴバルディの小道、マルシの小道、ペリーニの小道など古い民族の名前のついた小道や、ズガリッリア、スフォルツァなど貴族家の小道もあります。これらの小道が観光ルートから外れたところでアスコリの歴史を語っており、トラヴァーチンの石に光が美しく映えるその一角で、歴史の小さな断面を浮き上がらせています。本当にちっぽけな歴史かもしれませんが、そのささやかさの中に人々の匂いが染み付いているのです。
サン・グレゴリオ広場Piazza San Gregorioから広がる小道、あるいはプレトリアーナ通りVia Pretoriana,
ピアッツァローラla Piazzarola沿い、トロント川に向かって走る小道、フィラルモニチ地区zona del Filarmonici、サン・トッマーソSan
Tommaso、サン・ジャコモSan Giacomoなどを散策してみてください。これこそ探さないと見つからないアスコリです。
JITRA:町で見逃してならない場所、主なイヴェントは何でしょうか?
市長:すでに名前を挙げたポポロ広場以外にも魅力的な広場があります。例えば、ジョサファッティのファサードの付いたコムーネ宮殿palazzo
del ComuneとドゥオーモDuomoが建つアッリンゴ広場Piazza Arringo、サンタゴスティーノ広場Piazza
S. Agostinoなどがあります。また、アスコリ・ピチェーノの中心地の至るところに歴史の証言が残っています。1300年代に建てられたサン・フランチェスコ教会付属の回廊では、100年前もそうであったように、毎日伝統の野菜市場が開かれ、近隣で収穫される野菜が届けられます。
自治都市の時代に商工業を営むために田舎から町へと移動する人の数が増加したことから、たくさんの礼拝所が残っており、それらは中世の面影を残しています。今でも、バッティステロBattistero以外にロマネスク様式の16の教会から形成されるしっかりとした核が残っています。是非訪れていただきたいゾーンです。1069年に建てられたサン・トッマーソS.
Tommaso教会、そしてロンゴバルド族出身の強力なベネディクト派修道士たちの教会サンタンジェロ・マーニョS. Angelo Magnoがあります。この教会の現在のファサードは1292年につくられました。屋根裏には予言者を描いた12世紀のフレスコ画が残っています。それから、かつてはフレスコ画が描かれていた64枚の羽目板でできたファサードを持つサンティッシモ・ヴィンチェンツォ・エ・アナスターシオS.S.
Vincenzo e Anastasio教会があります。ルネッタのある正面入口は1306年のもの、ハンセン病の守護聖人サン・シルヴェストロに捧げられた地下礼拝堂には井戸があり、かつては病に効く水の源泉だったと言われています。サン・ヴィットーレS.
Vittore教会は、966年にはすでに存在していた教会で、アスコリで発展したシンプルで荒削りな典型的ロマネスク様式の建物です。最後に、サンタ・マリア・インテルヴィネアスS.
Maria Intervineas教会は、5世紀に建てられたアスコリの町で最も古い教会の一つです。"インテルヴィネアス(ブドウ畑の間)"という名前は、かつて教会の周りでぶどう栽培が行われていたことに由来しています。
アレンゴ宮殿palazzo dell'Arengoにある町の美術館Pinacotecaも是非訪れてください。マルケ州ではウルビーノの美術館に次いで2番目に貴重なもので、クリヴェッリ、アラマンノ、グイド・レニ、ジョルダーノ、ティツィアーノなど著名な画家の作品を展示しています。また、1600年代の貴重な陶器製品も所蔵しています。
イヴェントとしては、毎年行われる伝統のお祭りクインターナQuintanaがおすすめです。1400年代の風習を再現した歴史的なお祭りで、1,200人の中世装束を身に付けた人たちが中心地を練り歩きます。毎年7月(第二土曜、夜)と8月(第一日曜)にあり、7月は平和の聖母に捧げたもの、8月は町の守護聖人サンテミディオに捧げたものです。行列は町の通りを練り歩いた後、ジョーキ広場まで行き、そこで町の6つの地区を代表する6人の騎士たちがサラセンの馬上試合Giostra
del Saracenoを行います。
それから、アスコリのカーニヴァルもイタリア中で有名です。というのも、仮装人たちの間で楽しい結びつきが出来あがり、観ている人も主役になることができます。
毎月三番目の週末には、歴史的中心地でアンティーク市が開かれます。イタリア中から来る100近い業者が価値あるアンティーク品、コレクション、織物、陶器などを展示します。
JITRA:市長さんのおすすめの特産品などはありますか?
市長:アスコリ・ピチェーノは肉詰めのオリーブでヨーロッパ中に有名です。塩漬けのオリーブの種を抜き、牛肉、鶏肉、豚肉にパルミジャーノ、にんじん、セロリ、タマネギ、なつめぐを合わせて混ぜたものを詰めます。それから溶き卵にくぐらせてパン粉をつけます。30分休ませた後、油で揚げ、温かいうちにいただきます。
オリーブと一緒におすすめするのが、クリームのフライです。固めの菓子用クリームを準備し、大理石の台の上に流し、約1センチの高さに整え、冷まします。小さなニョッキくらいの大きさに切り、パン粉をふり、たくさんのオリーブオイルで揚げます。
アスコリ・ピチェーノはレストランでも有名です。どこへ行ってもおいしく、手頃な値段で食べることができます。町のすべてのレストランが伝統的な地元料理を提供していますし、ロッソ・ピチェーノ・スペリオーレ、白ワインのファレリオなどのDOCワインを味わうことができます。
買物をするならアスコリの陶器をおすすめします。実際、アスコリ・ピチェーノは古い伝統を誇る陶器の町でもあります。歴史的中心地の通りには美しい陶器を製造するたくさんの職人がいます。
JITRA:最後に市長さんから日本人のみなさんへメッセージをお願いします。
市長:アスコリ・ピチェーノを訪れれば感動を味わうことができます。人間のサイズにあった町の魅力をそのまま保っていて、その町並みは古代ローマや中世の面影を映し出しています。是非、古い町並みの狭い小道を散策してください。そして、この町の2000年に及ぶ歴史を、宮殿やモニュメントのトラヴァーチンの石でできた壁から読みとってください。この町は古くから訪れる人を歓迎する精神にあふれており、みなさんを友達のように心地よく迎えてくれるでしょう。
自然を愛する人は、アスコリ・ピチェーノが2つの自然公園の入口にあることをお忘れなく。シビッリーニ公園(北側)とラーガ公園(南側)です。全く汚染されていない自然の中に山々や渓谷が魅惑的な美しさを放っています。
みなさんのアスコリ・ピチェーノへのお越しをお待ちしています。
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