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16 Febbraio 2004


第21回 バニャイアのヴィラ・ランテ―建築と庭園―
ヴィテルボ県 バニャイア市

Complesso di Villa Lante in Bagnaia (VT)




ヴィラ・ランテのイタリア式庭園、奥にガンバラ館


イタリア文化財省 編集協力記事
Con la collaborazione del Ministero per i Beni Culturali e le Attività Culturali


 
 ヴィテルボViterbo周辺にある別荘、複合施設、歴史的邸宅、城館のなかで、現在最も注目されているコンセプト―すなわち建築と風景=環境、人工物と自然の関係―をよく示しているのは、おそらくバニャイアBagnaiaにあるヴィラ・ランテVilla Lanteであろう。これは、ヴィテルボの司教の夏の別荘として構想され、16−17世紀にラファエーレ・リアーリオ枢機卿Cardinale Raffaele Riario(デラ・ローヴェレdella Rovere家出身の教皇シクストゥス4世Sisto IVの甥)の意志で実現したものである。当ヴィラは、中世の面影を残すバニャイアの町の南、チミーニ連山monti Ciminiの斜面に位置し、町の中心広場に抜ける3本の主要道路に続いている。

 大庭園―現在、別荘はそのごく一部を占めているだけである―は、当初狩猟と休息の場に充てられており、年月を通じていろいろ手を加えられたが、闘争や陰謀あるいは早死になどの理由であまりはっきりしていない。ようやく1566年にジャン・フランチェスコ・デ・ガンバラ枢機卿Card.Gian Francesco De Gambaraが、この地の快い魅力に感銘を受けて、名建築家ヤコポ・バロッツィJacopo Barozzi通称ヴィニョーラVignolaに、自分の着想を具体化し独創性を付与する計画を依頼した。デ・ガンバラ枢機卿がこうした事業に着手した動機には、彼の枢機卿在任期間に後世に残る明瞭なしるしを残したいということと、ヴィテルボの煩雑な生活から離れて休息と瞑想の場を設けたいという願いがあった。この成果は、複雑ながらも有機的な配置において、自然の緑と建築物と庭園の緑の間にきわめて調和の取れた関係を作り上げ、イタリア式庭園の典型となるにいたった。しかし、デ・ガンバラ枢機卿はこの計画全体の実現を最後まで見届けることはできなかった―その理由は、まずローマ教皇庁との対立にあり、続いて1587年に枢機卿本人が死去したことにあった。

 その後、ヴィラ・ランテの所有権は、フェデリーコ・コルナーロ枢機卿Card.Federico Cornaroがヴィテルボ司教の座に就いた期間を経て、アレッサンドロ・モンタルト枢機卿Card.Alessandro Montalto(ペレッティ家出身の教皇シクストゥス5世Sisto V Perettiの甥)に移り、彼の名を冠した小館を建てたことで、デ・ガンバラ枢機卿の最初の計画が完成をみることになった。所有者が次々と変わった後、別荘は1857年にマスタイ・フェレッティMastai Ferretti家の教皇ピウス9世Pio IXによってランテ家に託され、その名を今に残すことになった。1953年にヴィラはヴィラ・ランテ協会Societa Villa Lanteに買い取られ、同協会は戦争によって建築施設が受けた損傷を修復することに尽力した。最後に、1973年には国が買い上げ、ラツィオ州の環境財産と建築物保護局の手に委ねられた。現在も同保護局が管理し、文化財省から割り当てられた資金によってイタリア式庭園と大庭園の保護と手入れを常時行い、特に現在は、再利用のための準備的な計画をもとに、組織的な形で、最新の修復基準に則った建築施設の保存修復の作業を監督している。ここ5年の間に、狩猟小屋Casino di Cacciaとモンタルト館Palazzina Montaltoの修復作業がなされ、後者においては、2階の全部屋の下層の絵画装飾が明るみに出た。「大洪水Diluvio」の噴水の最後の修復作業によって、当初この噴水に備わっていた構造的な条件―ポンプによって制御された給水システム―が取り戻された。同時に、ミューズの家Casa delle Museの一翼も修復された。

大庭園とイタリア式庭園

 常に都市の郊外につくられてきた別荘(ヴィラ)は、古典古代の昔から、余暇を過ごす場所とされてきたが、自然の中で、客を招待したり、思索や研究にふける場所としても機能した。ローマの南や北におけるヴィラの建設は16世紀に最盛期を迎え、その後も続いた。心地よい風景の中の、水の供給が容易で、ほとんどの場合ゆるやかな斜面に建てられたヴィラは、もちろん大切な建築的要素ではあるが、周囲の環境に溶け込んで、もはや主役であることをやめてしまっている。それに代わって、見る者の目を引くのは、噴水、多種多様な樹木、広場、テラス状の土地、大階段のある庭園である。イタリア式庭園の構成は常に個々の芸術家の創造的霊感にゆだねられており、彼らはそれぞれの土地がもつ特性を最大限に生かす方法を知っていた。樹木の種類も特に念入りに選ばれ、その葉の色によって色彩的効果や色彩の調和がはかられた。

