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北イタリア モザイクの旅
15 Giugno 2011
第2回
  アクイレイア大聖堂 
  

持丸 史恵 


ヴェネツィアからトリエステ行きの電車に乗って、1時間半、チェルヴィニャーノという駅で降り、そこからさらにバスに乗って15分ほど。
一見、なんの変哲もない片田舎のようなところに、北イタリアのモザイクを語るには欠かせない世界遺産があります。西暦四世紀に起源を持つアクイレイアの大聖堂です。


写真トップ@アクイレイア大聖堂の床面の小鳥のモザイク 
写真左Aアクイレイア大聖堂  写真右Bアクイレイア大聖堂のモザイクで埋め尽くされた床一面    

●大聖堂の床一面を埋め尽くす四世紀のモザイク
アクイレイア大聖堂。(写真A)
入口から入ると、目の前にモザイクが広がります。クーポラや壁ではありません。小さな町の規模からはそもそも大きすぎるような大聖堂の床一面、カラフルなモザイクで埋め尽くされているのです。(写真B)


写真左Cガラスの渡り廊下  写真右D幾何学模様のモザイク 

主祭壇に向かって右側にはガラスの渡り廊下が作ってあり、その上を伝って、あたかもこの石の絨毯の上を歩いるかのような気分が味わえます。(写真C)
一番手前の層は、円や多角形の中に、幾何学模様や人の顔、小鳥など。(写真D 写真@)一方、廊下より右側を見ると、もう少し大き目の枠の中に、さまざまな動物が。(写真E)  動物や鳥たちの種類の多いこと、そして、どれを見ても、極めて多くの色の石を使って微妙な表現を出しているのに驚きます。(写真F)


写真左E動物のモザイク  写真右F多くの色の石を使い微妙な表現をだしている女性像


途中まで歩いたところで、丸や多角形の枠組みが消え、かわりにこれまた多種多様な魚や海の生物が縦横自由に泳ぎ回っている場面に出会います。
その中ですぐに目がつく、ちょっと妙な絵。胴体がとぐろを巻いた、妙な海の怪物のようなものの口から、素っ裸の男性がまるで水泳の飛び込みでもするかのように吐き出されています。(写真G)  これは実は、旧約聖書の中のヨナの物語の一場面。簡単に言うと、神の教えに背いたヨナが乗った船が嵐に巻き込まれ、それが神の怒りによるものだと判断した船乗りたちは、諸悪の根源であるヨナを海に投げ込みます。嵐は一瞬にして静まり、ヨナは巨大な魚に飲み込まれ、三日三晩その胃の中で過ごしたあと浜辺で吐き出され、その後は神の意思に従った、とされています。


 写真左G「海に吐き出されているヨナ」の場面を描いたモザイク  写真中H狩猟をするキューピッドたちの船のモザイク 
写真右I大司教テオドーロの業績を記す記録


「飛びこみ」は吐き出された場面。その右隣は、吐き出された後の場面ですが、どちらかというといかだテラスで夏のヴァカンスを楽しむ若者、といった様子なのが笑えます。船乗りたちがヨナを海に投げ込む場面は、渡り廊下から左側、本堂の中央寄りにあって、こちらもまたどちらかというと、海の怪物にエサをやる船乗りたち、といった風なのが何とも言えません。その物語を囲む海の中には、たくさんの魚たちだけではなく、狩猟をするキューピッドたちの船も描かれています。引き網や釣り、どれも生き生きとリアルなだけでなく、船の装飾もなかなか凝っています。(写真H)

●ローマ時代に発展・普及したモザイク
ところで、ここで言うモザイクって何でしょう?
色の違う粒のそろった小さな片を敷き詰めて絵や模様を描く、そういう手法は、遥か遠く既に紀元前4-5,000年にはクレタ島で使われていたそうです。

大きさのそろった天然石をそのまま使うのではなく、薄い板状に削った石を、さらに数ミリから数センチ角のテッセラと呼ばれる小片に切ってそれを並べる、そういう方法が生まれたのは紀元前数世紀。そしてそれは、完成までの手間はともかく、絵や模様を自由に描けるという見栄えのよさと、もともとの素材は石だから丈夫で、かつ手入れも簡単、そんな実用性もローマ人の気質に合ったのでしょう、ローマ時代に大きく発展、普及しました。 だから実は、ローマ時代の床モザイクというものは、大小、質や保存状態はさまざまながら、イタリア各地で見つかっていますし、考古学博物館に行けば、立派な大きなものもたくさんあります。

ではなぜ、このモザイクがそんなに重要なのでしょうか。その答えが、まさにこの海の場面の中にあります。
ガラスの廊下のすぐ左下、メダルのような丸い枠の中に「聖なるテオドーロよ、神の助けとお上の命により、この仕事を完成させ、万能の神の栄光のために聖別化した。」と書かれています。(写真I)
大司教テオドーロがアクイレイアで役目を務めたのは、西暦308年から315年のこと。キリスト教教会がおおっぴらに建築できるようになったのは、313年、ローマ皇帝コスタンティヌス大帝がキリスト教を国教と認めたミラノ勅令以降ですから、わずか2年で大規模な聖堂が建ったことになります。

