21 June 2001 第5回 マリオ・プラーツ美術館 (ローマ)
Museo Mario Praz (Roma)
|
プラーツの書斎
イタリア文化財省 編集協力記事
Con la collaborazione del Ministero per i Beni Culturali e le Attività Culturali
|
|
1995年に開館したマリオ・プラーツMario Prazの家=美術館は、イタリアにあるこの種の美術館/博物館――ミラノのバガッティ・ヴァルセッキBagatti Valsecchi博物館やフィレンツェのスティッベルトStibbert博物館など――の数少ない例のひとつである。1986年に彼の遺族から買い取られたこのコレクションは、19世紀の一連の室内装飾――美術品や家具調度品は18世紀末から19世紀後半のものである――を精密に再現してみせてくれる。そこには、アンピール様式とビーダマイヤー様式が交互に現れる――絵画、彫刻、家具調度品はすべて60年間にわたって熱心に収集された骨董品で、ごく細部にいたるまで再現された空間は示唆に富み、あたかも代々ひとつの家族が暮らしていたかに見える。収集家の巧みな創作が入りこんでいることもあるが、なにもかもが正真正銘の本物である。もっとも、全体のトーンは意図的に抑えられ、見学者の注意が集中するような偉大な傑作はひとつもない。そのかわり、おびただしい数の美しい品々や風変わりな上質の珍品、流行の服の細かい描写が生気を与えている無名の肖像画、さほど高価でなくとも洗練された宝飾品、調度品や家具――肖像画中の人物が寄りかかっているのと同じものが実際に絵が飾ってある部屋においてあったりする――が並んでいる。
マリオ・プラーツは1896年にローマに生まれ、法学部に続いて文学部も卒業し、30年間ローマ大学の英語・英文学科教授をつとめた。英文学者だったわけだが、著述家・随筆家であったほか、我々にとって特に重要なのは、新古典主義と19世紀初期美術の研究家で優れた鑑定家でもあったということであり、ヨーロッパにまたがるその幅広い国際的な教養と知識のおかげで、あまり重要視されていなかった19世紀的趣味を再評価した、イタリアで最初のひとりであった。
『新古典趣味 Gusto Neoclassico』および『室内装飾の哲学 La filosofia dell'Arredamento』といった基本的な文献に続く彼の著作『生命の館 La Casa della Vita』の2つの版は、一種の自伝であるとともに、そのコレクションの解説ともいえ、個人的なできごとと次第に頻度と数を増していった骨董品の購入についての記述が入りまじる。その収集品の数は1200点以上に及んだが、財産をもたず、教職と著作業から得た収入のみをつぎ込んでそれを達成したことを考えれば、相当の数であったということができよう。
コレクションの最初の住処はジューリア通りvia Giuliaのリッチ館Palazzo Ricciであった。プラーツはリッチ侯爵家の借家人として、ここに1934年から1969年まで住んだ。同年、すでに千に達していた収集品とともに、現在のプリモリ館Palazzo Primoliに移った。リッチ館のルネサンス様式の広間から20世紀初めにプリモリ伯爵が計画した館への移動は、前の場所ほど広くも重要でもない場所にコレクションを再整理することを余儀なくした一方で、主題や図像学やイコノロジーの流れを明確にしつつ、歴史的かつ感情的な脈絡や連関を際立たせながら全体の配置を再考することを可能にした。また、同プリモリ館に、母方がボナパルトの血筋を引いていたプリモリ家がローマ市に寄贈したナポレオン博物館があったことと、フランスとイタリアの文化的交流を促進するために伯爵自らが創設したプリモリ財団が存在したことで、このコレクションはそれらとともに、きわめて系統だった、密接な相関性のある特別なまとまりを形づくることになった。
1982年のマリオ・プラーツの死後、遺族との複雑な交渉を経て、国は1986年にコレクションをそっくり買い上げた。マリオ・プラーツが亡くなってから1ヶ月ほどして盗難の被害に遭い、小品の多く――細密画、小さな銀細工品、磁器類――が失われたことが悔やまれるが、一部は国防省警察の手で徐々に取り戻された。まず、全コレクションを近代美術館の倉庫に運んでから、かつてプラーツがプリモリ財団と結んでいた賃貸条約を近代美術館が引き継ぐために、複雑で形式上かなり面倒な手続きが開始された。やがて、家の全面的修復がなされた後、もとの所有者自身による配置をできるだけ忠実に再現するようにコレクションが再度ならべられた。コレクションの保護・監視や見学者の便宜をはかるための最新機器の取り付けは入念に行われ、そのため家の中の変化はごくわずかで、いずれにせよ気づかない程度のものである。こうして通常とは全く異なる博物館が誕生した。