 こうした事業に駆り出された建築家のうち、ヴィニョーラは、ローマ近郊で最も活動が旺盛で、影響力をもった一人であり、バニャイアのヴィラ・ランテもまず間違いなく彼の着想と計画からくるものである。ヴィラ・ランテの大庭園とイタリア式庭園の間には、装飾テーマの上でつながりがある。18ヘクタールにおよぶ大庭園には、散歩の途中で一休みするために設けられた、ペペリーノ[火山砕屑岩]による彫刻を配した数々の噴水やベンチがある。ヴィラ・ランテの大庭園に見られる構成要素には重要なものが多数あり、ペガサスPegasoの大噴水や、パルナッソス山のミューズたちを表した女性胸像で飾られた半楕円形のテラスの壁、両端に小さなオベリスクを飾った上部の欄干などが挙げられる。
 大庭園の西には狩猟小屋、雪の貯蔵庫、八角形の噴水fontana dell'Ottagono、盥の噴水fontana Catino、大水槽の噴水fontana del Conservone―大庭園の噴水に水を送る役割をもつ―がある。この大水槽を起点として、イタリア式庭園に続く道沿いに行くと、「小ライオンの噴水fontana del Leoncino」―上部の水盤の中心に積み重なる山の上に、モンタルト家のシンボルである小さなライオンがのっていることからこの名がある―に出会う。ヴィラ・ランテのイタリア式庭園は大庭園のごく一部を占めているにすぎず、外側はロマーナRomana通りに沿った塀と、大庭園の側はテラスの壁で仕切られている。ヴィラ・ランテの庭園は、半円形の6つの洞窟からなる頂上の「大洪水の洞窟Grotta del Diluvio」に始まり、ここから湧き出る水が水槽に集められ、他の噴水に流れていくようになっている。
 あずまやの正面は古代建築風で、円柱、柱頭、アーチからなり、デ・ガンバラ家のシンボル(海老=ガンベロ)と聖ラウレンティウスのシンボルである焼き網で装飾されている。同じテラスの、ツゲの高い生け垣とペペリーノのベンチに囲まれた場所には、「イルカの噴水fontana dei Delfini」がある。傾斜した最初の段差は、引き伸ばされた海老を表した水の連なりで飾られ、「巨人の噴水fontana dei Giganti」の上に伸びる2本のハサミで終わっている。「巨人の噴水」という名は、テヴェレTevere川とアルノArno川を表す2体の大きな彫刻に由来する。彫刻群像は、さらに2つの壁龕にはめ込まれた2体の彫像と、貝の形をした水盤から下の半円形の水槽へとつながる二重の段差をもつ水の流れを伴っている。中段のテラスの中心軸にあたる部分には、「枢機卿のテーブルTavola del Cardinale」と呼ばれる、ペペリーノで彫られた、中央に細い溝のある構造物がある。ここで、おそらく飲み物や果物を冷やしたのだろう。
 第2の段差は建築的形態によって豊かに装飾され、中央に「ランプの噴水fontana dei Lumini」がある。この噴水を囲むように弧を描く2つの階段があり、両側には支え壁の中に2つの深い洞窟―それぞれ、ネプトゥヌスNettunoとヴィーナスVenereにささげられている―が掘られている。
 最後に、一番下の段に降りると、真ん中に四角い大きな噴水がある。それを囲むツゲの生け垣は空想豊かな幾何学模様を描いているだけでなく、水槽のような形に整えられている。「ムーア人の噴水fontana dei Mori」と呼ばれるこの噴水は、4つの水盤に分かれ、中央に戦士を乗せた小船が見られる。ガンバラ館の内部のロッジアの壁面と天井には、ラファエリーノ・ダ・レッジョRaffaellino da Reggioによって描かれたラツィオ州のヴィラの景観を表したフレスコ画がある。狩猟と漁の諸部屋のフレスコ画はアントニオ・テンペスタAntonio Tempestaの手になる。豊かに装飾された2階には、G.B.ロンバルデッリLombardelliとりドルフォ・デル・ギルランダイオRidolfo del Ghirlandaioの優れた絵画作品が見られる。一方、モンタルト館のロッジアには、アゴスティーノ・タッシAgostino Tassiによる遠近法を駆使した風景や海景が見られ、2階の大広間や隣接する諸室では、カヴァリエーレ・ダルピーノCavaliere d'Arpinoとマリオ・ガナッシMario Ganassiの共同制作による作品が鑑賞できる。



Ministero per i Beni e le Attivita Culturali - Soprintendenza per i Beni Architettonici e per il Paesaggio e per il Patrimonio Storico Artistico e Demoetnoantropologico per il Lazio
(イタリア文化財省−ラツィオ州の建築物および風景、歴史美術と民族人類学的遺産保護局)

Via Cavalletti, 2 - 00186 Roma - Tel. 06 696241

Complesso di Villa Lante in Bagnaia (VT)
(バニャイアのヴィラ・ランテ)

Via Jacopo Barozzi, 71
所長:建築士ジョヴァンニーノ・ファティーカArch. Giovannino Fatica
Tel. & Fax : 0761 288008 - 切符売り場Tel. 0761 288008
開園時間:火曜~日曜、8:30−18:30
     月曜休園(1月1日、5月1日、12月25日は休み)
入園料:大人2ユーロ、割引(子ども、学生ほか)1ユーロ
*その他のサービス施設は現在準備中




 翻訳:小林 もり子

 東京都出身。東京芸術大学大学院修士課程修了(イタリア・ルネサンス美術史)。
 1992年よりイタリア在住。 共訳書:「ボッティチェッリ」(西村書店)



*このページの写真および掲載記事内容は、イタリア文化財省の所有するものです。
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Su concessione del Ministero dei Beni Culturali e le Attivita' Culturali - Riproduzione vietata




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