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南イタリア モザイクの旅
15 Aprile 2013

第4回
  オートラント大聖堂


持丸 史恵


●床一面に広がる目を奪われるモザイク画
長靴の形をしたイタリア半島のかかと。最東端、なので先端ではなく、かかとの背のちょうど一番出っ張ったあたり。温暖な気候と、何より青い海に突き出した格好で残る城壁と旧市街が、景観美を演出しています。
オートラントは今でこそ風光明媚でのんびりとしたビーチ・リゾートですが、南イタリアの良港の1つとして例にもれず複雑な歴史をたどってきました。すでに石器時代には人が居住していたこの地が歴史に登場するのはマーニャ・グレチャ(大ギリシャ)、つまりギリシャの植民都市となってから。そしてローマに征服され自治都市となりますが、西ローマ帝国崩壊後は東ローマ、すなわちビザンツ帝国の支配下に。そして、1069-70年にノルマン人に征服されました。

写真トップ:@オートラント大聖堂内部  
写真上:Aオートラント大聖堂 外観  写真上左:B同、床モザイク部分

城門をくぐってすぐ、土産物屋の並ぶ通りをまっすぐ行かずに、すぐ右に坂を上った左手に灰黄色の石を積んだ聖堂があります。建造は1088年。シンプルなファサード、大きな薔薇窓と入口の上部に彫刻装飾はあとから付け加えられたもの。素朴で均整のとれた形の、南イタリアを代表するロマネスク建築の1つです。ローマ時代の邸宅の跡のあった上に建てられました。(写真A)

アドリア海に面した、イタリア半島最東端の町は、同じ地中海で覇権を争っていたオスマントルコにとって目障りな存在でした。1480年、オートラントはトルコ軍の襲撃に遭います。篭城むなしく敵軍の手に落ちたこの町で、聖堂もまた住民虐殺と掠奪の舞台となりました。そのときに一旦はモスクに改装されましたが、翌年、ナポリ王アラゴンのアルフォンソ5世がオートラントを奪回、同聖堂はふたたびキリスト教会として修復されました。
そのため、13世紀に描かれていたはずの、壁のフレスコ画は存在しません。目を奪われるのは床一面に広がるモザイク画。(写真@B)1163-65年、地元の修道士パンタレオーネが、当時の大司教ジョナータの依頼で制作したことが、モザイク自身の中に記録されています。

●博物館ではなく今でも「現役の教会」
入口に立つと、まず足元には2頭の象が。(写真CD)そして背中合わせに立つその2頭の象の背から中央祭壇に向かってまっすぐ、太い幹が立ち上がっています。両側に枝が張り出し、動物や人がその間をびっしりと埋めています。これは「生命の木」と呼ばれるもので、旧約聖書において不死の象徴でした。

写真上左:C「生命の木」を背負う象 部分   写真上右:D「生命の木」を背負う象


900年前のモザイクとはいえ、博物館ではなくいまだ現役の教会として使われているため、そのモザイクの上には信者のための椅子が置かれています。したがって、なかなか絵が見づらいところもあるのですが、それでもいくつか、代表的な場面を紹介しましょう。

●アレキサンダー大王のモザイク
まず、象の背に近い部分に見られるのは、中世らしい、想像上の動物たち。ケンタウロスやグリフォン、4つの体を持つライオン、など。その中で右側にアレクサンダー大王がいるのは、カトリック教会の普遍性を象徴しているものだとか。(写真E)

写真上:E「アレクサンダー大王」

アレクサンダー大王といえば以前、ナポリ国立考古学博物館にある「イッソスの戦い」のモザイクをご紹介しましたが、東方征服を試みたアレクサンダー大王は時代を越えて人気のヒーローだったのでしょうか。もっとも、ここのモザイクには動物、人間とも善悪が混在しており、必ずしも善者として描かれていたかどうかも定かではありません。

●「バベルの塔」や「ノアの方舟」
中央祭壇に向かって左側に戻り、4つ体のライオン(写真H)の先にあるのが、「バベルの塔」。茶と白の市松模様の建物、そのブロックを運んだり、石を積んだり、モルタルで固めたり・・・と建設現場が生き生きと描かれています。(写真FG)

