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| テヴェレ川の西、現在のラツィオ州の北の境にあたる地域をトゥーシャTusciaと呼びます。数千年前からの古い歴史を持ち、かつてはエトルリア人勢力の心臓部でした。また、トゥーシャを通るカッシア街道は、ローマ帝国時代から現在に至るまで経済、文化、政治面で大変重要な役割を担いました。中世の時代からこのトゥーシャ地域の中心地として繁栄したのがヴィテルボViterboです。 ■ヴィテルボViterboについて エトルリア人によってつくられたヴィテルボの町は、中世の時代にトゥーシャの中心地として栄え、13世紀には多くのローマ教皇が居住しました。ラツィオ州の中では中世の面影が最も良く残った町です。7つの門のある城壁に囲まれた旧市街には、歴史的、芸術的に価値のあるモニュメントがたくさんあります。そのいくつかをご紹介しましょう。 サン・ロレンツォ大聖堂Cattedrale di San Lorenzoは、ヴィテルボの町の起源となった丘の上、ヘラクレスに捧げられた神殿があった場所に12世紀に建てられました。ゴシック・トスカーノ様式の鐘楼は14世紀のもの、ファサードは16世紀につくり直されたものです。広々とした内部にはコズマ模様の床が残っています。 サン・ロレンツォ広場Piazza S.Lorenzoには、町で最も傑出したモニュメントの一つ、教皇の宮殿Palazzo papaleもあります。13世紀に教皇の住居兼要塞として建てられたもので、教皇選出選挙(コンクラーベ)も何回かここで開かれました。その部屋が今でも残っています。ゴシック様式の美しい開廊からは素晴らしいパノラマをのぞむことができます。 13世紀につくられたプレビシート広場Piazza del Plebiscitoは、中世時代も今も町の政治の中心地。広場に面してあるプリオリ宮殿Palazzo dei Priori(現、市庁舎)は15世紀後半の建物。柱廊と美しい開廊のある中庭には、エトルスコ墓の石棺の蓋や17世紀につくられた泉があります。ここからも美しいパノラマを見ることができます。また、宮殿内の広間には16世紀のフレスコ画などが残っています。 ヴィテルボの町は、ぺペリーノと呼ばれる灰色がかった岩でできた家並み、細い路地や小さな広場、中世に特有のプロフェルリと呼ばれる家の外側に作られた階段、あちこちにある泉が印象的ですが、特にサン・ペッレグリーノ通りVia San Pellegrino界隈は、中世の建物や塔が残った趣きある場所です。 アクセス 鉄道の場合、ポルタ・フィオレンティーナPorta Fiorentina駅とポルタ・ロマーナPorta Romana駅があり、ローマのオスティエンセOstiense、トラステヴェレTrastevere、サン・ピエトロS.Pietroの各駅からの電車が止まります。所要時間は約1時間50分。町の中心地へはポルタ・ロマーナ駅の方がやや近く、700メートルの距離です。 ローマ・ノルド線のサクサ・ルブラSaxa Rubra駅からコトラルCotral社のバスもあり、所要時間は約1時間半です。 |
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