イギリスの哲学者ジョージ・ベントリーが1717年にイスキアを旅した時、友人への手紙に「イスキアは全世界を要約したような場所である」と書き記しました。つまり、ここには穏やかな丘陵地帯、美しい平野部、山々、そして浜辺、海、温泉・・・すべてがあるというわけです。さらに近年になってからも、特徴ある凝灰岩に映える木々の豊かな緑や、若さ・美しさ・健康を象徴する温泉があり、冬でも太陽の光があふれる所としてさまざまな面で評価されています。イタリア国内そして海外から多くの旅行客を迎えるコスモポリタンな場所でもあります。
イスキアはまた、歴史ある土地です。ギリシア人たちが西側につくった最初の植民地でした。ギリシア人はここからナポリへと拡大していったのです。イスキアの博物館には紀元前1300年代につくられたネストレの杯Coppa di Nestoreというのが残っています。ネストレというのはホメロスの叙事詩イリアデに出てくる有名な人物です。
イスキア市は、このナポリ湾に浮かぶ最大の島イスキア島の東側に位置しています。
町はイスキア・ポンテIschia Ponte、イスキア・ポルトIschia Porto、サン・ミケーレSan Michele、サンタントゥオーノSant'Antuono、カンパニャーノCampagnanoの地区に分けられます。イスキア・ポンテ、イスキア・ポルトは海沿いにある市街地。残りの3つの地区は内陸部や丘陵地帯にあります。
JITRA:町の見所を教えてください。
町の東側の歴史的中心地がイスキア・ポンテ地区です。小さな橋が小島を結んでいることからポンテという名前が付いています。その小島には美しいアラゴン城Castello Aragoneseが建っています。このあたりは約3000年前、古代ローマ帝国時代以前からの歴史がある場所です。その後、アラゴン王朝などに支配されてきました。教会や修道院、牢獄、小道や美しいパノラマが広がるテラスなどが集まっています。絶対に見逃せない場所です。城の前にはゲバラの塔Torre di Guevaraがあります。
イスキア・ポルト地区は、その名の通り港がある一帯です。この島で最も重要な港で、本土や他のナポリ湾の島をつなぐ船が発着します。丸い形をしているのは、もともとは火山の噴火口だったからです。1854年にナポリ王フェルディナンド二世が小さな開口部をつくり、湖から現在のような港へと変えさせました。今年9月17日が港になってちょうど150年目にあたります。
ナポリ湾に面し、イスキアの港を見渡す場所に”ラ・パゴダla Pagoda”と呼ばれる小さな松林の庭園があります。園内にはフェルディナンド二世のために建てられた同名の別荘が残っています。この土地に松の植林事業を進めたのが彼だったのです。
港のちょうど反対側にある”ドロイテの岸Rive Droite”と呼ばれている場所には、タベルナやアメリカンバー、郷土料理を食べられる有名なレストランなどがあり、夏の時期にはみなさんの散策の中心地となっています。
JITRA:イスキアの特産品は何ですか?
イスキアを代表する料理としてまず挙げられるのが、猟師風うさぎ料理Coniglio alla cacciatoraです。島なのになぜ?と思われるかもしれませんが、かつてこの島の人たちは各家庭で家の外にうさぎを飼っており、それを食べていたのです。猟師風というのはトマトの味付けで、とても味わい深いですよ。それから、魚介類のスープやフライなどの魚料理です。
その他に工芸品として、麦わらを編んでつくったかご、そしてマヨルカ陶器が挙げられます。
また、イタリアの有名ブランド、例えばロッコ・バロッコ、アルマーニ、ミッソーニなどのお店もあります。港の近くのメインストリートのローマ通りやコロンナ通りはショッピングにお勧めです。
JITRA:最後に日本人旅行者へメッセージをおねがいします。
日本人の旅行者のみなさんはナポリやカプリなどはよくご存知かと思いますが、まだ、イスキアの町はあまり知られていないようですね。しかし、イスキアには今まで述べたようにすべてがあります。ギリシアの植民地時代に始まる長い歴史、アラゴン城や1300年代から1700年代に建てられた教会に代表される文化、そして山や海などの美しい自然、そして日本のみなさんが大好きな温泉もあります。
私は、日本人の旅行客の皆さんはとても好奇心旺盛な方たちだと思っています。是非イスキアに足をのばして、この土地を”発見”してください。