 ●地下空間には紀元後1世紀初頭のプリミティブなモザイク
サプライズは、これだけではありません。大聖堂正面入り口の左側に、小さな出入り口があります。入場料を払って、そちらへ入ってみましょう。
最初の空間と違って、狭い、地下空間の中、いくつか異なる高さのところにモザイクが見えています。とくに手前にあるのは、さきほど大聖堂内で見た鮮やかで表現豊かなモザイクに比べると、ずっとプリミティブ。(写真J)


写真J大聖堂の地下空間


実は、現在の聖堂の形は、9世紀に大幅に改築されたときのもので、今ではなかなか想像しづらいのですが、4世紀建立当時の聖堂は、コの字型をしていました。最初に見た、大聖堂内に広がるモザイクは当時の南側の一辺にあたる部分。
平行に走る南側、北側の空間はそれぞれ約38mx20m。その2つは、東側の一辺、13.5mx28mの長方形で繋がれていました。このプリミティブな部分は、その東辺にあたります。
テオドーロ司教は、新しい聖堂を建造するにあたり、まっさらな地から始めたのではなく、すでにその地のローマ人が住居に使っていた建物の一部を利用したのです。プリミティブなはず、それは紀元後1世紀初頭のモザイクなのです。


写真K鐘楼のそびえる周辺のモザイクの上のガラス廊下


廊下というか、つなぎのような役割の東辺と異なり、北側の空間もまた、色鮮やかで表現豊かなモザイクで埋め尽くされていました。ただし、11世紀に鐘楼が建てられたとき、選ばれたのは不幸にもこの場所だったのです。

今では鐘楼がそびえるその周りで発掘されたモザイクの上を、やはりガラスの廊下を伝って見学できるようになっています。(写真K)


写真左Lキノコのモザイク  写真右M雄ヤギとモッツアレッラのモザイク


南編、つまり現在の大聖堂のモザイクと同様に、さまざまな動物や鳥たちが散りばめられているのですが、こちらのモザイクのさらに興味深いのは、「お供え」たち。真面目に言うと、キリスト教学的にはそれぞれのシンボルとしての意味など、いろいろ解釈があるようですが、そう難しいことを考えずに、ほんとうに見るだけで楽しめる絵がたくさん。とくにこの、キノコやカタツムリ(エスカルゴ)、ロブスターなどは宴会の場面か、もしくは「お供え」にしか見えません。雄ヤギと、その前にあるモッツァレッラのようなものも同様です。(写真L 写真M)

●アクイレイアの町 建設の由来
なぜ、ここに、そんな大きな聖堂ができたのでしょうか?
イタリア北東部から東へと抜けるアンニア街道沿いにあるアクイレイアは、紀元前181年にローマ人により建設され、ヴェネツィアが、まだヴェネツィアとして存在する以前、「ヴェネツィア及びイストリア地方」の首都だったのです。
今では小さな町ですが、見どころは大聖堂だけではありません。隣接する洗礼堂や鐘楼、ローマ時代の邸宅跡や、フォロ・ロマーノ、そしてここがかつて栄えた港であったことを存分に示す遺跡群なども残っているほか、考古学博物館には、邸宅跡から発見されたすばらしいモザイクなども多く展示されています。

実は、久しぶりにアクイレイアを訪ねたら、町の中に立派な駐車場と広々としたツーリスト・インフォメーションができていました。オーディオ・ガイドの貸し出しもそこでしており、残念ながら日本語はありませんが、大聖堂の中のモザイクの説明なども詳しくしており、英語、イタリア語のわかる方には、お勧めします。


著者プロフィール
持丸 史恵(Mochimaru Fumie)

ヴェネツイア在住。横浜市出身。通訳、コーディネート業など。
2000年秋より1年ペルージャで過ごしたあとヴェネツィアへ。日本では縁もゆかりもなかった美術史を楽しくも苦しみつつ学び、ヴェネツィア大学を卒業。在学中より、美術史の中でもとくに古代から中世にかけてのモザイク美術にハマる。イタリアを中心に、各地に点在するまだ見ぬモザイクをいつか制覇したいと夢見ている。
日々の様子は、ブログをどうぞ: 「ヴェネツィア ときどき イタリア」 http://fumiemve.exblog.jp


北イタリア モザイクの旅 データ

サン・マルコ大聖堂 
Basilica di San Marco
ヴェネト州 ヴェネツィア市

■サン・マルコ大聖堂 
Basilica di San Marco,
所在地:Piazza San Marco, Venezia
Web: www.basilicasanmarco.it
開館時間 9.45-17.00
サン・マルコ博物館(Museo di San Marco)
時間 9.45-16.45
入場料 4ユーロ

■交通アクセス
ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅(Venezia S.Lucia、水上バスの停留所名はFerrovia)、またはローマ広場(Piazzale Roma、バス・ターミナル)から、水上バス1, 2番でサン・マルコ(San Marco)下車。
ACTV社サイト www.actv.it (水上バス時刻表など)

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