写真上左:F「バベルの塔」 写真上右:G「バベルの塔」部分

その上の段が「ノアの方舟」のエピソード。一番左端はノアが、神に啓示を受けている場面。(写真H)その右側ではせっせと方舟を作り始めています。ちょっと見づらいのですが中央から右寄りにある横縞の大きな建物のようなものが方舟です。(写真I) 右側にはいろいろな動物が集まっています。

写真上右:H「啓示を受けるノア」

さらにその上は、12個の大きな輪が、4つずつ3段になっています。これは月の寓意で、左上から右下へ、1月から12月までそれぞれの労働の場面と、その月の星座が描かれています。中世の聖堂で好まれた図像で、彫像で表現されたものもよく見かけますが、モザイクでこれだけ完全に現存する例はおそらく唯一と思われます。(写真J)

  写真上左:I「ノアの方舟」、 写真上右:J「4月の寓意」

●「アダムとイヴ」や想像上の動物
その上がご存知、「アダムとイヴ」。(写真K)木に上ってまで「禁断の実」を求めるおてんばイヴと、後ろで引き止めるアダム。足元にはなぜか犬。天使に追い立てられた向こうには、これまたなぜか巨大な「アーサー王」。そしてその向こう(左側)には、人類で最初の殺人とされる、「カインとアベル」のエピソードが描かれています。(写真L)

    写真上左:K「アダムとイヴ」  写真上右:L「カインとアベル」

16の輪で区切られた祭壇には、想像上の動物のほか(写真M)、アダムとイヴがもう1回登場します。その両側の袖の部分も中央と同じように、1本の木の両側を埋めるスタイルです。左翼は「天国と地獄(写真N)

     写真上左:M主祭壇  写真上右:N左翼 部分「地獄とサタン」

●地元の石を用いた「稚拙」ながら表情豊かなモザイク
地元の石を使った床モザイクは、白地に茶の濃淡、モスグリーンと黒、と全体にセピア色でカラー・ヴァリエーションとしては決して豊富でないこと、また、黒で輪郭をとった絵はまるで子どものいたずら書きのようで、もちろんグラデーションもなく、例えば前回ご紹介したピアッツァ・アルメリーナのようなローマ時代の床モザイクに比べるとほんとうに稚拙です。なのですが、へんてこりんな絵、木の枝から出た蔓のようなひょろひょろの手足、解剖学を無視したぐにゃぐにゃの体かと思うと、はっとするほど「正しい」輪郭もあったりしてあなどれません。その1本1本の線が実に表情豊かで、多くのことを語っており見れば見るほど引き込まれていきます。

地上、空想のあらゆる生き物、月の寓意、旧約聖書の物語、歴史上の人物といろいろなものを全部一緒くたに、まるで百科事典のように大風呂敷を広げているのは、いかにも中世的。ですが、結局のところ全体で何を意味しているのか、何を意図していたのか、正確にわかっていないところがますますこのモザイクの魅力を増しているようです。


著者プロフィール持丸 史恵(Mochimaru Fumie)
ヴェネツイア在住。横浜市出身。通訳、コーディネート業など。
2000年秋より1年ペルージャで過ごしたあとヴェネツィアへ。日本では縁もゆかりもなかった美術史を楽しくも苦しみつつ学び、ヴェネツィア大学を卒業。在学中より、美術史の中でもとくに古代から中世にかけてのモザイク美術にハマる。イタリアを中心に、各地に点在するまだ見ぬモザイクをいつか制覇したいと夢見ている。
日々の様子は、ブログをどうぞ: 「ヴェネツィア ときどき イタリア」http://fumiemve.exblog.jp


南イタリア モザイクの旅 データ
Dati
■オートラント大聖堂
La cattedrale di Otranto


Otranto
プーリア州 レッチェ県 オートラント市
所在地:
Cattedrale Otranto

開館時間
7:00-12:30, 15:00-20:00(6-9月)
7:00-12:00, 15:00-17:00(10-5月)

入場料
なし

■交通アクセス
レッチェ、またはブリンディシから、バスまたは列車
Web: http://www.comune.otranto.le.it/turismo/itrasporti.php



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