全部で9室にわたって――ザナルデッリ通りvia Zanardelliに面した側の諸室は広く、いわば来客用で、デイ・ソルダーティ通りvia dei Soldatiに面した側の諸室はもっとこじんまりとして内輪向けである――コレクションの品が置かれている。どの部屋をとっても日常的な居室であり、広間、寝室、緑で飾られた大きな書斎、ポンペイ風の鮮やかな赤の食堂、すべてがごく小さな細部まで完璧で、大理石の暖炉の上の大きな鏡からブロンズの薪のせ台や細かい刺繍をほどこした熱よけ用衝立にいたるまで、何もかもがすぐにでも使えるように置かれている。壁面には無数の絵画が飾られている。風景画は少なく、多くは名も知れない人物がであるが、中には王侯――ボナパルト一族からハプスブルク家やブルボン王家――の肖像画もあり、さらに数々の細密画、室内を描いた水彩画、扇子、ブロンズの小板、七宝などがある。また時代的にやや脱線して16−17世紀の蝋画の見事な肖像画コレクションに加え、さまざまの石――ロシアで作られたいくつかの調度品に使われている孔雀石、水晶、ラピスラズリ、ブロンズ製の脚をもつ大きなコンソール型テーブルの細工された上板には再利用された大理石、そして特製の整理棚の中には300種類以上の標本が陳列されている。風景や、ナポリやミラノの景観を表した大理石細工もある。誰も住んだことのない子供部屋には、機械じかけの玩具、ドールハウス用の小さな家具、揺りかごがおかれ、壁には子供の遊びや動物、子供たちを描いた肩のこらない絵がかかっている。通りぬけの部屋にある2つの書棚には本がぎっしり詰まっているだけでなく、著名人の小さな胸像や象牙細工品が置かれ、壁には女性の人物画――その多くは白い服を着て、読書や書きものをしたり、音楽をかなでたり、散歩したり、もしくはただ物思いにふけっている――が多く飾られている。鏡もたくさんある――自在に動く大型姿見から半円形の小鏡台、キューピッドの像が高く揚げている丸い鏡、鷲の広げた翼の下で歪んだ部屋を映し出す凸面鏡など。それから小動物も多い――無数の指し物師たちによって家具調度品を支えたり、装飾するために用いられた動物は数知れない。スタンダードな獅子の脚からウミガメや、翼を広げた白鳥、鷲にフクロウ、神話の動物キマイラが後ろ足で立っているものまで、さまざまである。食堂には、お決まりの静物画、飾り戸棚に所せましと並ぶ磁器やクリスタル・ガラスの食器とともに、骸骨を見せるために半ば肉のそがれた男女2点の胸像がある。これこそ、教授の宴を見守る真のメメント・モリ(死を思え)であろう。人間には失望することもあるが、「美しい品々」に失望することは決してない、と彼がいつも口にしていたことと無関係ではない。
|
マリオ・プラーツ美術館(MUSEO MARIO PRAZ) ローマ近代美術館(GNAM)付属近代美術館
住所:Via Zanardelli 1, 00186 ROMA
Tel.:06-6861089
Fax:06-3221579(GNAM方)
開館時間:火曜−日曜 9−14時、月曜14:30〜19:30 (月曜午前は休み)
見学は毎時定時にガイドつきで行われる(約45分、10〜12人単位)、小グループの場合は予約した方がよい。
入館料:4,000リラ
無料パンフレット配布、また簡易ガイドブックや絵葉書(トリノ、Allemandi社製)も販売している。
|
|
翻訳:小林 もり子 東京都出身。東京芸術大学大学院修士課程修了(イタリア・ルネサンス美術史)。 1992年よりイタリア在住。 共訳書:「ボッティチェッリ」(西村書店) |
|
*このページの写真および掲載記事内容は、イタリア文化財省の所有するものです。
無断での複製はご遠慮下さい。
Su concessione del Ministero dei Beni Culturali e le Attivita'
Culturali - Riproduzione vietata
|

|
|
http://www.japanitalytravel.com
|
|
© JAPANITALY.COM
srl - MILANO 2000 All rights reserved.
|
|